11月13日 (火)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第317弾! 2018年11月13日(火)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第317弾! 2018年11月13日(火)  たかやん

川掃除のお知らせ
今月の川掃除は18日(日)の予定です。9時に栗原一丁目公園に集合です。17時から石神集会所で反省会があります。

駅立ちのお知らせ
本日13日(火)の東久留米東口での5時半〜8時半の駅立ち、無事終わりました。明日14日(水)は保谷駅北口5時半〜8時半、15日(木)は新座駅南口5時半〜9時15分、16日(金)は志木駅南口5時半〜8時半、19日(月)は清瀬駅北口5時55分〜8時45分、20日(火)は清瀬駅南口5時55分〜8時半の予定です。天気によって変更の可能性があります。駅立ち仲間のみなさん、よろしくお願いいたします。

朝勉278
今日は空から出された超難関校の数学。数分で気持ちよく解けて・・・気分よし!!後はいつもの英語。まだまだ、空に負ける訳にはいかないぞ・・・

トレーニング90
素振り。チューブトレーニング。そして、スクワットに体幹トレーニング。

4時過ぎ
今朝も目覚まし無しで目が覚めてしまった。完全にじいさんモードである。お陰で遅刻はしなくて済む訳で・・・・

5時25分
東久留米東口での駅立ちがはじまった。例によって、ほぼ無言での静かな駅立ちである。それでも、多くの人が「笑顔」で「ハイタッチ」してくれた訳で・・・超、幸せな駅立ちが暫く続いたのだった。

社民党
初めて、社民党の旗を持った人が登場した。普段は共産党の方達なのだが、どうやら新人候補が来年の東久留米市議選に立つらしく・・・僕の後ろに26歳の新人候補が立ち、僕を囲んで4人の方達が候補者の名前を連呼していたのだった。完全に「選挙モード」である。まあ、僕はいつもの駅立ちになる訳で・・・静かに、自分の名前を言うことは一度もなく・・・無理に渡すこともなく・・・300には届かなかったけど、幸せな3時間が過ぎていったのだった。

ラジオ
今朝もラジオ講座を聞きながらの駅立ちになった。3時間の内の1時間だけ、ちょっと英語脳を使いながらの駅立ちになった訳で・・・

笑顔
いつも笑顔で受け取ってくれる男性が「いつも息子がお世話になっています!」と言って・・・ポカンとしていると、塾に通ってくれている小学生のお父さんだった。いやあ、嬉しかった。格好いい若いお父さんといつか飲んでみたい・・・そう思ったのだった。

8時半過ぎ
駅立ちが終わってからも、3人に手渡すことが出来た。ということは、来月は8時45分までやれってことな訳で・・・・ああ、楽しかった。

12月号
167弾の作成に取り掛かっている。でも、書くことが多すぎて・・・困っているのである。とほほほほ。168弾!までいってしまうかも・・・とほほほ。

通告
そして、12月議会の「通告」を考えている。これも多すぎて、どう減らそうか・・・悩んでいるのである。

調子に乗れ!!
空がパソコンを見て「合格したよ!」と嬉しそうに言った。五中陸上部女子が県大会で優勝した日、空は午前中に「北辰」午後は「英検2級の2次試験」と掛け持ちでテストを受けていたのだ。それも昼ご飯抜きで・・・その英検の2次試験に合格をしたのだ。「上位9%に入っているって」と空。『よかったね!』久しぶりに空とハイタッチする。このまま、調子に乗って受験を乗り切って欲しい。よく「調子に乗るんじゃねえ!」と言うが、空父は『調子に乗れ!!』そう空に言いたい。調子に乗って、英検1級に挑戦してくれ!!調子に乗れば、難関校だって合格可能になるだろうから・・・・。
僕も調子に乗って、テニスで強くなりたいものである。まずは調子に乗って、パワーのあるフォアハンドにバックハンド、そしてスピードのあるサービスを打って全日本に出る!!それが空父の今の目標である。

期末テスト
東京の中学校は明日から期末テスト。3年生と一緒に、悔いの無いように、やれるだけのことはやらないとね。


教師を目指す人へのメッセージ   第234弾!   上履き2

 昨日のつづき・・・どうやら、若い先生達は空の「受験」を心配して踵の絵を「消しなさい」と言ってくれたらしいのです。僕から言わせると、受験の時に、靴の踵の小さな絵で落とすような「高校」はこっちから願い下げなのですが・・・。もし、そうだとしたら・・・「受験の時に、見られるかも知れないから、消していくか、誰かの靴借りて行った方がいいかも知れないよ」と僕ならいいます。そして、それを履くか履かないかは子どもに任せます。
大人が自分の考えを子ども達に伝えることは大切なことです。でも、それを選択するのは子ども達でなくてはなりません。
勿論、誰かの絵を認めると、どんどんエスカレートしていくという、教師独特の「不安」もあったかも知れません。荒れた学校を経験していると臆病にもなるでしょう。僕自身は荒れた学校を経験していません。(そう思っていただけかも知れませんが・・・)

