2月11日 (水)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第42弾! 2009.2.11(水)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第42弾! 2009.2.11(水)   たかやん

誕生日
今日は僕の誕生日。いつの間にか55歳になった。四捨五入すると還暦。ああ恐ろしい・・・。今年の目標は、「あんな55歳になりたい!」そう思われるようにすること。あと20年は現役で仕事ができる。そんな55歳でいたい。

四十九日
今日は大泉のおじいちゃんの始終九日の法要があった。所沢の真言宗豊山派、「山口千手観音」での法要だった。そのお寺はなんと810年に建てられたというから凄い。お坊さんから空海の話を聞いて、何かの縁なのかなあと思った。空の名前は「空海」から貰ったからだ。おじいちゃんのお墓からは、お母さんのマンションが見える。直ぐ傍に娘がいるのだから、おじいちゃんも安心だ。そして僕達も、いつでもおじいちゃんに会いにいける。今日の始終九日の法要は涙なしの、暖かい法要だった。

ワールドカップと君が代
僕は小学校4年生くらいから「君が代」を歌ったことがない。学生時代は勿論、教員時代にも歌ったことはない。校歌は誰よりも大きな声で歌ってきたが・・・。朝鮮戦争が終わってベトナム戦争・・・そんな時代に生きてきたからだと思う。「君が代」を歌わないことが「反戦」という意識があったのだろう。ところが今日のオーストラリアのサポーターの国歌を聞いて・・・君が代も「大声で歌わんかい!」という気持ちになった。入学式や卒業式には校歌があるが、ワールドカップには君が代しかないし、日の丸しかない。そんな気持ちになるから人間は不思議なのである。

母さん、ありがとう
サッカーのワールドカップ予選が終わってから、「お母さん、今日誕生日だったんだ」と言った。「あら、そうねえ」「うん、55歳になったよ。お母さんのお陰だよ。」「お父さんが亡くなったときの、お母さんの年ね」「そうだね。」「お母さんはこの年まで生きるとは思ってなかったわ。あなたたちが小さいときは、60歳までは絶対に死ねないと思っていたけど、まさかこんな年まで生きるとは思ってなかった・・・・。」「お母さん、ありがとうね。お母さんのお陰で、この年まで元気で生きてこられたんだよ。」「おめでとうって言うの忘れてたわ・・おめでとう。」「うん、ありがとう」僕が入院したのは55年間で3回。小学校5年の盲腸。10年前の股関節脱臼骨折。そして5年前の尿管結石だ。どれも痛かったけど、回復できる病気だった。これからも親にもらったからだを大事にしていきたい。

メール
今日はたくさんのお祝いメールが来た。昔、理科のテストに「たかやんの誕生日はいつ?」という質問を出しただけのことはある。今、そんなことをやったら市教委から呼び出しがくるだろうが、当時はノンビリしたもの。親からも校長からも、それで怒られたことはなかった。100点満点のテストなのに、解剖用の蛙を捕まえてきたから10点プラス。模範解答よりもいい解答だったからと3点プラスで合計113点取った子もいたっけ・・・。その13点は次のテストに加算されるというおまけ付だった。そんな遊びをやれる時代に教師をやれて幸せだったと思う。今日は僕の誕生日を覚えていてくれた教え子達に感謝する一日でもあった。

再開
寒い一日だった。雪が降るのだから寒い訳だ。明日から駅立ち再開。9時半から建設委員会があるので、5時55分から8時までの志木駅での駅立ちになる予定。8時半には家に着き、朝ご飯を食べて、自転車で市役所へ・・・。午後からは議運。明日も忙しい一日になりそうである。明日はゴミ袋とトングも持っていく。島田くによさんのように、「綺麗な駅立ち」をしないとね。
takayanchan@jcom.home.ne.jp                     たかやん