2月24日 (金)  「たかやん議員日記」2006.第55弾! 

「たかやん議員日記」2006.第55弾!  2月24日(金)

長い一日
5時過ぎ、フィギュアを見たいという単純な理由で目を覚ます。寝ぼけ眼で見ているのに、まさかトリノの緊張がそのまま伝わってくるとは思わなかった。そこには三人三様のドラマがあり、アメリカやロシアの選手と絡まりながらの手に汗握るラストシーンがあった。みんながみんな、自分のベストを尽くそうとプレッシャーと戦いながら滑っていた。そして100%に近い力を発揮できた荒川選手が優勝したのだ。

そのまま朝食。いつもはご飯なのだが、今朝はお好み焼きと雑煮。ヘンテコリンな組み合わせの朝ごはんだった。

8時半。一番乗りで控え室に。着替えているとみどりの公園課のI課長が一般質問のヒアリングに・・・・。いよいよ3月議会がスタートした。続いて総務課、ゴミ対策課・・・・とヒアリング。教育委員会を残して、一気に打ち合わせが進んでいった。

9時半。議運がスタート。僕は正式な議運のメンバーにはなれないが、オブザーバーという形での参加を認められた。一人会派にはそういう制約もあるのだ。

議場では議長選挙が行われ、最大会派、政和会の並木傑議員が29票を獲得して当選した。同じく副議長は共産党の小鹿伸衛議員が27票獲得して選ばれた。

議運、本会議、議運、本会議、議運・・・・そんな感じで一日が過ぎていった。昼ごはんを食べる時間が10分しかなかった。その間に僕の議席は11番から9番に変更となり、委員会も文教経済委員会から総務委員会に変更になった。

文教経済委員
議運で何度も休憩を取って委員会の調整を行った。どうしても数が合わなかったのが文教経済委員会のメンバー。7人のところに8人が希望し、最後の最後に僕が折れて、僕が総務に入ることになった。「教育一本」が公約なのだから、文教から離れたくはなかったのだが、いつまでも議運が進まず、「このままでは収集が付かないので、何とかご協力願えませんか?」という議運の委員長の小川議員の顔を立てて、総務へうつったのだ。

教育委員会
ヒアリングが一番長かったのは教育委員会。M先生とA先生とのヒアリングはちょっと熱くなってしまって、楽しかった。考え方は違っていても熱いものがある人が僕は好きなのだ。こういう先生達は校長ではなくて、子どもといつも向き合っている先生になって学校に戻って欲しい。そんな勝手なことを考えていた。

引越し
刷新の会の控え室から新明会の中田議員の控え室に引越しをした。かなりの量の書類を処分し、そして整理した。中田議員の控え室には前に居た人たちの残したものや、その前にいた人たちの忘れ物まで・・・かなりの書類が残されていたのだ。それを議会事務局のIさんや幸弘に手伝ってもらって、片付けた。最後に刷新の会の部屋を掃除してから、もらったピーナッツを食べながら新しい部屋の掃除を始めた。足りないものがたくさんあって、まだまだ居心地は悪いが、中田議員は意外に楽しいので、少し楽しみでもある。
「中田さん、殺風景だからチェ・ジュウのポスター貼ってもいいですか?」「チェ・ジュウ?おらあ嫌いだ。」なるほど、中田さんの控え室には「北朝鮮に拉致されてと見られる人たち」のポスターが貼ってあった。韓国の人も、北朝鮮の人も同じ民族だけど、韓国の人たちも北に拉致されているのだ。日本と韓国は同じ被害者なのだ。だからチェ・ジュウ・・・うーん、中田さんに通用するかなあ・・・。新しい部屋が悲しいのは、平林寺の緑が見えないこと。外の空気を吸えないのだ。それ以外はなかなか快適な部屋になりそうである。