12月24日 (日)  「たかやん議員日記」2006.第358弾!   12月24日(日)

「たかやん議員日記」2006.第358弾!   12月24日(日)

DNA
僕のじいさんは42歳で小学校の教頭を辞め、民間の会社に入った。どうやら家族の為に、その道を選んだらしい。僕のおばあちゃんも小学校の先生だった。僕の父さんは茨城の労働基準局長を辞めたとき、茨城県知事候補だと新聞の記事に載ったらしい。僕が21年間、中学校の教師でいたのは、きっとじいちゃんとおばあちゃんのDANだろう・・・。大好きな学校を42歳でやめたのはじいちゃんのDNA。そして議員になったのは、多分父さんのDNAだと思う。DNAは恐ろしい。僕が小さい頃、絶対になりたくないと思った職業は「教師」と「議員」。その二つとも、なってしまうのだから凄いと思う。

イブ
午前中は春日部の中学生達と一緒に勉強。3時間があっという間に過ぎていった。お昼はマルフジで待ち合わせをして買い物。塾と家の間にマルフジがあるのでなかなか便利。
今日はお昼過ぎに父さんの一番下の弟の“猛おじちゃん”と僕の二人の兄貴が我が家に集合した。母さんを中心に久し振りにみんなが集まった訳で・・・3時ごろから、みんなで飲み始めたのだった。クギヤで頼んだクリスマスケーキを食べて、空も大満足。みんなで大いに笑った、クリスマスイブだった。

交通事故
もう40年以上前の話。新大久保の駅前でタクシーを降りた達矢と朋矢は、おじちゃんに貰った50円を握り締め、道路の向いのおもちゃ屋に走り出した。先頭の僕は車に気付き、Uターン。ところが僕を追い越そうとした達矢はそのまま車にはねられ・・・・かなりの距離飛んだらしい。僕は後ろを向いていたので、そのシーンを見逃してしまったのだが、母さんは飛んでいくところを目の前で見てしまって・・・寿命が縮まったと言っていた。幸い、達矢は軽症で、まもなく朋矢へのいじめを再開したのだった。とほほ。

白山
僕らは富山へ帰るとき、よく「白山」という列車に乗った。その白山は「特急だよ」と主張したのは猛おじちゃん。「いや白山は急行だった。俺は汽車には詳しかったんだ」と言ったのは和矢。そして「白山は最初は準急じゃなかったっけ?」と言ったのが僕。
正解は“準急、急行、特急と格上げされ、最後は「はくたか」にとってかわられ、消えていった。”というものらしい。まあ僕の記憶が正しかった訳なのだが・・・準急白山とトンネルの記憶は、小さい頃の僕らには余りにも強烈だった。

まきこ
あれからもう2年が過ぎようとしている。六中テニス部のキャプテンだった女の子は20歳の短い生涯を終えてしまった。僕は1年生で入ってきた時の彼女を今でも覚えている。そして関東大会や全国大会で大活躍した姿は勿論、普段のコートでの彼女の笑顔を忘れることができない。そして、あの冷たい霙交じりの雨が降る戸田の斎場での最後の別れも・・・・
たかやん