7月30日 (日)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第211弾! 2017年7月30日(日)たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第211弾! 2017年7月30日(日)たかやん

川遊びのお知らせ
来月は8月6日(日)に「第19回わいわい川遊び」があります。多くの方の参加をお待ちしています。詳しくはwww.takayan-world.com/cheeringparty/index.html
で見て下さいね。
連絡先 たかやん 090-6497-5737

夏休み10日目
僕らは二人で音楽を聴いていた。同じイヤホーンで千春の歌を聴いていた。その歌は彼女に対する僕の気持ちそのものだった。二人だけの世界がそこにあった。僕らは新幹線で手を繋いで眠った。ふと目を覚ますと多くのカメラが僕らを写していた。(え?何で?僕らは夫婦なのに・・・何が目的なの?)そこで目が覚めた。訳の分からない夢だった。


朝から雨が降っていた。どうりで外が暗い訳だ。録画しておいたニュースを見ながら、朝ご飯を食べたのだった。

ポスティング
午後から「川遊び」のチラシのポスティングにでかけた。手伝ってくれたのは五中4期生の文夫と川掃除仲間の宣樹と直也。ありがたかったなあ・・・。3人ともありがとうね!

数学
最近、高校入試の数学が面白い。なかなかの問題が多いのである。その問題を子どもたちに分かり易く説明できるように解く・・・それが僕の仕事である。脳みそが活性化するのが分かる訳で・・・幸せ、幸せ。

ジャスティン
インターハイの男子100m決勝をテレビで見た。ただ一人2年生で出場したジャスティン(五中10期生の塚ポンの息子)が2位だった。ジャスティンは五中の陸上部で・・・空の先輩である。僕は東京オリンピックでジャスティンが勝つことを夢見ている。彼は礼儀正しくて、本当に素敵な高校生なのだ。
旧ホームページから
第五歩 「指導案」
僕が大嫌いなものの一つに指導案がある。教育実習の為の指導案。研究授業の為の指導案。
この指導案にうるさい人がいる。「この指導案はなんだ!」「この指導案の書き方はなんだ!」と授業の前にケチをつける人達である。「授業というのは指導案がよければ誰でもできるものだ。いやそうでなければならない。」とまで言う人もいる。糞食らえである。
指導案の形式にうるさい人ほど子供達の表情には関心がないものだ。どんなに立派な指導案を作っても、子供達はそのとおりには反応しない。当たり前だ、生き物なんだから…・。事前に「打ち合わせ」をしていれば話は別だが。そういう作られた授業ほどつまらないものはない。子供達がどれだけ分かったかではなくて、教育委員会の「先生」達にどう思われるかが大事な授業。そんな授業は糞食らえだ。それは誉められる指導案が書けて、いい授業ができるに超した事はない。僕が言いたいのは、そういうものに時間をかけて欲しくないということだ。授業のポイントは一つでいい。それをクリアーできたかどうかを「生徒の感想」で判断して、次の授業でその反省を生かす。そのことの方が大切なのだ。僕の先輩には「私は毎回指導案を書いています。」という凄い人がいたが、彼女の授業は実につまらなかった。授業の達人になるのはいいことだが、指導案の達人になってはいけない。
導入…展開…まとめ。そういうパターンもあるだろうが、50分の時間を自分とそこにいる子供達で自由に使っていいのだ。子ども達が「分かった!」「できた!」と笑顔でいうことが大事なのだ。それさえ押さえていれば、あとはどうでもいい。脱線するのもいいではないか。これから「先生」になろうという人達にこんなことをいっては何だが、どんなに一生懸命授業をやっても、子供達はその内容などあまり覚えていないものなのだ。覚えているのは、楽しかった!とか、やる気になった!とか授業中によく話が脱線したとか…何をやったか覚えてないけど、理科の授業は好きだった!とか、その程度の話なのだ。子供達が忘れないのは「先生」がどういう目で自分達を見てくれていたかということ。どういう風に自分に声をかけてくれたか。どういう表情で自分達と接してくれていたか・・なのである。それは自分自身で振り返ってみれば分かるだろう。どんなに好きな先生でも授業そのものを記憶している人はまずいないだろう。まあいくつかの授業は残っているにしてもだ。僕が忘れられない先生に兵藤鎮馬先生がいる。中学時代の数学の先生で教頭だった。そう昔は教頭も、時には校長も授業をしてくれたのだ。僕らは中3で初めてこの先生に数学を習った。先生は最初の授業でこういわれた。「僕の名前はひょうどうしずま。みんなヒョウチンと呼びます。だからみんなもそう呼んでください。」(ほんまかいな…)僕らは廊下で先生に会うと「ヒョウチン!」と呼んだ。すると先生は「はい、何ですか?」とこたえる。授業中でも「ヒョウチン!」すると「はい、何ですか?」そして、授業はべらぼうに分かりやすかった。僕らはあっという間にヒョウチン中毒になっていった。ヒョウチンは放課後も僕らの教室で数学を教えてくれた。時には高校の数学まで教えてくれたりした。僕のタカヤンというあだ名は実はこのヒョウチンがもとなのだ。「たかやん!」「あいよ!」僕はそう呼ばれる度に懐かしいヒョウチンが頭をよぎるだ。ほんのちょっとだけどね、ヒョウチン。

