3月7日 (日)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第67弾! 2010.3.7(金)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第67弾! 2010.3.7(金)  たかやん

川掃除
朝から冷たい雨が降っていた。子どもたちが風邪をひいたらこまるので、今日の川掃除は諦めた・・・今月は色々詰まっているから、このまま中止になってしまうかも・・・

日本列島
掛け算の九九の次は日本地図。そう、お風呂で遊びながら日本地図を覚えてしまおうという作戦である。日本人なんだからどこに何県があって、どこに北方領土があるくらい、小さいうちに知っておいて欲しいから・・・。

算盤
掛け算はできるのに、引き算になると苦しい空。そこで算盤で教えることにした。手を動かしながらする計算は面白いらしく・・・笑顔になった空であった。

教師を目指す人へのメッセージ
第三十四歩「奇跡」
あなた方にとって理想の先生は誰だろう。「北野広大」「坂本金八」それとも「川藤幸一」?もしかしたら二十四の瞳の大石先生かも知れない。僕の理想の先生は小学校の時の担任だった向後美佐子先生であり、中学の時の担任だった河合隆慶先生である。

テレビの中の先生は理想であり、現実の先生ではない。そういう見方もあるかも知れない。だけど、テレビの中の先生たちは、ある意味理想の先生なのだ。誰もが求める先生像なのだ。それが証拠に、僕は彼らを見て泣けるし、胸が躍り、子どもたちの変化に嬉しくて涙が出てくるのだ。

僕は北野広大にも川藤幸一にもなれなかった。だけど、向後美佐子と河合隆慶の心は受け継いでいると思っている。僕を心から愛してくれた先生たちに直接返せるものはない。けれど、先生達が僕を愛してくれたように、子どもたちを愛することだけはできるのだ。

僕は先生についていた。幼稚園の高橋先生に始まって、松本(向後)先生、片岡先生、田口先生、桑名先生。中学に行って、天野先生、そして河合先生。高校へ行って吉富先生、小野先生、そして川島先生。僕はいつも先生に恵まれていた。僕は先生に嫌われた記憶がない。だから先生というものに疑問を持ったことがないのだ。優等生ではない僕を、先生たちは愛してくれた。それだけでも奇跡である。

ましてや、僕が教師になったのは奇跡なのだ。21歳になるまで僕にそういう道があるとは思っていなかったのだから・・・。「今学校で」という朝日新聞の連載が僕の運命を変えた。どうしても教師にならなくてはいけない!そう思ってしまったのだ。そして、僕は奇跡的に教師になった。

奇跡の21年間はあっという間に過ぎていった。そうなのだ、あなた方の教員生活もあっという間に過ぎていく。どうせ、先生になったのなら「奇跡」を信じて生きたほうがいい。自分の奇跡は勿論だが、子どもたちにも奇跡が起こることを信じられる先生でいて欲しい。

子どもたちは奇跡の塊である、僕らの枠を超えていく子達が奇跡を起こしてくれる。だから決して子どもたちを自分の枠に入れてはいけない。自分の信念を伝えることは大事だが、自分の生き方を強制してはいけない。貴方たちの枠を超えられなくて、奇跡など起こるわけがないのだ。

奇跡を信じよう。子どもたちは奇跡の塊なのだということを信じよう。少なくても、子どもたちの奇跡を信じられたら・・・楽しい人生を過ごせることは間違いない。夢は子どもたちだけが見るものではない。あなた方先生達も見ていいのだ。

今日の写真
僕の駅立ちの先生は吉田よしのりです。本当なら先生なのですから、「よしのり」なんて呼べないのですが、先生が「よしのりと呼んでください、たかやん」というので、いつでもよしのりです。左端の神風さんも最近の駅立ちは凄いです。僕は民主党には疑問を感じていますが、一生懸命なこの人たちには魅力を感じます。そういう意味ではよしのりの隣の須田市長にも、並木議長にも魅力を感じます。僕が好きなのは、頭がいい人と心がいい人。嫌いな人は頭が悪くて、心が悪い人。頭が悪くて心がいい人も好きだし、心が悪くても頭がいい人は許せます。一番やっかいなのは自分が頭がいいと思い込んでいる嫌な奴。これは始末に終えません。そういう人はこういう笑顔はできません。

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