9月20日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第263弾! 2018年9月20日(木)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第263弾! 2018年9月20日(木)  たかやん

川掃除のお知らせ
今月の川掃除は、9月9日(日)無事終わりました。賢二、栄治、直弘、文夫、宣樹、里咲、ありがとう!来月は10月14日(日)、9時から行います。持ち物は「子ども達の為に黒目川を綺麗にしたいという心」だけです。トング、軍手、ゴミ袋はこちらで用意します。栗原一丁目公園に9時に集合です。夕方、17時から石神集会所で「反省会」があります。
連絡は090−6497−5737  たかやんまでお願いします。

朝勉222
今朝も数学。空先生の「チェバの定理」「メネラウスの定理」よりもわかり易いやり方を見つけ・・・・うふふふ。

トレーニング39
今朝は自転車で市役所へ。控室に到着したのは8時前。勿論、一番乗りだった。そのまま、控室でトレーニング。腕立てとスクワット等のトレーニングで30分程、汗を流して、一般質問の準備に入ったのだった。

9時半
傍聴者14人の中で僕の質問がはじまった。今日はそんなにエキサイトする積りはなく、淡々と質問して、11時前には終わらせよう・・・そう思っての質問だったのだが・・・PTAでちょっとエキサイトして・・・でも、それはグッと堪えて、不登校生徒の進路問題に入った時に、それは起こってしまった。中三の本人が傍聴している中で・・・本当に可哀そうなことをした・・・

100%
「小学校6年間不登校だった子が、中学校に入って不登校になったとしたら、それは100%学校が悪い」という僕の発言に、教育長が噛みついて・・・僕がその答弁に応酬して・・・・「休憩」が入り、「議運」が開かれて・・・傍聴の方達からは「なんで?」「なにがおかしいの?」「意味がわからない・・・」「頑張って!」と言われ・・・・60分後、「議運」に呼ばれて・・・どうも納得できなかったのだが、みんな待ちくたびれて、申し訳なかったのと、僕の話が理解できない人がいてもしょうがないか・・・という思いで、二つの発言の訂正をしたのだった。

休憩
10時40分から1時間の議運を経て・・・13時まで「休憩」は続いた。こんな積りじゃなかったのに・・・午後は傍聴も少なく、議運の話で僕のテンションもすっかり落ちて・・・どよーん・・・・とした質問になってしまったのだったのだった。

感想
今日の議会を傍聴した、中三の「不登校」の女の子の感想。
正直びっくりしたし、グサっときた。寝ている人もいた。(どうでもいいことを話している訳じゃないのになあ。)って思って見てた。事実が分からないから問題にするなって、誰かが言ってたけど、本当じゃなかったら、議会でわざわざ取り上げないだろって思った。全く寄り添ってくれないんだなって思って、ショックだった。
*市長は彼女が自分の教え子だって、気がついていたかな・・・みんな自分の子だったら・・・ああいう反応はしなかったんじゃないかな。「不登校の子」は「学校」の敵じゃないんだ。「学校」の一部だし、一番寄り添ってやらなきゃいけないものなんだ。僕らが守らなきゃいけないものは「学校」じゃない。子ども達なんだ。
二中で陵平が死んだ時、多くの人が「二中」を守ろうとした。その中には「陵平の両親」を攻撃した人たちもいた。僕らにはとうてい考えられない、滅茶苦茶な生徒指導で息子が死んでしまったのに、その両親を攻撃する・・・人としてはあり得ない行動が起きた。それが当時の二中だった。
そうやって学校を守っても、実は何も残らない。残るのは「子どもを失った教師達の後悔」と「大事な仲間を失ってしまった子ども達の後悔」だけだ。子ども達を守った時、仲間を守った時、初めてその場所は「学校」になれるんだ。教師が間違えた時、その教師のことを本気で思っていたら・・・それは間違いだよって言ってやらないといけない。「虐めた子」を「虐められた方にも問題がある」と、庇うように、間違っているのに「君たちに問題はなかった」と庇ってやったら・・・その教師集団は他の場所でも同じことを繰り返す。また、どこかで誰かが犠牲になるのだ。教師だって、苛めっ子と同じだ。そんなことをする訳がない・・・と、子ども達の言い分を聞かずに、教師を頭から信じるようでは誰も伸びない。子ども達にも色々あるように、教師も色々なのである。努力して伸びていかなければ、質はどんどん落ちていく。間違えた生徒、間違えた教師を攻撃しろと言っているのではない。間違えた生徒も間違えた教師にも寄り添って伸ばせばいいだけの話だ。弱い者いじめをした側もずっと罪悪感を生きていくのは辛いものだ。