お父さん!
「大人が喧嘩して、子どもが泣いている」と空。「え?」「お祭りで」「え?」「行かない方がいいよ」とひとみ。「お父さん!子どもが泣いている!行ってみて!」と空。裏口から外にでると、お祭りは普通にやっている・・・ふと、正面玄関を出ると、子どもが3人泣いている。「どうしたの?」「お父さんがお酒に酔って・・・」「助けてください」空の部屋の前の道路にはガタイのいい男が二人、取っ組み合ったまま、何やら言い合っている。『もうやめな!』と俺。俺の顔を見たその内の1人が「たかやん!」と言ってビックリ!それを聞いていたもう1人も「たかやん!」と言って、もっとビックリ!!「何だお前、たかやん知ってるのか?」「知ってるもなにも先生だぞ!」2人とも流血していたのだが、それをきっかけに仲直りみたいな感じになって・・・僕は彼らの家まで送って・・・ふーん。お酒は飲んでもいいけれど、飲まれたらいかんよねえ。特に子どもたちを泣かしちゃだめ。空のお陰で無事に終わったのだった。ありがとうね、空。

絶対に打ってはいけない!子宮頸がんワクチン1337 
打つまでは健康そのものだった女子中高生達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではない!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けている。自民党の人相の悪い国会議員達と同じだ。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのだ。恋をして、悩むことも出来ないのだ。それは人生を奪われたのと同じ事。そういう悲劇を繰り返してはならない。戦争も原発事故も同じ。共謀罪や規制改革とやらで人生が台無しになるのは、いつも弱者なのである。国民を守るための「規制」を壊してはならない!

今日の写真1
休みの日もこうして大会の運営をする先生達には感謝、感謝です。空は本当に素晴らしい先生に出会えたと思います。僕は自分の人生を担任の先生と顧問の先生に救ってもらったので、中学校での先生との出会いに、運命のようなものを感じるのです。

今日の写真2
僕には直ぐに分かりました。走っているのが嵒の孫のさつきちゃんだと。昔の嵒の走り方とそっくりなのです。僕自身が嵒が大好きだったからなんでしょうねえ・・・そんなことを覚えている自分が不思議です。

今日の写真3
新座の陸上競技場です。設備はいまいちです。雷の時に子どもたちが逃げる場所がありません。照明設備もありません。シャワールームもありません。もう直ぐオリンピックで、ブラジルチームが来ると言うのに・・・そういう所にはお金をかけなきゃ!そう思うのは僕だけではないでしょう。明日から夏期講習の2セット目に突入します。また忙しい1週間がはじまります。暑いけれど、みんな頑張りましょう!おやすみなさーい!たかやん

*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになれますように!

20170730-1.jpg 20170730-2.jpg 20170730-3.jpg