5月2日 (月)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第123弾!  2016年5月2日(月) たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第123弾!  2016年5月2日(月) たかやん

川掃除のお知らせ
5月の川掃除は22日(日)に決まりました。持ち物は「黒目川を綺麗にしたい」という気持ちだけです。軍手、トング、ゴミ袋はこちらで用意します。9時に栗原1丁目公園に集合です。栗原一丁目公園から馬喰橋まで土手を掃除し、そこから川の中に入り、公園まで川を遡り、そこで一旦ゴミを置き、今度は神宝大橋まで土手と川の中を同時に掃除して、公園に戻って終りです。11時頃までやります。途中からの参加も途中までの参加もOKです。夕方、石神集会所で反省会があります。反省会だけの参加もOKです。連絡先 090-6497-5737 たかやん

朝練
今日から空の朝練が始まった。「遅刻すると罰RUNがあるんだ」と言っていたので、僕も緊張していたらしい。「もう6時じゃないのか!」と突然目が覚めたのだが・・・・また2時前だったらしく、空ママに怒られたのだった。そして、起こしもしないのに5時半になって起きてきた空。6時50分過ぎには家を出ていったのだった。空が陸上部の先輩達とあの五中の校庭で一緒に頑張っている姿を想像するだけで、嬉しくなってくる空父である。

朝練2
五中でも六中でも朝練開始の時間は決まっていたのだが・・・テニス部の子達は日の出前から活動していた。親にしてみたら、毎朝、真っ暗なうちに学校に行くのだから、心配だった筈だ。それでも、子ども達の頑張りを快く応援してくれたお母さん(お父さん)達に感謝、感謝である。そう言えば、五中でも六中でもテニス部の子達は天体の授業に強かった。“宵の明星”は練習中に見て、帰りは満天の星。(大袈裟か)“明けの明星”や“下弦の月”も朝練の前に実際に見ていたからだ。その時の宇宙との一体感がテニス部を強くしていったような気がしないでもない・・・・(笑)。勿論、俺たちはテニスだけやっていた訳ではない。「基礎英語聞いてから朝練に来い!」と言っていた時期もあれば、「コートで基礎英語を聴くぞ」と言っていた時期もあった。テニスで高校に行けても、その後がないのでは困るからだ。不思議なもので、練習が厳しい学年程、学校の成績はよかったような気がする。「授業中寝た奴は練習させないぞ」と言っていたからか・・・・。みんなテニスの練習が好きだった。それだけは確かなことだろう。

朝練3
ある時、朝の職員会議で「テニス部は朝練の時間が早すぎます。ちゃんと時間を守って下さい。」「学校のルールを守って下さい!」と言われた。それまでも、ちょいちょい言われていたのだが、ずっと黙っていたのだ。ところが職員会議となると話は別で・・・・カチンときた。「分かりました。それでは他の部活も顧問の先生達は必ず朝練に来てください。7時半から子ども達は朝練をやっています。朝練には顧問がつくのがルールになっていますよね。子ども達の安全を考えたら、顧問の先生がついてないのはまずいですよね。顧問が必ずついている部活は硬式テニスだけですよ。いったいどっちが大事なんですか!」僕はそう言った。他の部活の子が朝練で怪我をしても、病院に連れていくのは顧問ではなく僕だったのだ。それから、テニス部の朝練に文句を言う先生はいなくなった。僕は時間というルールは守らなかったが、子ども達と一緒に居るという原則は守る・・・そんな顧問だった。
(今考えると、どっちも守らなきゃだよねえ・・・・。)

トレーニング
9時過ぎからジムに行ってトレーニングをした。空に負けてられないのである。例によって、英語の教科書を暗唱しながらのトレーニングである。体と脳を同時に鍛える訳で・・・レッグランジでちょっと左足が痙攣しそうになったけど、暗唱の方はばっちりで・・・お風呂の中でずっとブツブツいっていた空父である。

俺と国語の教科書
久しぶりに中学校の国語の教科書に目を通した。これが面白いのである。中学校で国語を教えていた時期があったが、その時はそんな余裕はなくて、本物の国語の先生に「テストの平均点で負けない」ことだけを考えていたっけ。そりゃあ、そうだ。理科の免許しかない教師が、いきなり「国語やってください」と言われたのだから・・・「俺?」「そう俺しかいない」「俺?」「そう俺・・・お願いしますよ。他にいないんだから・・・」「俺?」「俺・・・大丈夫、たかむらさんならできる!」「免許ないですよ!」「大丈夫、臨時免許が出るから・・・」そんな会話で俺の1年間が決まってしまったのだ。だから、国語の教科書がある意味ちょっと怖かった訳で・・・


