4月30日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第119弾! 2009.4.30(木)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第119弾! 2009.4.30(木)   たかやん

毎日ご苦労様です!
母さんと黒目川に散歩に行くと、「毎日ご苦労様です!」と言われた。「あ、いや毎日じゃあないんですよ」それでも「毎日ご苦労様です!」と犬を抱いたおばあちゃん。ありがたい言葉だなあと思った。僕は益々やる気になり、そして黒目川は少しずつ綺麗になっていく・・・。

議会報告
我が家のポストに「吉田よしのり」通信の第134号と「しまの加代」を育てる会ニュースの第38号が入っていた。確か平松大佑レポートも40号が発行されているはず。議会報告の内容はそれぞれ、色々だからいいとして、やはりちゃんと発行している人たちには一目も二目も置きたいところだ。特に「吉田よしのり」通信の134号には感心する。彼は僕よりも4年早く議員になっているから、市議会議員時代を入れると12年と2ヶ月議員をやっているはずだ。12×12=144なのだから、ほぼ毎月「吉田よしのり」通信を発行していることになるのだ。最近は僕も毎月発行しているが、やっている人でなければ分からない苦労もある訳で・・・。134という数字に、発信することの大切さを、よしのり議員から教えてもらっている気がするのである。

43弾
4月30日号が完成した。なんとか43弾までこぎつけたという感じである。議会報告でいつも苦労するのは写真。文章よりも写真である。文章はいくらでも自分の頭の中で作れるが、写真はそうはいかない。いい写真がなければどうしようもないのだ。愛用のデジカメを持ち歩いていても、いつもいい写真が撮れるとは限らないわけで・・・・

教師を目指す人へのメッセージ
第二十八歩   お話の力
子どもの前に立って、お話をする。簡単そうで難しいことである。人生経験の少ない若い先生には語れることが少ないかも知れない。それでもお話はしなくてはいけない。自分が実際に経験したことを、そして本や映画で学んだことを・・・・。それがあなたを成長させるのは間違いないから・・・。
お話をするのに、下を向いたり、黒板の方を見たりしながら・・・という人は余りいないだろう。子ども達には自分の目を見せ、自分の気持ちを伝え、そして子ども達の目を見て、反応を見ることが大事なのだ。

僕は最初の1年間、特にその半年間。教室へ行くのが怖かった。45分(当時は45分授業だった)授業が長く感じてしょうがなかった。大学を卒業したばかりで3年の担任になり、しかも2年生1クラスを持っていた僕に、余裕は全然なかったのだ。だけど、そのことが次の年からの「お話」の種になるのだから面白い。苦しいことがあれば、それは「お話」になる。悲しいことがあれば、それが「お話」になる。勿論、嬉しくて感動したことも、立派な「お話」になっていくのだ。

前にも言ったが、授業は“舞台”なのだ。あなた方は役者で、生徒は観客。それを忘れてはいけない。よく、授業に集中していないと怒る先生がいるが、あれはおかしい。自分の話がツマラナイということに気が付いていない。生徒が集中できないのは99%、先生達の力不足である。

何度か無言で授業をしたことがあった。黒板で言葉を伝えながら、一言も発しないで授業をやったのだ。教室は静まり返った・・・・。たまにはそういう舞台も面白い。そういう遊びもまた大事なのである。

お話上手な先生は生徒を惹きつける。惹き付けられた生徒は、間違いなくその教科を一生懸命勉強するようになる。まずは先生を好きにしてしまうことだ。しかし、決して生徒に媚を売ってはいけない。実力で好きにしてしまうこと。それがポイントだ。そこを勘違いすると大変なことになる。生徒は大人をよく見ているから・・・。

周りの先生が「学校のルール」や「決まり」にうるさいとしよう。「授業の受け方や態度」に成績を影響させていたとしよう。それを真似てはいけない。教師がメダカ症候群になってはいけない。そんな役者はあなたの周りにゴロゴロいるだろう。そんな役者はもう必要ないということだ。大根役者になってはいけない。誰でも演じることができるような役者は大根役者そのものだ。若くても、自分にしかできない役を演じることだ。それが出来るようになれば、子ども達一人一人の個性も認められるようになる。それが出来なければ、子ども達の違いにも気が付かないヘボ役者になってしまう・・・・。若くても、それだけは分からなくてはいけない。

いじめを確認することはできませんでした。などという教師達は、そういう教師集団なのだ。みんなと同じ言葉を言って、平気でいる集団は生徒の目の変化に気付かない。生徒の変化に目がいかない教師ほど、役に立たない教師はいない。
「生徒の目を見て、話をする」この当たり前のことを忘れてはいけない。子ども達は「本気」を見抜く天才だ。あなたたちも天才たちから毎日見られるのだから・・・。
* 天才の目
プロの教師の目は子どもたちの色々な心を見抜くが、子どもたちもまた、教師の色々な心を見抜くものなのだ。しかもこっちは一人に対して、あっちは数十人。注目のされかたが違うのである。天才の目を甘く見てはいけない。彼らは僕達のちょっとした仕種も、かすかな匂いも、そして洋服のセンスまで知りつくしている。タバコを吸っている先生達は女子生徒にどれだけ嫌われているか分からないと思う。彼女達は特別なセンサーを持っているのだ。