僕らの時代も「靴下は白のみ」『はい?』「ワンポイントを認めると、ラインも認めなくちゃいけなくなって、やがてハイソックスも認めないといけなくなるでしょ?」『別にいいでしょうが・・・』「君には分からないよ」という教師はいました。ちょっとしたことを認めると、大げさになっていく・・・という起きもしない「不安」と常に戦っているタイプの教師達です。今考えると、そういう先輩達は生徒指導に自信がなくて、そうなっていったのでしょうが・・・
僕が若い先生達に伝えたいことは、「子ども達に選択する力」をつけることが、「教育」の大切な目標の一つだということです。小学生が自分の「消しゴム」や「ノート」を自分のセンスで選択するのは当たり前のことです。「ノートの取り方」だって、「勉強のやり方」だって色々教えてやることはいいことですが、それを「選択」するかしないかは子ども達が決めることでなければなりません。
多分、今の中学校では上履に「名前を書かないこと」で怒られることはないのでしょう。だから、間違って(意識的にかも知れませんが)誰かに履かれてしまうのです。「名前を書きなさい」ならば分かりますが、「名前と同じ意味がある絵を消しなさい」は意味が分からないのです。僕は子ども達に持ち物には「名前を書きなさい」と言ってきました。教科書は勿論、問題集、ノート、上履き、傘・・・どんなものにも「名前」を書くことは大切です。 教科書が高い買い物だった時代を生きた僕らには、それが当たり前のことでした。
ただ、名前の書き方は子ども達に任せた方がいいのではないでしょうか。「学校」という場所は、そういう「指導」の中で、教師も子ども達も多様性を「認められるようにしていく場所」だと僕は思っています。教師が「多様性」を認める姿を見せることで、子ども達も「多様性」を認められるようになる・・・僕はそう思っています。
子ども達は「英語で書いたり」それも「筆記体」で書いたり、頭文字で書いたり、空のように絵を描いたり・・・蛍光ペンで書いたり、ボールペンで書いたり・・・色々やるでしょう。それを認めることが「多様性」を認めることに繋がるのです。それは「やり過ぎでしょ!」という上履きも出て来るかも知れません。
そういうものが出てきたら「センスが無いねえ・・・」「俺はそれ、好きじゃない!」と笑えばいいのです。今の学校は「笑えばいいこと」を笑わず、本気で怒らなければいけないことを「怒らない」ことに気がついていません。だから、虐めがなくならないのです。上履きの名前の書き方の多様性も認められない教師が「人間の多様性」を認められるとは僕には思えません。人と何か違った子が教師からも友だちからも「虐めの対象になる」のはその影響でしょう。
 人と違う服装や頭髪、それ以外の外見や言葉や家庭環境があった時に、それを「仲間と認める練習をする場所」が学校です。今の学校は「この階段は1年生」「他学年の廊下にいてはいけない」と我々の時代には考えられなかったくらい、色々な縛りがあります。それでいて部活動では学年を混ぜ、顧問が目を離しても平気です。部活で陰湿ないじめが起きる訳です。

子ども達は今、当たり前のようにその中で生きていますが、子ども達にとって詰まらない、苦しい世界にしたのは「ゆとりのない大人達」です。
若いあなた方が、「学校」という空間をあなた方も子ども達ももの凄く楽しい場所、あなた方も子ども達も暮らしやすい場所にしていくことを僕は応援しています。雁字搦めの今の学校を変えていくのは難しいかも知れません。でも、学校には子ども達がいます。若いあなた方ともっと若い子ども達が力を合わせれば、変えられないものなどありません。
多分、今現役の先生達も教師になった瞬間から、その雰囲気が続いているので、疑問に思うこともないのかも知れません。そして、忙しくて、そういうことを変えていく余裕もないのかも知れません。でも、これからの日本の教育は今のままでいい訳がないのです。言われたことしかできない子ども達を大量生産したって、日本に未来はありません。自分の脳みそで想像して、自分の脳みそで考えて、自分の価値基準をしっかり持って、その基準で生きていく、そして、自分の価値観を持った他人を大事にする。
そんな子ども達を増やさないといけないのです。
上履きから、話は広がっていきました。今の僕の率直な気持ちを書きました。
空の先生達に怒っているのではありません。後輩たちに何かを見つめるきっかけになればと思います。
*今回は空の上履きが可哀そうでした。空の絵が描いてある上履きは、僕が貰って、履くことにしました。

打ってはいけない!2407
新潟大医学部の「ワクチン効果」が新聞に掲載されていましたが、これだけデータの「改竄」が流行している今、俄かに信じることは出来ません。ワクチン業界から依頼された医療チームが、その業界に都合のいいデータを作ることはあり得る話だからです。100歩譲って、そのデータが信頼できるものであったとしても、ワクチン接種の副反応の被害が消えてなくなる訳ではありません。要は自分の頭で考えることです。そういう発表を頭から信じてはいけないことは、ノーベル医学賞を受賞した本庶先生が教えてくれています。
そもそも、自民党政権は国民の為と言いながら、裏ではその正反対の政治を行っています。TAGという名の日米FTA、働き方改革、農協改革、種子法廃止、カジノ法案、郵政民営化、水道民営化、消費税増税・・・・「子宮頸がんワクチン」も同じです。どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・至れり尽くせりのロビー活動に負けた国会議員達は、国民の為ではなく、それを信じていてもいなくても、税金を使って、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、母親達が騙され、女子中高生達が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。

今日の写真1
僕の駅立ちの「師匠」です。僕の駅立ちはひばりが丘で「師匠」の駅立ちを見ることから始まりました。そして、何年かやって、自分だけの駅立ちスタイルを作り上げました。ガンガン動いていた時期もありましたが、最近は殆ど動かず、声も出さないでホワイトボードを使うという信じられないスタイルです。

今日の写真2
朝5時前のひばりが丘です。駅立ちしている僕から見える光景がこんな感じです。昔の北口しか知らない人が見ると、「どこ?」となるでしょう。随分と変わりました。目の前がロータリーになり、バスが入ってきたら、人の流れが更に変わりそうです。

今日の写真3
9時過ぎの北口です。昔の急な階段はもうありません。保谷や東久留米に近い雰囲気ですかね。来月立った時はもっと違う景色になっているでしょうね。

*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・

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