10月12日 (水)  「たかやん議員日記」2005.第281弾! 

「たかやん議員日記」2005.第281弾!  10月12日(水)

ポパイ号
僕とすぐ上の兄貴の二人がお小遣いを2年間貯めて勝った中古の自転車の名前が「ポパイ号」僕らはその22インチ?の自転車が嬉しくて、毎日毎日掃除をしてぴかぴかに磨いていた。ところがそのポパイ号が誰かに盗られてしまったのだ。ちゃんと鍵をかけておいたのに、たった2週間で僕らはポパイ号とさよならをした。僕は泣いた。声を上げて泣いた。悔しくて、悔しくて泣いた。兄弟二人が2年間、お小遣いを何も使わないで我慢して貯めておいたお金で買ったのだ。それでも半分は親が出してくれたのだけど・・・・・。我が家はそれくらい貧乏だった。

今の僕の自転車には申し訳ないが、名前が付いていない。それでもこの間の雨でずぶ濡れになった自転車が可哀そうで、僕は久しぶりに自転車掃除をしてみた。ただぼろきれで拭いただけなのだが、自転車はピカピカになった。ピカピカになると大事にしようという心が生まれる。大事にすると自転車も長持ちする。僕はオリーブ号(今決めた)を掃除しながら、大昔のポパイ号を磨いていた幸せな自分を思い出していた。

神様のくれた時間
今日は塾からオリーブ号で一度家に帰って来てから、車(チェジュウ号)で横浜へ向った。環八が道路工事でかなり渋滞していたが、それでも0時前には何とか病院に着くことができた。ホスピス病棟は24時間開いているのだ。
和彦は今日も気力だけで頑張っていた。テレビでは日本対ウクライナ戦の生中継をやっていて・・僕らは全てを忘れて(?)二人で日本を応援したのだった。生きた和彦に会えないかも知れないと思っていたのに、サッカー観戦をしたのだから、たまらない。おまけに大学時代の名簿を持ち出して、「下村元気かなあ?」「福島は?札幌じゃん。電話しようっと。」「吹野はどうしてるかなあ」「柳川札幌にいるのか・・・」「中谷は助教授だよな。」「藤峰はペンションで頑張ってるよ。」「若生か・・・懐かしい。」「いたいた、思い出したよ。こんな奴いたよ!」「三浦がいて、和田もいたよね。」「いたいた、そんでもって、路加子さんがいたんやで。」僕らは一気に大学時代の函館、七重浜に飛んでいた。「丸山アパートの近くにさ、鰯の安い店があったの覚えてる?」「そんなん、あったっけ?」「野菜も売っててさ・・・」「大体邑は料理したっけか?」「してたよ。3日連続で朝昼晩と味噌オジヤという時もあったけどな。」「あの頃は本当にみんな金がなかったからなあ・・・」「親に勘当されて、仕送りが無くなったしな」「お前、いつ結婚したんだっけか?」「大学4年の・・・」「そうやった!」
「邑さあ、あの頃お前のアパートでよく麻雀したじゃない?ソン時の話だけどさあ・・・」
「俺が勝って、住田が負けていたのは覚えているんだけど、お前はどうだったんだ?」僕らは本当にとりとめの無い話をして、そして笑った。
そして僕らはいつものように「じゃあ、またな!」「うん、また明日な!」と握手をして別れた。
家に着いたのが3時。もう新聞屋さんが活動を始めていた。今日?は朝から色々大変だったけど、最後の最後に神様がとっても素敵なプレゼントをしてくれた。僕と和彦はプレゼントしてくれたその時間を充分に楽しんだのだった。