10月20日 (金)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第293弾! 2017年10月20日(金)たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第293弾! 2017年10月20日(金)たかやん

川掃除のお知らせ
10月の川掃除は29日(日)の予定です。栗原1丁目公園に9時集合です。持ち物は「黒目川を綺麗にしたいという心」だけです。軍手、トング、ゴミ袋はこちらで用意します。川の中に入りたい方は申し出てください。途中からの参加も途中までの参加も大歓迎です。夕方6時から反省会があります。連絡先は090-6497-5737たかやんです。


5時、外はまた雨。空は5時半起き。どうやら合唱祭の朝練があるらしい。部屋の気温も低いらしく・・・ココアが毛布の中に潜り込んで寝ている。今頃、全国の候補者達は駅立ちの準備をしているのだろう。寒い雨の中の駅立ちは本当に大変である。空はピアニストらしく、冷たい雨の中、手袋をして家を出て行った。

8時過ぎ
マンションの植栽の剪定が始まる。多くの職人さんが雨の中、キビキビと仕事を進めていく。毎年お願いしているが、本当にいいチームである。

病院
お昼前に我が家の三男を連れて病院へ。6歳の三男は病院へ行くとも知らずに興奮して、車に乗る。運転している僕の膝の上に乗ろうとするから、「ダメだよ。お母さんのところにいって!」というとシブシブお母さんの膝の上に。

指導死3
福井の「指導死」は典型的な0点教師達による虐めだった。
0点教師達の指導で「逃げ場を失った」子ども達の恐怖を思うと、心が痛い。生徒会役員、学級委員、中央委員、部長・・・真面目な子ほど、「逃げ場」がなくなる。「先生」が0点教師だということに気がつかず、死んでいく子ども達が可哀想でならない。
学校におっかない先生がいてもいい。ネチネチ怒る教師がいてもいい。どこの世界にもそういう奴はいるから。でも、学校という場所には必ずその傷を埋めてくれる「愛」が必要なのだ。その「愛」は親の愛ではない。学校という組織の中で傷を負った子ども達の心を癒やしてくれる「先生の愛」だ。おっかない先生がその責任を自分で取ることもあるだろう。仲間の教師がその傷を癒やすこともあるだろう。そういう芸もそういうチームワークもなく、0点教師が生徒指導を担当すると、悲劇が起きるのだ。
「こんな指導で死ぬのはおかしい」「ずっと同じ指導をしてきた」「だから、死んだ子がおかしいのだ」「発達障害でもあったんじゃないか」「いや、家庭に問題があるに違いない」「親が離婚して悩んでいたらしいぞ」「だって、俺たちはずっと前から同じ指導法で生徒指導をしてきたのだから・・・」「俺たちは間違ってない」
そうとしか思えない馬鹿は教師を辞めた方がいい。
(間違っているのはおまえらなんだよ!)(おまえらのせいで、俺たちは死んだんだよ!)死んでいった沢山の子ども達の代わりに俺が言ってやる。
我が家の大切な、大切な息子も中二になった。陵平と同じ時期を乗り越えられたのは、空が大好きな「先生」達の愛のお陰だ。小さな中二の心を優しく包んでくれる先生達の愛のお陰で、空は元気に今を生きている。五中の「先生」達の暖かい言葉で、空は生きてくれている。
今、この瞬間も合唱祭のピアノを弾きながら大きな声で歌っている。陵平が過ごせなかった時間を過ごしている。14歳の心は小さくて、そして弱い。そのことを知っている先生達に育てられている空は幸せである。

『たかやん塾日記』2005.第5弾!   1月11日(火)

成人式
市民会館に行った。ヒロミさんがいた。真衣子のお母さんもいた。そして法子のお母さんも・・・・あっという間にたかやん塾の卒業生達が集合した。みんなで写真を撮った。テニス部の子たちも次々と挨拶しにきた。そうか・・・俺は六中のテニス部の人間だったんだ。そう思った。会場にいると二中生だった直子が笑顔で走ってきた。これで本当に全員が揃った。
成人式そのものはひどいものだった。人の話を全く聞こうとしない新成人に僕は少し頭にきていた。話をしたいのなら外ですればいいのだ。
角ちゃんにも祐二にも会った。六中テニス部の顧問が3人揃った。あの頃のことが思い出された。
午後になって太陽から電話があった。「みんなテニスコートにいます」。行って見ると練習をしていないテニスコートに卒業生達が10人ほど集合していた。「練習していないんだ・・・」というと、「そうなんですよ。みんな同じこといいました。」どうやら彼らの時代は休みなど無かったらしい。それが彼らの誇りなのだろう。
僕らはテニスコートで写真をとりまくった。彼らの中に僕がそんなに存在しているとは夢にも思わなかった・・・・理科を教えてなくても教え子なんだなと思った。
本当に楽しいひと時だった。
去年の成人式で麻季子達もテニスコートに集合したのだろうか・・・・。みんなで笑って、あのコートで写真を撮ったのだろうか・・・・。

年賀状書き
やっと終わりそうだ。自筆で書かなくてはいけないという制約が厳しい。写真も印刷も駄目。きっとみんなの家には冴えない僕の年賀状が届くはずである。

秒読み
入試が刻々と近づいている。どうせやるならワクワクしながらテストを受けて欲しいと思う。人生の中で「入試」はそう何度も経験できるものではない。僕は50年生きているけど、入試の経験はたった3度だ。(石神井高校で1回。北海道大学で2回)その結果が今の自分の人生なのだから、入試の影響は大きい。一生の友達と出会うか出会わないか・・・・それも入試で決まることが多いのだから。僕が石神井高校に入れる確率は35%だった。僕が石神井に入ったことで、僕は教員をやったし、たかやん塾もあるのだし、テニス部もできたのだ。入試は自分だけではなくて、人の人生にも影響を与えてしまう。だからこそ、本気でそして楽しんで迎えて欲しいのだ。いよいよ入試は秒読み。一日一日を大切に過ごして欲しい。悔いのないように過ごして欲しい。         たかやん
* この時の塾の卒業生はみんな立派になった。太陽も真衣子も法子も直子も・・・みんな夢を叶えて・・・・お父さん、お母さん。塾の卒業生達がみんな幸せになってくれることが僕の幸せ。

子宮頸がんワクチン2014
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチンです」そういう人がまだいる。確かに製薬会社はそう言って売り込んだ。所謂ロビー活動である。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいない。検診で十分に防げる癌とも言われているのだ。一方でワクチンの副反応の被害は甚大である。痛みのある人生を生きるのは辛い。打つまでは健康そのものだった女子中高生達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではない!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けている。自民党の人相の悪い国会議員達と同じだ。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのだ。恋をして、悩むことも出来ないのだ。それは人生を奪われたのと同じ事。そういう悲劇を繰り返してはならない。戦争も原発事故も同じ。共謀罪や規制改革とやらで人生が台無しになるのは、いつも弱者なのである。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならない!岩盤規制が今の日本には必要なのだ。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのだから・・。

今日の写真1.2.3
今の中二・中三の子達が小学生の時の塾の風景です。四字熟語をやったり、英語をやったり、最後に遊んだりしていたようです。そう言えば、昨日久しぶりにギターを弾いて、子ども達と一緒に歌を歌いました。暫く弾いていなかったので、声は出ないし、左の指は痛いし・・・。何でも毎日やらないダメですねえ。

*この日記を読んだ人が今日一日、幸せな気持ちになりますように・・・おやすみなさい!


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