英語弁論大会
ふるさと新座館で中学生達の英語弁論大会があった。僕は本会議があったので、空の最初で最後の英語弁論大会を見ることはできなかったが・・・空は頑張ったと思う。その内容も表現の仕方も・・・上出来だったと思う。7位入賞ということで上の大会には出られなかったが、大事なことは夏休み中もジョン先生や伊藤先生と一緒に頑張ったことな訳で・・・・先生達に感謝、感謝である。
今の僕にとって、空の「体育祭」も「合唱祭」も「卒業式」も二度とない、大切なものである。子ども達の「小さな成長」を見ることが出来るのは・・本当に幸せなことな訳で・・・・特に残り少ない人生を考えた時、そう思うのである。


教師を目指す人へのメッセージ   第176弾!    100%

 今、議会で不登校の子ども達の進路問題を取り上げています。その中で、「小学校6年間不登校だった子が、中学校に入って不登校になったとしたら、それは100%学校が悪い」という発言をしました。その真意は・・・僕が中学校の教師だったら・・・そう思います。という意味です。「家庭のせい」にしたり「本人の性格」のせいにしたり、僕らはしてこなかったし、誰にもして欲しくない・・・・ということを、みなさんに伝えておきます。
 教師も人間ですから、何か良くないことが起きた時、「誰かのせい」にしたいものです。でも、「小学校6年間不登校だった子が、中学校に入って不登校になったとしたら、それは100%学校が悪い」「学校に責任がある」あなた方には、そう思える教師になって欲しい・・・そう思います。
僕の言う学校は「先生」だけでも「生徒」だけでもありません。学校に係る全てのものを「学校」と呼ぶのです。学校=先生ではないのです。
 ただ、教師を目指すあなた方には「友達」や「家庭」や「本人」のせいにして欲しくないのです。あなたがたには・・・中学生になってから「不登校」になった子ども達に「寄り添って欲しい」そう思うのです。小学校時代に「不登校」になってしまった子を学校という世界で活躍させるのは大変かも知れません。会ったこともない子達と心を通わせるのは、誰がやっても本当に大変でしょう。でも、中学校に入って「不登校」になった子達の原因は「100%学校にあります」そう言えるようになって欲しいのです。誰かのせいにするのは本当に簡単なことです。僕も教師でしたから「学校」や「仲間」を守りたい気持ちも分からないではありません。しかし、一番大切なのは子ども達ですから、「不登校」になってしまった子ども達に寄り添いって欲しいと思います。「不登校」の原因を「本人」「家族」のせいにするのは、「虐めの原因」が「虐められる側にある」というのと同じです。
「不登校」になりたい子達などいないのです。「不登校」になりそうな子達は山ほどいます。それほど、学校が生き辛い場所になってきています。それを分かった上で、子ども達に寄り添い、子ども達を輝かせる・・・そんな先生になってください。どんな家庭に育っても、あなた達がその子に寄り添って生きていけば・・・その子は必ず輝きだします。それを信じて辛い学校生活をしている子ども達に寄り添って生きていって欲しい・・僕はそう思っています。

打ってはいけない!2355
自民党政権は国民の為と言いながら、裏ではその正反対の政治を行っています。働き方改革、農協改革、種子法廃止、カジノ法案、郵政民営化、水道民営化、消費税増税・・・・「子宮頸がんワクチン」も同じです。どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・至れり尽くせりのロビー活動に負けた国会議員達は、国民の為ではなく、それを信じていてもいなくても、税金を使って、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、母親達が騙され、女子中高生達が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十
歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。

今日の写真1.2.3
僕らがいた議場も取り壊しが進んでいます。議場の屋根に大きな穴が開いたのを見て、心にぽっかり穴が開いたような気持ちになっている自分がいました。

*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・

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