では、どうして無謀なことを引き受けたのか・・・・六中の1年2組の担任をしていた時に、副担だった国語の先生がお休みして、1〜2か月だけ代わりに授業をしたことがあったのだが・・・。その時の詩の授業で子ども達が泣いたのだ。僕の理科の授業で気を失った子はいても、感動して涙を流す子はいなかった訳で・・・・。こっちが泣きそうになってしまった。その記憶があったので、無謀にも引き受けてしまったのだった。

漢詩
困ったのは漢詩の授業があったこと。本物の国語の先生の授業を除くと、白文をちゃんと中国語らしく読んで教えていた。(マジかよ!どうする?)僕にはそんな素養はなかった。なにせ、大学入試の時、現代文は満点だったのだが、古典は0点だったのだ。高校の授業で、古文・漢文は先生を完全に無視していたのである。そんな僕が古典を教える。しかも、初めて漢文に触れる中学生に教えるというのだから、危険この上ない話しだったのだ。そこで、僕はその漢詩のテープをどこからか手に入れて、子ども達に気づかれないように・・・77回音読して音読して完璧に暗誦したのだ。短い詩だが・・・・正確に韻を踏んで・・・・それを子ども達に教えたら・・・子ども達はあっという間に中国語読みを先に覚えてしまった。リズムと韻が心地よかったのだろう。子ども達の脳みその柔らかさには驚いた。
「春眠暁を覚えず」孟浩然の詩である。
笑えるのは、今でもその詩だけは中国語で読めること。恐るべし、暗唱の力である。

角栄の言葉
一度、怒鳴って、あとはサラリと忘れる
*これは後輩の先生達に贈りたい言葉だ。ネチネチとやるのが一番よくない。効果もないし、嫌われるだけである。ドッカーンと怒って、次に会った時には、その時のことを本当に忘れてしまう。それくらいの役者にならないと教師の方も疲れる。ネチネチと怒るタイプはどこの社会にもいるが、そういうのに限って、前のことを何度も持ち出す。怒ったのだからチャラ!という発想がないのだ。爆発結構!でも、忘れる度量がなければアウトである。

絶対に打ってはいけない!842      
https://www.facebook.com/takayanchan/posts/1153777401301466?pnref=story
僕が“絶対に打ってはいけない!”を毎日掲載し続けるのは、彼女達の悲しみを忘れて欲しくないから。もう二度と同じような悲しみ、苦しみを誰にも味わって欲しくないから。自分の娘そんなことになったら・・・僕の教え子達が彼女達のような苦しみを味わったら・・・その思いが、この文章を掲載せている。
https://www.youtube.com/watch?v=BGjn1ZOnRiY&feature=youtu.be

駅立ちの予定
来月の駅立ちは5月9日か16日にスタートする予定です。7月に選挙があるので、どういう風に立つか・・少し悩みます。

今日の写真1
これは多分ですが・・・石神井高校のテニスコートでしょう。左が高校時代の親友榊原博で真ん中が野崎公平。俺と榊原は石神井のワースト10に入る程のバカで、真ん中の公平はトップ5に入る秀才で・・・その差はスカイツリーのてっぺんと地面よりもありました。公平は現役で都立大の建築家に入りました。勿論、テニスは俺の方が上でしたけれど・・・この写真、多分ですけれど。。。高3ではなくて、公平が大一で、俺と榊原が浪人の時の写真ではないでしょうか。
今日の写真2
それから1年ちょっと経って・・・・僕はめでたく「北大庭球部」に入学し、ここにいる先輩達から教育を受ける訳です。後列左から、当時3年生だった川西さん、高田さん、2年生の仁康、多喜志、3年生の横山さん。僕の隣も3年生の小田さんですから・・あれ、一番左は誰だ・・・?本名さん?誰か分かる人いたら教えてください。「俺だよ!」ってね。

今日の写真3
写真2から10年以上の月日が流れ流れて・・・五中の山口常義校長の退官記念祝賀会の写真です。山口常義時代の五中の教師たちは仲がよかったです。一番左がクリッタ・・・一番右がとき子さん。もうみんな現役ではないのでいいでしょう(ホントか?)。楽しそうな、仲がよさそうな雰囲気が伝われば嬉しいです。それにしても何を歌っているんでしょうね。俺がギターでクリッタが歌ですから・・・・うーむ。

この日記を読んだ全ての人が、明日も幸せな一日を過ごせますように・・・たかやん

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