12月13日 (水)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第347弾! 2017年12月13日(水)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第347弾! 2017年12月13日(水)   たかやん

駅立ちの予定です!
20日(水)保谷駅北口で5時半〜8時半、21日(木)新座駅南口で5時半〜8時半、
22日(金)志木駅南口で5時半〜8時半、25日(月)ひばりヶ丘北口で5時〜9時、
26日(火)東久留米駅東口で5時半〜8時半、27日(水)清瀬駅南口で6時〜8時半、
28日(木)清瀬駅北口で6時〜8時半・・・こんな感じになりそうです。あくまでも予定ですが・・・

睡眠負債
I stayed up late last night! 昨夜は遅くまで起きていて・・・でも、5時過ぎに起きて子ども達を起こして・・・・朝からちょっと眠い。

それでも
控え室には一番乗りだった。僕以外の3人は一般質問も終わり、のんびりムードなのかも知れない。新庁舎への引っ越しに向けて、控え室を片付ける余裕も出てきたみたいだ。

準備2
明日は一般質問。ノートに通告文を貼り付ける作業をした。僕の準備はそれくらいで、後は口が勝手に動くのを期待するのである。口が勝手に動くので、自分でも何を喋るか分からないところが面白い。その辺は人生と同じである。明日のことは誰にも分からない・・・分からないから、きっと幸せな一日になるだろう・・・そう思うことにしている。

手紙
2000年.10月15日速達。大貫政江様
陵平のお母さんから預かっている、陵平の担任からの手紙を読み直してみた。伝わってきたのは当時の混乱の様子。両親に会いたいという担任の思いと、それを止める校長や市教委・・・担任が陵平を失った喪失感・・・涙。陵平がいないクラスの悲しみ。
そして、陵平の両親の思いにたどり着けない絶望感。「指導死」に疑問を持ちながらも、そうでないことを願う心・・・17年経っても、伝わってくる当時の雰囲気を感じながら、僕は明日の一般質問に向かう。

二中
1998年3月。僕は新座二中で21年間の教職とさよならした。その次の年の1999年4月、陵平は笑顔で二中の校門をくぐった。その次の年の2000年の10月に自分の命が奪われることも知らずに・・・12歳の陵平は希望に胸を膨らませて二中に入学したのだ。
僕が二中に残っていたら・・・理科や数学を教えていたかも知れない。そうでなくても、どこかで挨拶はしていただろう。もしかしたら陵平の担任になっていた可能性もあるのだから、僕の「退職」という選択は失敗だったのかも知れない。
 僕がその現場にいたら・・・陵平達がベランダでハイチュウを食べたのを目撃したら・・・間違いなく「俺にもくれ」と言って、一緒に食べた筈だ。他の教師の目があったら、「ブァカモン!」と言って、陵平達の頭をひっぱたき・・・「ゴミは捨てるんじゃねえぞ」それで終わりにしていた筈だ。僕の中でのベランダでハイチュウはその程度のことなのである。だって、相手は中学生なんだよ。それくらいのことをするのが中学生でしょうに・・・。高校生の時、授業中に弁当を食べた先輩から見たら、可愛いものである。
怖いのは「共通理解」「共通行動」「一枚岩」という言葉が当時の二中には蔓延していたことだ。五中、六中で「明朗」「清潔」「信頼」を基本に、子ども達と「自由」に生きてきた僕には二中の空気はもの凄く重いものに感じた。それが「指導死」を引き起こした。僕はそう思っている。
1997年4月。「生徒と仲良くするな」という言葉にショックを受け、この学校でどうやって生きていこう・・・そう思った記憶がある。五中・六中で培ってきた教師としての力は、二中では全て否定された。21年間の内、9年間も3年生の担任をしたのに、その「進路指導」さえ、学年会で否定されたのだから・・・辛かった。プロがド素人に「否定」されたのだから頭にきたわけで・・・。
僕と陵平の違いは・・・僕は二中という、その空間から「逃げる」という選択ができ、陵平は出来なかったこと。結果として、二人とも「逃げる」ことには成功したのだが・・僕は生きて逃げられたのに対し、陵平は死んで逃げるしかなかったのだから悲しい。
だって、陵平はまだ13歳だったんだから・・・今、僕にとって、自分の命より大切な空は14歳。陵平が生きられなかった時を生きている。五中の先生達の温かい目に見守られながら・・・そう思うと、また胸が苦しくなってくるのである。愛する息子が生きていてくれる幸せを感じれば感じる程、13歳の陵平やひさゆきを失った政江さんや加代子さんの無念な気持ちを思うと胸が苦しくなるのである。

