10月31日 (土)  「『一生懸命』幻のたかやん日記 第303弾!10月31日(土)

「『一生懸命』幻のたかやん日記 第303弾!10月31日(土)

4時半
目が覚めたのが4時20分。4時半に目覚ましをかけておいたのだが、自然に目
が覚めたらしい。ところが・・・目覚ましをバイブにしたのがいけなかった。次
に目が覚めたのが4時48分。約束した時間は5時。間に合わない・・・・
慌てて飛び起き、歯を磨いて・・・ふと、時計を見る。時計の針は4時を指して
いた。そうなのだ、4時20分だと思っていたのは、実は3時20分だったのだ。
昨夜寝たのは0時30分。3時間経たないうちに目が覚めたのだった。

10時間
青森までかかる時間は10時間。5時にでたって、向こうにつくのは15時とい
うことだ。寝坊したら大変だ・・・そう思っていたのだと思う。

岩手山
仙台を過ぎると「残り半分だねえ」という会話になった。亮と旅行に行くのは何
年ぶりだろう・・・盛岡を過ぎると左手に岩手山が見えてきた。岩手山・・・懐
かしい、淡い思い出の山だ。

黒石
目的地のインターに着いたのが、2時過ぎ。予定より1時間ほど早く到着した。
僕らが向かったのは小田桐家。陵平と同じように13歳で自ら命を絶った中学校
1年生のお母さんの話を聞くために、僕は青森に向かったのだ。

酷似
陵平の死と央侑君の死は余りにも似ている点が多い。13歳であったことは勿論
だが、学校側の指導法、学年集会、学級委員長と中央委員、反省文と遺書。そし
て亡くなった後の学校の対応。重なるキーワードが多すぎるのだ。まだまだある
のだが、それはこれから明らかにしていこうと思う。

350円
お母さんの加代子さんから、沢山話をしてもらって、お墓参りをし、学校を見学
し・・・僕らは温泉に向かった。お父さんの修二さんの車で近くの温泉に行った
のだ。亮と風呂に入るのも何年ぶりだろう・・・背中を流してもらって、涙が出
てきそうになった。

0時過ぎ
僕らは0時過ぎまで語った。央侑君の写真の前で沢山のことを話したのだった。

今日の写真1
央侑君のお墓の前で手を合わせる亮。左が央侑君のお母さんの加代子さん。テニ
ス部だった央侑君。大会の前になると友達が来て、央侑君に語りかけるそうだ。

今日の写真2
小田桐家はりんご農家。僕は生まれて初めてりんごがなっているところを見た。

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