12月14日 (水)  「たかやん議員日記」2005.第344弾!

「たかやん議員日記」2005.第344弾!   12月14日(水)

一般質問
「たかやん!何だか楽しそうだね。議会を楽しんでるんでしょう?」と幸弘に言われた。別に楽しんではいないが、妙な緊張はしなくなった。

通告書
教育委員会の答弁を聞いて、ホンマかいなとあっけにとられた。何のための通告か分らないと思った。毎回まともに答弁をしてもらってなかったので、もうああいう答弁には慣れてしまったが・・・・・。あとで議事録を読んで恥ずかしくはないのだろうか・・・。

真実
嘘は必ずバレる。真実は必ず理解される日が来る。嘘は人の人相をどんどん悪くしていく。正しいことをしていれば、人相はどんどんよくなっていく。嘘つきの顔は直ぐ分るものだ。

六中のみんなへ
六中テニス部の子ども達。あの頃の君たちは学校のきまりを守っていたこと。毎朝、学校の周りの掃除をしていたこと。決して強くはなかったけど、実にいいチームだったことを僕は議会で発言しました。
あの頃の六中の先生方。議会に提出された職員会議の議事録では先生達の発言は完全に抹消されていましたが、先生達が勇気をもって「それはおかしい!」とたくさん発言されたこと、そのことを議会で発言しました。職員会議で管理職の提案に反対したら、校長室に呼ばれ、報復されるのでは病気になって当たり前です。そのような状態の中で子ども達の為の勇気ある発言、ありがとうございました。
当時の保護者の方。この間、当時の3年生の男女と一緒にサッカーとテニスをやりました。途中で急に行けなくなったので、時間を取り戻した気がしました。内申で人質に取られた状態でのあの騒動。しょうがなかったのかなと思います。みんな子ども達の為を思っての行動です。子ども達のことをこれっぽっちも思ってなかった校長がいたことが不幸でした。
そしてコーチの国井さん。あれから今まで本当にご苦労様でした。ずっと一緒に仲良くやってきて、いいコンビだったのに本当に残念でした。情熱がないとボランティアもなかなか続きません。テニスが大好きな子ども達を育ててください。心から応援しています。その内、一緒にテニスをしたいですね。
そしてテニス部の顧問だった角ちゃん。何度もテニス部が廃部になる危機を救ってくれたのに、校長からは毎日のように、そして最後には保護者から「辞めて欲しい」と言われた角ちゃん。校長室に毎日のように呼ばれ、職員室にもいられなくなって、毎日更衣室で隠れていた角ちゃん。子どもの卒業式に出席するために年休を取ろうとしたら、校長から「認めない」と言われた角ちゃん。僕が「命の応援団」で二中批判をした為に担任まではずされ、他市へ異動させられた角ちゃん。いつも、いつも子ども達の為に一生懸命動いてくれてありがとう。本当に感謝しています。「六中テニス部の心」をずっと持ち続けてくれた東村先生、和久井先生、ゆみ先生、そして角ちゃん。本当にありがとう。そしてご苦労様でした。角ちゃんのあとも子ども達の為に顧問を引き受けてくださった先生方、ありがとうございました。いつの日か、みんなで六中のコートで集まりましょう。六中のテニスコートは「誰も拒まない。どんな人でもテニスが好きなら受け入れる。」それが「六中テニス部の心」でしたから。