7月18日 (日)  「たかやん議員日記」2004.第124弾!

「たかやん議員日記」2004.第124弾!  7月18日(日)

子ども達の名前
自分でも驚くことだが、担任をしていると20年以上過ぎてもその子ども達の名前は忘れない。まあプロなんだから当たり前といえば当たり前のことなんだけど・・・・そういうプロ仲間の先輩からこんなメールが来たので紹介します。彼は今年の3月、定年退職した校長です。新座市にもこういう先生がたくさん増えて欲しいです。

7月17日(土)に、23年前に6年生を担任した子ども達が
私の退職を祝ってくれました。

当日、我が家に教え子のT君が車で迎えに来てくれました。
10分ほど早く会場に着くと、すでに数名の教え子が来ていました。
教え子の顔を見ると、とっさに名前が出てくるのが不思議でした。
挨拶にやって来た教え子が名乗る前に、私が「○○さんでしょう。」と
声をかけると、とても喜んでいました。

誰かが持ってきた卒業アルバムがあったので、広げてみると最後に
全員の集合写真がありました。
このアルバムは業者に頼まず。。。6年生と1年かけて作成した
思い出のアルバムです。(私はこのアルバムを持っていません。)
アルバムの中の懐かしい顔々。。。そして、この会場に集まった顔々。。。
どこか雰囲気が残っているものです。
中には、アルバムの中から飛び出てきたように変わらぬ顔がありました。
一般に女子の変化が大きいです。
男子は見てすぐ名前が出ましたが。。。女子はしばらくしないと名前が出て
こない人もいました。

当時の6年生も36歳になり、立派になっていました。
何の因縁か。。。当時、6年生を担任していた私も36歳でした。

結婚した人は、男子も女子も皆ほとんど子どもを持ち、
家庭を築いていました。
女子は実家や旦那に子どもを預けてきたようです。
子どもを預かる旦那から子どもに泣かれてSOSが
携帯に入ったりして、その対策を教えているお母さんもいます。

当時の瑞穂第三小の教育が大変特殊だったことが話題にあがりました。
また、教え子達がそれを誇りにしていることも感じました。
そして、話はとうとう、瑞穂三小のような学校が今もあったら、
自分の子どもを入学させたいということになりました。
国語が大好きだったという話、今でも鉄棒の逆上がりが出来ると言う話、
みんなでよく走ったという話には。。。思わず「そうそう。」と声が出ました。
合唱をつくったこと。。。ハレルヤ、モルダウの流れ、美しきあおきドナウ。。。
表現。。。利根川、子どもの四季、カタクリの花。。。勉強が終わると
夕方の6時、7時だったことも話題にあがりました。
中には、うちの旦那が出来ない倒立をやったら、子どもも旦那もびっくりなんて
話には、みんなドッと笑いました。

当時、6年生は2クラスでしたが、どういう訳か、この2クラスの
子ども達が大変仲が良かったことも話題にあがりました。
そう言えば、今日の23名の中に、私の教え子ではない隣のクラスの人が
2人も混じっているのでした。。。何の違和感もなく。。。
私がその二人の名前までも当てたことが当時のクラスの関係をよく
現していると思います。
また、教え子の中の半分ほどが4年、5年、6年と3ヶ年も担任をした
子ども達だったのです。

夜7時に始まった会もあっと言う間に夜10時を過ぎました。
お店の方に、集合写真を撮ってもらい。。再会を約束して
2次会へ流れました。