悪く言うな
「家庭で学校のことを、教師のことを悪く言わないで下さい!」そういう教師がいる。アウトである。悪いものは悪いと、子ども達には大人の価値観の違いを見せることが大切なのだ。アホな教師がいたら、「あいつはアホだ!」と言っていい。「あいつの言うことなど聞かなくていい」と言っていいのである。その一言で子ども達は「指導死」から救われるのだ・・・子ども達にとって、本当にいい教師は言われなくても悪くは言われないものだ。「家庭で学校のことを、教師のことを悪く言わないで下さい!」というのは、それを言っている教師に自信がない証拠である。

内申
今の中学生は内申を意識しながら生きている。特に昭和52年からの20年間の五中・六中時代、僕ら教師は生徒の内申を意識して生きていたが、生徒の方は僕らを信頼して、全く意識していなかったのではないだろうか・・・。『内申なんか心配するな!思い切りテストで実力を出してこい!』そう言って僕らは子ども達を入試に送り出していた。
勿論、失敗する子もいた。でも、それはテストで落ちたのであって、内申が理由なことはまずなかった。僕自身の中学時代そうだったし、僕の21年間の教師時代もそうだった。
しかし、今は違う。何かというと「内申」という言葉を持ち出す教師。それを意識して頑張る中学生。「指導死」の根っこもそこにあるのだ。子ども達は「内申」に怯え、子ども達の内申を自由に出来る教師の前で自分を殺し、いい子を演じるのである。
俺の愛するこどもたちは平気で俺に戦いを挑んできた。津金は決闘を申し込んできて、体育館でタイマンで戦ったし、あき、ババツ、オタンコとは教室で戦った。道哉達は俺の股関節を外し(脱臼骨折)、政美もテニスコートでやりあった。安孝だって教室でタイマンで戦った。真次郎は俺の手を真っ赤な血で染めたし、こころは俺の頭を思い切りスリッパで叩いた。航は俺にタックルして俺の足を痛めつけた。みんな俺の可愛い子ども達だ。いい子を演じる必要がなかった子達と僕は21年か生きてきた。そして、今も生きている。子ども達を信頼し、子ども達から信頼される大人でありたいものである。

日米地位協定
小学校の校庭に低空飛行の米軍ヘリが落とし物をした。アホか・・・。何が憲法改正だ。何が自主憲法だ。それを言うのなら日米地位協定こそ廃止してみろ。日本の空を米軍から奪い返してみろ!憲法改正はアメリカへの尻尾振りだと見え見えじゃないか。政治の世界では右だ左だと言うけれど、全然右でも何でもない!!右のふりした、超腰砕けの傀儡政権、それが安倍自民だ。ああ情けない。アメリカから心が独立できない宰相に「日本を取り戻す」なんて言って欲しくない。戦争に負けてもう70年以上経っているのに、未だに日本の小学校の上を米軍のヘリが自由に飛んでいる。そんな日本にしてしまったのは誰だ!今の大人達の責任だ。俺は右翼じゃないけれど、日の丸にも天皇さんにも本当に申し訳ないわ!!

子宮頸がんワクチン2079
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチンです」そういう人が未だにいる。確かに製薬会社はそう言って売り込んだ。所謂ロビー活動である。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいない。検診で十分に防げる癌とも言われているのだ。一方でワクチンの副反応の被害は甚大である。痛みのある人生を生きるのは辛い。打つまでは健康そのものだった女子中高生達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではない!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けている。自民党の人相の悪い国会議員達と同じだ。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのだ。恋をして、悩むことも出来ないのだ。それは人生を奪われたのと同じ事。そういう悲劇を繰り返してはならない。戦争も原発事故も同じ。共謀罪や規制改革とやらで人生が台無しになるのは、いつも弱者なのである。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならない!岩盤規制が今の日本には必要なのだ。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのだから・・。

今日の写真1
明日、久しぶりに議場に登場する陵平です。13歳ですよ。13歳。生きていれば31歳です。
「共通理解」「共通行動」「一枚岩」・・まるで軍隊のような言葉の中で陵平達は生きていたのです。北朝鮮から脱北するように、生きて逃げればよかったのに・・・。陵平もひさゆきも生きて逃げる術を知らなかったのです。まだ13歳だったから・・。

今日の写真2
陵平の担任から届いた手紙です。2000年の10月15日の消印で速達です。この手紙を開けた時の政江さんの気持ちが封筒の上部に表れています。

今日の写真3
今日の控え室での僕です。こうやってみると、残り少ない人生だということが伝わってきます。大切な何かを子ども達に残したいものです。

*この日記を読んだ人が今日一日、幸せな気持ちになりますように・・・おやすみなさい!

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