11月3日 (木)  「たかやん議員日記」2005.第303弾! 

「たかやん議員日記」2005.第303弾!  11月3日(木)

でたよー!
今朝は空の「でたよー!」の声でスタートした。寝ている間おしっこをしなかったので、オマルに座らせたら・・・おしっこがでたのだ。そこで「でたよー!」と報告してくれたので、駆けつけると確かにおしっこがたくさん出ていた。「凄いね!空」と拍手をすると、空も拍手。ママも駆けつけてきて「偉いねえ、空」とまた拍手。上の子二人がどういう風雨にオムツが取れたか覚えてないし、自分のことも覚えていないのだが、こんなに大事件だったのだなあと今は感じている。若い頃よりも時間がゆっくり進んでいるのかも知れない。

シチズンの腕時計
止まらないはずの時計が止まった。1秒の狂いもないはずの時計が動かない・・・。2週間前、買ったMデパートへ持って行くと、結局「修理には2週間以上かかります。」「修理代は9000以上だと思います。」ということだったが、昨日電話すると「あと15日ほどかかります。」「修理代は9600円ほどです。」という。
僕にしては凄く高い時計だったのに、修理に時間はかかるし、修理代は高いし・・・高い意味が分からず、どうも納得できなかったが、それでも修理を頼むしかないので、そのまま待っている状態だ。

困ったのは他に腕時計がないということ。ベルトが切れた腕時計なら二つあるのだが・・・・
引き出しを開けて、あちこち探していると、出てきたのが父さんの時計。もうボロボロになってしまったシチズンの腕時計だった。(これ動くのかいな?シチズンの時計やで・・)使われなくなって、もう30年近く経つはずの時計なのだ。
ところがその時計が快調に動くのだ。しかも正確に時間を刻んでいく・・・・。新しいシチズンの時計よりも、古いシチズンの時計の方が性能がいい。そんな馬鹿な・・・・。父さんはよく「朋矢、物にも心があるんだ。」と言っていたが、新しいシチズンの高級時計のお陰で、古いシチズンの時計は息を吹き返した。そして僕は毎日ほんのちょっぴり父さんを感じながら生活をしているのだ。今日はその父さんの時計を空が腕にはめて遊んでいた。「空、おじいちゃんの時計だよ。」「ちがう。ちっちの。」空もいつの日が、僕の時計を子どもに見せながらそう言う日が来るのがろうか・・・。その日の為にもシチズンの時計は大事に使わなくてはいけない。

御通夜
横浜のこどもの国で和彦のお通夜があった。6時からというので家を出たのが2時。途中で地図を買ったり、ガソリンを入れたり色々やっていたら、ギリギリの時間になってしまった。
お通夜に駆けつけてくれた人たちは300人以上いたと思う。余りの多さに葬儀社の人たちがバタバタしていた。
今日の御通夜で僕は遠くにいて来られない友達の分も涙を流してきた。悲しくて、悲しくて・・・どうしようもなかった。

全員の焼香が終わってから、僕は和彦に会いに行った。魂の抜けたあとの和彦がそこには横たわっていた。僕は和彦の魂に「じゃあ、またな。俺が来るのをちゃんと待っててくれよ。約束だぞ。」と言ってきた。よく分らないけど、あいつの魂とはいつでも交信できそうな気がした。これから色々な問題にぶつかった時に、僕は和彦の魂に相談するかも知れない。「和彦、お前ならどうする?」

帰りには雨が降っていた。空が「あめふってきちゃったよー」と難しいことを言うので笑うと、何度も「あめふってきちゃったよー」を連発して僕らを笑わせてくれた。悲しくて、悲しくてしょうがなかったのに、空のお陰でこんな日でも笑うことができる。和彦の魂もきっと笑っていると思った。

北海道の仲間達。和彦は家族四人とお父さんに手を握られて、最後の時を迎えました。1日の午前中には意識があり、声をかけるとしっかりと反応したそうです。苦しまず、幸せな表情で大きく息を吐いて亡くなったそうです。きれいな死に顔でしたよ。メールを送ってくれた仲間達。ありがとう。あいつは心から感謝していました。そして富山の清志のことを心配していました。僕は今月の19日にお袋を迎えに富山へ行ってきます。清志の病院にも行く積りです。