11月5日 (土)  「たかやん議員日記」2005.第305弾!

「たかやん議員日記」2005.第305弾!  11月5日(土)

サッカーボール
今日は小中学校で公開授業というところが多く、人数が集まらなかったので朝のサッカーは中止になった。数人で公園の掃除をした後、サッカーボールでリフティングをしたりして遊んだ。太陽が色々な技を教えてくれたので、それに挑戦した。最初はできないと思っていたが、何度かやっていたら大成功。人間は練習すればできるということを再認識した。大抵の場合は練習する前や、練習の途中で諦めてしまうことが多いのだ。

「今日の格言は年寄りに不可能はない!だね。」「何それ?」「年よりは時間があって色々なことに挑戦することができる。若い人より時間がある。だから不可能だと思っていたことが可能になる。」「ふーん、たかやんは年寄り?」「馬鹿言ってんじゃないよ。俺は若年寄り!」「だー!」

テニスが終わったのは9時。「たかやん授業見に来てね!」という子ども達のリクエストにこたえて、太陽と二人で我等の母校へと向った。

山桜
テニスコートの脇の門から久しぶりに母校に入った。太陽の母校、息子の亮の母校、そして僕自身が10年生きていた母校は余りにも変わってしまっていた。
汚いのだ。ゴミが散乱しているのだ。部室の前もゴミだらけ、非常階段の下には煙草の吸殻、そして2階への外階段などは掃除をした形跡もなかったのが悲しかった。
校舎に入っても、階段も廊下も汚れている。4階の1年生の廊下、教室はまあまあだったが、2,3年の廊下、教室はひどいものだった。「これはひどいっすね。」「ひどいねえ。普段掃除をしていないんだね。」「公開授業の時くらいすればいいのに・・・」

あの頃の六中はテニス部が毎朝ゴミ拾いをしていたから、校庭は勿論、部室の裏も外トイレも朝みんなが登校する時には綺麗だった。担任も生徒も半袖・短パンで掃除に燃えていた学年もあった。学校全体に「六中をきれいにしよう!」という当たり前の意識があったのだ。花や植木もいつも手入れが行き届いていた。「緑化委員会」が頑張っていたのだ。みんな六中が好きだったから・・・・。

授業
3年生の授業中、廊下でジュースを飲んでいる男子生徒達が数人いた。廊下と複数の教室を行ったり来たり・・・それを注意していたのは若い女の理科の先生。何かがおかしい・・・先生と子ども達の関係が完全におかしくなっているのを僕は感じた・・・・。2年生、3年生の授業を見て、ピシっとした授業をしている先生が数人いた。子ども達からも「あの先生の授業は楽しい。分る。」と評判の先生だ。そういう有能な先生がいるのに、全体的には授業の質は前に比べてガタ落ちだと思った。公開授業なのにあんなに集中していない子ども達・・・・普段はどうなっているのだろう・・。想像すると恐くなる。先生達の表情が暗い訳だ。学年会議や職員会議ではどういう話し合いがされているのだろう。愛する母校なのだ。今もこれからも新座の子ども達が通う学校なのだ。責任は重大だ。

合唱コンクール
1年生は合唱コンクールの練習で授業を見ることができなかった。公開授業日なのに、6時間のうちの3時間が合唱ということになる。学校の基本は授業だ。合唱コンクールなどどうでもいいとは言わないが、授業が成立していないのに、合唱に燃えてもしょうがないと思う。「授業が見せられないから、合唱コンクールを見てもらう。」と思われてもしょうがない。勿論、教育委員会に言わせれば、「それも大切な授業です。」ということなのだろうが・・・・・。

教育長
帰るときにばったり、教育長に会った。「一人なんですか?」「うん、一人で歩くのが好きなんだよ。」僕と同じ日に同じ学校を見て、教育長はどう感じたのだろう・・・・。後でそれを聞いてみたい。そしてどうしたらいいと思っているかも・・・・。

N中
次に教え子の子ども達が通っているN中学校にお邪魔した。3時間目の3年生の理科の授業を見ようと待っていたのだが、その授業はどうやら「自習」らしかった。「先生はどうしたの?」と聞くと「県大会へ行きました。」今日は中体連の県大会が行われているのだ。今日の選手の子達の授業カット数はそれでも3時間なのだろうか・・・・そしてプリントで自習をしていた子ども達は、勿論理科の授業をしたとカウントされてしまうのだろう。県全体で行われている「教育週間」に大会をぶつける。普通の感覚では理解できない。

国語と英語
2年生の国語と英語の授業を見た。二人とも女性の先生だったが、笑顔が素敵で僕も空いている席について授業を受けたくなった。英語の先生はその時間中に全員の子達に発言をさせていた。テンポがよくて気持ちがよかった。そして二人に共通していることは板書が物凄く綺麗だということ。あれがプロなんだと思った。表情がよくて、子ども達の名前と性格を全て把握しているように見えた。子ども達との信頼関係もいいのだろう。ああいう先生に習える子ども達は幸せである。久しぶりにいいものを見させてもらった。

清潔感
この中学校は、校舎は勿論子ども達にも清潔感があった。新座で一番古い学校のはずなのに・・・・一番新しい学校よりも遥かに清潔感があった。

クラス会
五中の4期生達と久しぶりに会った。3年1組の子達だ。アキ、ババツ、ケンイチ、ミチヤ、ナス・・・・久しぶりに「とうやん」という言葉を聞いた。みんな所沢の僕の家に住んでいた子達だったのだ。今考えるとどうみてもおかしいのだが、あの頃その子達は我が家から学校に通っていた。貧乏な我が家は毎月数万円の赤字。食べ盛りの男の子ばかり9人もいたのだからどうしようもない。3年1組以外の子達も何人が預かっていたのだ。「毎朝のもやしの味噌汁が美味かったよなあ。」「肉なんか滅多にでなかったよな。」「あのパークタウンがあったから面白かったんだよな。」「俺達何も分ってなかったな、あの頃。」「この間雪に会ったんだよ。なんだか涙がでそうになってさ。」雪のおしめを何度も換えたケンイチが笑う。クラス会というより、久しぶりに家族が集合したような雰囲気だった。

煙草アレルギー2
彼らは全員煙草を吸うのだが、僕が煙草アレルギーだということを知っていて、1次会の個室の中でも、2次会のお店の中でも煙草を我慢してくれた。「何年経っても、40過ぎてもさ、たかやんは担任だからね。」その気持ちが嬉しかった。僕は12時近くまで、煙草の煙にさらされることなく美味しいお酒を飲んだのだった。