12月14日 (金) 『一生懸命』 幻のたかやん日記 第342弾! 2012.12.14(金) たかやん 『一生懸命』 幻のたかやん日記 第342弾! 2012.12.14(金) たかやん 川掃除のお知らせ 1 月の川掃除は13日(日)に行います。栗原1丁目公園に9時集合で、11時まで頑張ります。掃除の方向は。川上から川下の方向・・・都県境から馬喰橋まで清掃します。軍手、トング、ゴミ袋はこちらで用意します。途中までの参加、途中からの参加も大歓迎です。反省会は午後5時から。反省会のみの参加もOKです。 腹痛 その痛みは突然やってきた。夜中の4時にである・・・。兎に角、お腹が痛い。布団の中で汗をかきながら、暫く唸っていた。そして5時にトイレに行き・・・7時半にまたトイレに行き・・・何も口にしないで、子ども達の待つ、集合場所に向かったのだった。 東門 どうも、不審者が多くなってきたらしく・・・行けるときに行かないと、後悔しそうだから・・・多少の腹痛では休む気にはならず・・・気合だけで、学校に向かった空父であった。 よかった! 今日は遅刻する子が多かった。遅刻して来た子は慌てて道路を渡ることが多い訳で・・・「おっと、ストップ!ちょっと待ったあ!車が来てる!」とバラバラに来た二人の子を制止したのだった。やっぱり、行ってよかった! 駅立ち でも、数時間、寒い中で立つ駅立ちでは・・腹痛はアウトである。無理をして、スーツにネクタイという格好で立っていたこともあったが、“格好より中身”と割り切って、体が楽な格好で立つようにしている。多分、来週も寒いだろうから、厚めのコートを着て、立つことになると思う。勿論、お腹にはホカロンを貼って・・・ 野菜スープ その後、複数回トイレに行き・・・野菜スープを飲んで、腹痛は消えた。原因は不明。熱がでなかったので、よかった。野菜スープに感謝。 『たかやん塾日記』2004.第276弾! 12月29日(水) ひろさちや 考えてみれば、わたしたちは子どものころから、「世の中の役に立つ人になりなさい」と言われつづけてきました。耳に胼胝ができるほどそう聞かされ、したがってその言葉が刷り込まれ、すっかり洗脳されてしまいました。そうするとわたしたちは、つねに、(自分は世の中の役に立っているんだろうか・・・?)と不安に駆られることになります。会社でもちょっと失敗しただけで落ち込み、ましてやリストラに遭えば自分に存在価値がないのではと絶望するはめになります。老年になれば、それだけ世の中の役に立つ度合いが減るもので(減ると思われるもので)、(俺はまだまだ若いんだぞ。若いものなんかに負けるものか!)と老骨に鞭を打たねばなりません。しんどいですね。疲れますね。 なぜしんどくなるのか?なぜ疲れるのか?その理由は、わたしたちが「世の中の役に立つ人間にならなければならない」と思っていることにあります。 そんなの嘘ですよ。世の中の役に立つ人間になる必要なんてありません。わたしたちは洗脳されているのです。 たって、世の中の役に立つ人間になれ・・・ということは、世の中が大事で、人間は世の中に奉仕すべき道具である、という思想です。じつに人間を馬鹿にした思想ではありませんか。われわれは世の中で生きているのであって、世の中のために生きているのではありません。 (ひろさちや 仏教が教えるこころが穏やかになる話のまえがきより ) そう僕もずっと子ども達にそういい続けていたような気がします。こころの隅で何かおかしいぞと思いながら・・・・間違っている訳がない。そう思っていたのかも知れません。今の僕自身も(誰かの役に立ちたい。)そう思っているのですから・・・・。 だけど「ひろさちや」いや仏教はこう教える訳です。病気になったっていいんです。病人がいることで医者は食べていけるのです。負けたっていいんです。負ける人がいることで勝つ人がいるのですから。泥棒がいるから警察が仕事になるんです。 勿論だから泥棒になれ!と言っている訳ではありません。人の役に立っているよと言っているのです。どんな人でも人の役に立っているのです。生きているだけで十分なんです。とこう言っているのです。 僕は何か苦しいことがあると「本」に救いを求める傾向があります。今回も苦しい中から見つけたことは、このことかも知れません。どんな人間だっていいんです。それを認めることからはじめましょう。“ひろさちや”はそう言っています。仏教の教えは奥が深いんですね。僕のこころが少し落ち着いてきました。 たかやん * 2004年の塾日記ですが・・・自分が何に苦しんでいたのか・・・覚えていません。僕のおばあちゃんは二人ともお寺の娘です。どっちに転んでも、僕には仏教のDNAがある訳で・・・ 後頭部 「体育館でね、後ろに転んで頭打ったんだ」「あれ」「友達に押されてね。ゴーンて音がしたんだ。あ、わざとじゃないよ。」「そう・・・」「保健室には行ったの?」「行かなかった。“そんなの大丈夫”って言われたから」「そう」「でも、まだ頭痛いんだ」「頭を打ったときは、保健室に行ってね。誰が何と言っても行くんだよ。」「わかった」「頭に大丈夫はないからね」「わかった」21年間の学校生活で、頭を打つことの怖さを知っている空父であった。 今日の写真1 安孝と亮。僕の息子たちです。そして、安孝は僕のテニスの先生でもあります。亮が小さい頃はいつも安孝が我が家にいました。僕と安孝は毎朝、テニスで戦っていました。入学して卒業するまで165試合戦ったのです。結果は僕の150勝15敗。亮には1敗した記憶がありますが・・・30試合くらいしかしてないかも知れません。いつの日か、空もテニスをするようになって、4人で試合ができたら・・・僕の小さな夢です。 今日の写真2 太鼓を叩いているのが、市民と語る会の木村さんです。俊さんの方が僕より一つ若いのですが、彼の方が大人に見えます。やることがしっかりしているのです。それに比べて、僕はいい加減なところが多々ある訳で・・・議会での話しも説得力があるし・・・とても1年生議員には見えないのです。 今日の写真3 共産党の小野さんです。実は六中時代の教え子で・・「痛かったあ!」という記憶が大輔にはあるそうです。僕には全くないのですが・・・。議会での話は実に上手で、いつも聞き入ってしまいます。 |