3月16日 (水)  「たかやん議員日記」2005.第75弾! 

「たかやん議員日記」2005.第75弾!   3月16日(木)

夜の卒業式
六中の3年2組。県立に失敗した生徒が都立の2次募集を受けるために卒業式に出られなかったことがあった。一人欠けた卒業式では僕らは泣くことができず、みんな笑って卒業してしまった。そしてその日の夜、僕らは再び体育館に集合した。卒業式の雰囲気が残る体育館で親も再び集合し、3年2組だけの卒業式が行われたのだ。卒業式の司会は僕が、校長先生役は僕の卒業生がやってくれた。そして僕が一人一人呼名すると、子ども達は演台に上がり一人一人メッセージをみんなに残していった。みんな泣きながら仲間に、親に、そして僕に語りかけた。本当に感動の卒業式だった。昼間の本物の卒業式では涙一つ見せなかった子ども達がワンワン泣いた。お母さん達も泣いていた。僕達は教室に戻って僕のギターで歌を歌い、また泣いた。「クラス全員が揃わないと3年2組じゃない!だから全員揃ってもう一度やろう!」誰が言い出したのかは覚えていない。(当時の学級通信を読めば分かるだろうけど・・・)だけどこういう卒業式もあったのだ。今から15年ほど前の話である。

その卒業式には後日談がある。僕は卒業式の前日、クラスの机の落書きを一つ一つ消して、黒板にメッセージを書く癖がある。ところがその時の3年2組は綺麗好きで、机の落書きが何もない。教室の壁も窓も綺麗で、僕が片付けるものが無かったのだ。それを僕は夜の卒業式で言った。「落書きが無くて、寂しかったよ。」と。
次の日、僕は校長室に呼び出された。「何なんだ!お前のクラスは!いったいどういう指導をしているんだ!」と校長は激怒している。何のことだか分からず、教室へ行ってみると・・・・教室中が落書きで滅茶苦茶だったのだ。それもマジックで書いた落書きだった訳で・・・・僕らは春休み中、2組の壁紙を張替え、キンカンで机の落書きを消し・・・・それでも消えない部分があったために、僕は「責任を取って、もう一度3年2組の担任をやれ!」と命令されたのだった。
2組の子ども達は僕の為に、教室をピカピカにして卒業し、そして僕の為に教室中に落書きをしてくれたのだ。という訳で、2年連続の3年生の担任をやることになったのだから、人生って奴は面白い。その事件がなければ、僕はその後のクラスの子達と会っていないのだから・・・・。

今日は休会日で議会はお休み。懐かしい、卒業式を思い出してちょっとひたってしまったのだった。