4月16日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第105弾! 2009.4.16(木)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第105弾! 2009.4.16(木)   たかやん

油断大敵
目覚ましがなる前に目が覚めた。外は真っ暗・・・3時半だもの・・・。しょうがない、もう少し寝よう!そう思ったのが間違いだった。次に目が覚めたのは5時半。マジ?5時55分に間に合わないかも・・・・

5時55分
新座駅で掃除をしていた。そう、間に合ったのだ。今朝はトングではなくて、箒と塵取りで掃除。かなりのゴミを集合させたので、気持ちよく挨拶ができたのだった。

婦警さん
駅前交番の婦警さんが声をかけてくれた。どうやら初めて僕の駅立ちに遭遇したらしく、多分、変なおっさんだと思ったのだろう・・・・ジャージでやる人は全国でも珍しいと思うから・・・でも、とっても感じのいい婦警さんで、僕は笑顔になったのだった。

二中サッカー部
どこかで見たことがある笑顔だった・・・そうだった!二中サッカー部の大島君だ。僕が二中を去ろうと決心したのは6月。僕が二中を辞めると決めたのだが、一番の心残りはサッカー部。ずっと練習に出ていたらきっとやめられなくなる・・・そう思った僕は、愛するサッカー部の練習に全く出なくなった。3年生は勿論、2年生も1年生も可愛くてしょうがなかったのに・・・。そんな馬鹿顧問だった僕に、笑顔で挨拶をしてくれたのが大島君だったのだ。僕は嬉しくて、嬉しくて、暫く笑っていたのだった。

命の応援団
「Iの娘です!」「え?ああ、そう言えば似ている!」命の応援団のメンバーIさんのお嬢さんが声をかけてくれた。もの凄く綺麗な女性が声をかけてくれて、内心ドキドキしていた。そして、やっぱり暫くニヤニヤ笑っていた、たかやんであった。

駅立ち
こうして月曜日に始まった駅立ちの4日間が終わった。体はきつかったが、心はかなり元気になった。明日からはポスティング。そっちも頑張るとしよう。

教師を目指す人へのメッセージ
第十四歩 「道徳の授業」
僕は道徳の授業が好きだった。宗教、哲学、心理学の本を読みまくり、感動したことを子供達に話すのが好きだった。職員室の片隅にある「道徳の本」を使って授業をしたことは一度もない。やはり自分で消化したものでないと、人に伝えるのは難しいものなのだ。
教員になったばかりの頃は、「道徳」の時間を持て余していた。何をしたらいいか分からず、「席替え」の時間に使ったり、「体育祭」や「合唱コンクール」の練習に使ったり…。だから子供達も道徳の時間は息抜きの時間くらいにしか考えていなかったと思う。

道徳というのは「人の生き方」を教える時間だと思っている。人生は楽しいだけではない。苦しい時もたくさんある。その苦しい時にどう考えて生きていけばいいのか…その答えが道徳の中にあると思う。僕は学校の道徳の教科書は使ったことがないが、自分だけの道徳の教科書はたくさん使った。ある時は死んだ父の「詩集」がそうだったし、ある時は星野富広の「絵と詩」がそうだった。自分の心が動かない教科書で子どもを教育することなど不可能なのだ。自分が感動して、涙が出たものが本物の教科書なのだと思う。

涙と言えば、授業で子供達が泣いた時、僕は物凄いショックを覚えた。勿論理科の授業ではない。国語の授業を受け持った時の話だ。僕の副担任の国語の先生が切迫流産で数週間学校を休んだことがあった。その時に代わりに「国語」の授業をやったのだ。丁度「詩」の授業だった。僕は父の詩集を教材にした。そして僕自身の書いた詩も…。その授業で子供達が泣いたのだ。授業で子供達が泣く…僕には想像できないことだった。理科の実験で子供達がどんなに感動しても、涙を流す子はいない。それが国語の授業ではたくさんいたのだ。

もう一つの涙は「歌」である。僕はギターを弾くのが好きで子供達の前でよく歌を歌った。子供達も一緒に歌った。毎日のように歌った。その歌をクラス解散の時に歌うのである。卒業式の時もあれば、終業式の時もある。歌った歌であればあるほど、子供達は涙を流す。歌で記憶が蘇るのだ。勿論結婚式でもそうだ。中学を卒業してから10年以上過ぎていても、心がその歌を覚えているのだ。それに比べて理科の授業を覚えている子の少ないこと。僕の授業は「詩」や「歌」に完全に負けていたのだ。

そして最後の涙は「言葉」だ。言葉の力を侮ってはいけない。良い言葉は子供達に力をつけるが、悪い言葉は子供達から自信と可能性を奪っていく。子供達は大人の言葉で自信を深め、大人の言葉で傷ついていく。プロの教師は自分の言葉に責任を持たなくてはいけない。ヤクザのような言葉を使う体育の教師をたくさん見てきたが、学校にはヤクザはいらない。子どもの可能性を奪い、傷つけるだけなら教師をしている意味がない。言葉の力は強い。良い意味でも悪い意味でも強い。プロの教師はそのことを肝に銘じていなければいけない。貴方の言葉で人一人の人生が決まってしまうことがあるのだから…。
本を読もう。子供たちに「良い言葉」という栄養を与えるために本を読もう。そして自分自身も元気になろう。「良い言葉」は大人でさえ元気にする力を持っている。どんどん本を読んで、その言葉を探そう。「本を読みなさい!」と言っても子供たちは本を読むようにはならない。本を読む楽しさを教えれば、子供たちは本を読み始めるのだ。
*悩みに悩み、苦しみに苦しんだとき・・・僕は本を読みまくった。半年で600冊くらいは読んだ記憶がある。今日も10冊ほど本を買ったが、本は心の栄養になるのである。本で元気になるのなら安いものだ。しかも使い捨てではない・・・何度でも栄養を与えることができる。携帯できて、早送りもまき戻しも一時停止も自由。電気代も食わず、環境にも優しい・・・。子どもたちを本好きの人間にしたいものである。  たかやん