6月18日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第168弾! 2009.6.18(木)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第168弾! 2009.6.18(木)   たかやん

智子
その少女は目が見えなかった。とっても大きな澄んだ瞳をもちながら、何も見えてはいなかった。そして耳も聴こえなかった。わずかな空気の振動を肌で感じることはできたが、音楽は分からなかった。

それでも彼女はバレー部に入った。10歳までは目も耳も正常だったのである。その経験を生かして、彼女はスポーツをやろうと思ったのだ。

バレーボールをやるうちに、彼女は人間からでるわずかな“気”を感じられるようになった。そして、その“気”が生きものだけではなく、ホールなどの物からも出ていることに気がついたのだ。

彼女はボールが見えないままエースアタッカーになってしまった。初めて彼女を見た人は、そのことには絶対に気付かない。それほど、彼女の瞳は輝いていた。そして僕はそんな彼女にだんだん惹かれていったのである。

彼女には弟が一人いた。彼もまた目が見えない。どうやらそういう遺伝的な病気のせいらしかった。ある日僕が自転車で学校へ行こうとすると、その子が自転車でついて来た。「お兄ちゃん!一緒に行ってよ!」『OK』彰というその男の子は耳は聴こえるのだ。彼は音を頼りに自転車をこいでいた。

その自動車は突然横から飛び出してきた。もし彰が「お兄ちゃん、あぶない!」と叫ばなかったら、僕は完全に轢かれていただろう。目よりも耳の方が危険をキャッチすることはあるのだ、と僕は思った。

学校の帰り、彰を送って家まで行くと、彼女は家の前の公園で僕達を待っていた。僕が自転車を降りると、彼女は僕の方にゆっくりと歩いてきて、そして言った。
「弟を送ってきてくれてありがとう」僕はどうしたらいいかわからず黙っていた。すると彼女は僕の唇にそっと指を触れた。細くて、とても柔らかい指だった。

『あ、いや、お礼を言うのは僕の方なんだ。彰君に助けてもらったんだ。』僕がそう言うと、彼女はにっこり微笑んだ。僕はその笑顔を見て、我慢ができなくなり言った。
『す、好きなんだ。君のこと好きなんだ。だから・・・』「わたしもよ」「わたしもあなたのことが好きだったの。ずっと前から・・・」彼女は僕の唇から指を離さずそう言った。
彼女の指は僕の言葉を正確にとらえていた。その日から、僕はずっと彼女と一緒だった。何をするにも一緒だったのだ。僕は彼女の目になり、耳になろうとしたが、その必要はなかった。智子の感性の方が、僕の目や耳よりも上をいっていたのだ。彼女の眼は、僕が見える以上のものを見ていたし、彼女の耳は僕が聴こえる以上のものを聴いていた。僕はいつも彼女を抱きしめようとしていたが、気がつくと彼女の方が僕を抱きしめていてくれていた。あの頃、僕は智子との人生が永遠だと思っていた。智子は僕の為に生れてきたんだ・・・そして、僕もまた智子の為に生れてきたんだ。あの頃の僕はそう思って生きていたんだ・・・・・。