10月24日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第297弾!  2019年10月24日(水) たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第297弾!  2019年10月24日(水) たかやん

朝勉
今朝もみんなが寝ている間、朝勉。「英会話」をやって、「マンションの設備・管理」の本を読んで・・・今朝もいい感じで時間が過ぎていったのだった。

ギリ
東久留米に空を送る。「携帯忘れた!」『俺の持っていくか?』「いや・・・」『戻れないだろ?』「うん」『お金はあるの?』「あるよ」『じゃあ、公衆電話から掛ければいい。』「面倒くさい・・・あ、あった!」空は携帯を片手にダッシュで階段を上がっていったのだった。『乗れた?』「うん」短いラインで無事乗れたことが確認できたのだった。

テニス
朝ごはんを食べ、今日もテニスコートに向かった。半ちゃんが「おーい!」と僕を呼んでくれて・・・僕といっちゃんは半ちゃんと妙ちゃんが待つコートへ。暫く練習をした後、ダブルスをしたのだった。そのダブルスは何とか勝ったのだが・・・次の哲ちゃん、妙ちゃんチームには2連敗した訳で・・・・最後は足が動かないのが自分でも分かったのだった。トレーニング不足である。

LINE
都立高校に通う高1の娘からラインが来た。『どこにいるの?』「学校」『えーっ!携帯大丈夫なの?』「うん」娘からの生物の問題は結構難しく・・・それでも、家に戻って直ぐに、ちょちょちょい・・・と解いて、娘に返信したのだった。

ココア
パソコンに向かっていると、膝の上に乗って来る。最近、どうも甘えん坊になってきた。乗って来ると、腕が使えなくなるので、困る訳で・・・でも、甘えて来るのに降りろとも言えず・・・耐えるのであった。

公園
ゴミ出しに行くと、目の前の公園には子ども達が溢れていた。子ども達の歓声が聴こえる公園は見ていて楽しい。同じ時間、栗原公園の様子を聞いてみると・・・子ども達が殆どいないことが分かって悲しかった。スーパー公園の何倍もの面積がありながら、子ども達が遊べないのだ。本当に馬鹿なルールを作ったものである。


夜は塾。高1の娘との個別の塾。数学と英語に燃えに燃えた2時間はあっという間に過ぎていき・・・後半の集団塾に移行していったのだった。中三の娘曰く「今日も担任に校長推薦ができない奴がこのクラスには10人もいるって言われた。」「内申が悪いと、クレーム付けたり先生のせいにする人もいるけど、先生は悪くないからね、だってさ。」『ふーん、不思議な先生だね。昔の教師とは180度違うなあ・・・』「そうなの?」『俺たちは、絶対に全員合格させるからな。』って学年集会で言って、子ども達を安心させてたからね。「そんな先生がいたらいいのになあ・・・」


教師を目指す人へのメッセージ  第581弾!  不登校と自死の激増4 
本音のコラム(10.20東京新聞から) 前川喜平(現代教育行政研究所代表)

10月17日に文部科学省が発表した不登校等の調査結果は驚くべきものだった。2018年度の不登校小中学生の数は16万4528人で、前年度比14.2%増。12年度と比べれば6年で約1.5倍。激増だ。
 最も多い要因は「家庭に係る状況」で37.6%。次いで「いじめを除く友人関係をめぐる問題」27.8%。「学業の不振」21.6%。一方、「教職員との関係をめぐる問題」は3.1%、「いじめ」は0.6%しかない。学校からの報告だから、学校に都合のいいバイアスであるとみるべきであろう。
 不登校は「子どもの学校への不適応」ではなく「学校の子どもへの不適応」と考えるべきだ。家庭に問題があったとしても、学校が安心して過ごせる場所なら不登校は起こらない。しかし近年、「○○学校スタンダード」という画一的な行動を求められたり、自己犠牲を良しとする道徳を押し付けられたり、学力テストに追われたりして、学校が子どもたちにとって居心地の悪い場所に変わってきていると感じる。
 同じ文科省調査では、18年度の小中高生の自殺者は332人で、前年度比32.8%増だった。悲しむべき数字だ。何としても自死だけは思いとどまらせたい。自死を選ぶのは家庭にも学校にも居場所を失った子どもだ。彼らには温かい居場所が必要なのだ。

*4日続きで東京新聞の同じコラムです。「○○学校スタンダード」「〇中BASIC」がどうもひっかかっているのです。
今日は「清掃BASIC」にいちゃもんを付けます。
ジャージに着替え・・・・清掃は本当にジャージに着替えてやらなければならないものでしょうか。制服を着て清掃を真面目にやる子が怒られ、ジャージで遊んでいる子が怒られない・・・そんな学校が昔ありました。大事なのは掃除をすることであり、服装ではない筈です。
全員そろって始めの会・・・清掃に始めの会があるんですね。「これから音楽室の清掃を始めます。お願いします!」とでも言うのでしょうか。始めの会があれば、きっと終わりの会もありますね。そこでは先生の講評や評価があるのでしょうか。僕が気になるのは、先生が一緒に掃除をしているかどうかです。掃除の楽しさを子ども達に伝えるには、一緒にやるに限るからです。先生が腕組みをして、生徒が掃除をやっている・・・そういう学校だけにはなって欲しくありません。そして、清掃を罰に使うこともあってはならないことです。授業態度が悪いと「罰として掃除」、忘れ物をすると「罰として掃除」、生活態度が悪いと「罰として掃除」では、掃除の楽しさを伝えることはできません。
もう一つ。腕組みをして、生徒達が掃除をしているかどうかを見張る先生は「幸せ」な顔をしているでしょうか掃除を一緒にやる先生は「幸せ」な顔もするし、「笑顔」にもなれるでしょうが、監督し見張るだけの先生が「笑顔」になれるとは思えません。それが「仕事」だと思わされている若い先生達が気の毒でなりません。
 
今日の写真1
朝から僕のテニスに付き合ってくれた仲間達です。本当にいい練習になりました。そして、超楽しかったです。みんなありがとう!

今日の写真2
子ども達で溢れているスーパー公園です。栗原公園に比べると本当に小さな公園なのですが・・・子ども達の歓声が聞こえるって、いいですよねえ。公園らしい公園です。

今日の写真3
全く同じ時間の栗原公園です。寂しいですよねえ。子ども達が殆ど見当たらないのですから・・・新座市が目指している公園はどんな公園なのでしょう。栗原の子ども達が可哀そうでなりません。これは公園とはいいませんよ。

*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・・

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