4月29日 (木)  熱血先生

熱血先生
岩崎さんから素敵なメールが来ました。いい話なので日記に載せさせてもらしました。

我が家の上の娘の熱血先生についてまたおもしろい話が有ります。
その先生は五年二組の担任で娘は五年一組です。しかしその先生の考えでは「私は五
年二組の担任をしておりますが五年生の担任です」と言っています。ですからこの先生にクラスと言う概念は無く、「五年生は皆、私の生徒」と言う考えの先生です。
隣の教室に乱入し、「給食を残すな」と毎日叫んでいるそうです。給食が残ってい
て、もう食べられませんと生徒が言えば隣のクラスの生徒を引き連れて来てその残っ
た給食を残らず平らげて行くそうです。娘にとってそんな豪快な性格の先生はとても
好きな先生みたいで毎日が楽しみみたいです。こんな先生がいるおかげで学校は今、
とても落ち着いていて、学校崩壊と言う事とは無縁の状態です。
小二の下の娘も「岩崎の妹か」と声をかけられ、一瞬びっくりしたようですが「ク
ロールがうまくなったね」と一声お褒めの言葉でメロメロになっておりました。
生徒のやる気をうまく引き出す先生です。昔の我々の時代にはこんなおもしろい先生
はいなかった。
* 僕は今の時代にこういう先生がいてくれることが嬉しいですね。担任という枠をはずしているところがいいですね。その先生が活躍できるのは、きっと学年の先生からも信頼されているからしょう。「この学校の生徒は、私の生徒」という風に学校中の先生が思えるようになったらいいですね。僕の中学校の先生達はこういう熱血ではなかったけれど、愛情がいっぱいでした。“教育は愛だ!”は正しいです。

あれから2年
2年前の今日、僕らは信じられない気持ちでテレビを見ていた。ワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んでいった、あのシーンである。17日にはニューヨーク行きの飛行機に乗る予定だったから、ショックは大きかった。そしてもう1機が突っ込み、やがてビルが崩壊し・・・・・マンハッタンが煙に包まれていくのを見た。まるで映画のようだった。
1週間後、僕らはその場所にいた。グランドゼロからはまだ炎が出ていた。ビルが粉々になって、その煙が地面を白くしていた。その匂いを嗅いだとき、僕らは初めて現実を感じた。
公園にはたくさんの行方不明者の写真が貼られていた。日本人もたくさんいた。家族のメッセージを読むと、涙がでてきた。フェリーからマンハッタンを見ると、異様な光景だった。ツインタワーが消え、煙がマンハッタンの半分を覆っていた。町ではオサマ・ビン・ラディンの顔写真のTシャツが飛ぶように売れていた。そして星条旗も・・・・
あれからもう2年がたったのだ。             たかやん