11月30日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記   第334弾!   2019年11月30日(土)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記   第334弾!   2019年11月30日(土)  たかやん

5時半
自然に目が覚めた。部屋が寒かったので、エアコンで少し温める。そして、朝勉。今日は学校説明会があるところが多く、3年生は少し緊張しているかも知れない。不安で堪らない受験生に言いたい。「不安と仲良くしてはいけないよ」自分の心の中で作り出す「不安」や「恐怖」は人生に必要ないものだ。「落ちたらどうしよう」「失敗したらどうしよう」そんなことを思っていたら、合格できるものも出来なくなるからね。仮に失敗したとしても何とかなるもの。それが人生です。失敗ばかりしてきたおっちゃんが言うのだから、間違いありません。

東久留米
今日は小樽商大とのOB戦。東久留米まで車で送って貰った。行き先は千葉のTTC。TTCに行くのは3年振り?秋津から新秋津まで歩いて、武蔵野線で南流山まで行き・・・そこからつくばエクスプレスで「柏の葉キャンパス」まで行った。集合時間は11時15分だったのだが、僕が着いたのは30分以上前。そこには小樽商大の後輩がもう来ていて・・・商大の先輩達も続々と登場。僕は北大の先輩達が来るのを待たず、商大の先輩達とタクシーに乗り込んだのだった。

俊允
今日をずっと前から楽しみにしていた。それは商大の同期の田中俊允に会えるからだ。僕は大学時代の公式戦のシングルスで3回負けているが、北大の先輩には誰も負けていない。負けたその相手が商大の山崎さん(僕が1年の時の4年)、佐藤さん(2年の時の3年)、そして俊允(1年同士)だった訳で・・・僕のインカレの夢は全て商大によって潰されてきたのである。俊允も僕も大学1年生の時からレギュラーだったのだが、昔からクールな男で・・・同級生ながら、ちょっと憧れていたような気もする。その俊允と戦える・・・借りを返せるかも知れない・・・そう思ったら、ワクワクして・・・30分前についてしまった訳で・・・

0−3
北大の川西・高邑に対して、商大は20歳以上若い見澤・鈴木ペアをぶつけてきた。川西・高邑で俊允とやれると思っていた僕はちょっとテンションが落ちて・・・いきなり0−3になってしまった。しかし、そこから気合を入れ直して・・・タイブレークの7−5で勝った訳で・・・あぶねえ、あぶねえ。

そして
次の試合が俊允との試合になった。パートナーは後輩の佐藤。明らかに緊張しているのが分かる。それでも、「大丈夫」「それでいいよ」「ネットの立ち位置、こうしてみようか・・・」とアドバイスをしながら、なんか知らないけれど、リラックスしながら集中している自分がいて・・・気がつくと勝っていた訳で・・・ふふふ、50年振りくらいのリベンジになったのだった。

パートナー
次の2試合は僕と俊允が組んでの試合。相手になると大変だけど、パートナーになるともの凄く頼りになる訳で・・・・2試合とも完勝したのだった。ああ、楽しかった!!

ウーロン茶
試合の後は飲み会。ここでも僕の隣には俊允。それくらい話が合う訳で・・・・そして、二人でウーロン茶。みんなが飲みに飲んでいるのにウーロン茶。まさか、俊允も飲めないとは・・・気が合うねえ。

一生懸命
北大の先輩も商大の先輩も僕の「一生懸命」を読んでくれる人が沢山いて嬉しかった。「楽しみにしているよ」「応援しているぞ」みんな新座市とは縁もゆかりもない人達なのだが、「面白い」「こういうの読みたいよなあ」と言ってくれ、そして、僕の駅立ちを「偉い」「凄い」と誉めてくれるのである。そういう言葉が僕を元気にしてくれて、パワーになって、また駅立ちを頑張れるのである。先輩!ありがとう!

ジジイ
そんな大好きな先輩達なのに、飲み会でのスピーチとなると、酔っぱらってもいないのに先輩達をこき下ろすのだから酷い話で・・・。嘗ての北海道チャンピョンでインカレだった大先輩の安川・長友が負けてしまったことに対しては、「安川・長友っていうのは北大のジジイ組ではNO1なんですが・・・・」ともう滅茶苦茶。凄く尊敬している人達を「ジジイ」と呼ぶのだから・・・酷い後輩である。

学費
37年卒の青戸さん、そして長友さんと話をしていて・・・学費の話になった。青戸さんの時代は年間の学費が6000円だったそうである。そして、長友さんの時代は月に1000円。僕の時代は月に3000円だから、長友さんの時代に比べると3倍。それでも今の学費と比べると凄く安かった訳で・・・年に50万以上払わなくてはいけない、今の子ども達が可哀そうでならない・・・。

めぐちゃん
2次会を断り、つくばエクスプレスで南流山の駅で武蔵野線を待っていると・・・どこかで見た顔が僕の前と通り過ぎようとした。「めぐちゃんだ!」「あっ!」前回の駅立ちで会えなかっためぐちゃんに「一生懸命」を渡す。あんなところで会うこともあるんだねえ。奇遇、奇遇・・・。


教師を目指す人へのメッセージ  第617弾!      夢

冬休みはよーく夢を見た。初夢は勿論、毎晩のように夢を見た。4組の子達も登場した。悪ガキ達の夢は楽しかった。3学期はどうなるんだろう。なんてたって、4月からは3年生。部活も勉強もこの3学期で大体が決まる訳で・・・楽しみ、楽しみ・・・
*2年の3学期で部活も勉強も決まる訳ないのにねえ・・・そんなことを書いてはいけませんね。


正月に千葉の叔父と碁を打った。おじちゃんは4段。「早く来いよ」というので2かの朝、8時前に家を出た。向こうに着いたのは9時前。おじちゃんはまだ朝ご飯を食べていた。5つ置いて・・・3連敗した。6つ置いて又負け。最後にやっと1回勝たせて貰った。4局目が終わったのは3日の真夜中だった。「まだ、2・3年は負けないな」とおじちゃん。『よーし、1年で負かしてやる』と俺。口だけでは負けていない。来年の正月が楽しみだ。
*そのままおじちゃんに習っていたら、無茶苦茶強くなっていただろうなあ・・・・。

テニス
昔の教え子達がたくさん遊びに来てくれたから、31日も1日もテニスを、やってしまった。関東1部リーグで活躍している安孝。テニスの推薦で大学が決まった一久。プロのコーチになる浩一。敏一・・・楽しかったが、やり過ぎて、遂にテニスエルボーになってしまった。十何年のツケが一遍に肘に来たらしく、伸ばすと激痛が走るのだ。十何年、殆ど休みなしだった僕の右肘は左ひじに比べて、1センチくらい骨が出ている。プロのテニスコーチと同じ職業病ってやつだ。完全に休んで治す方法と腕立て伏せとかでトレーニングして治す方法があるが、俺はtrainingの方を選んだ。どうなるかわからないが、休むよりはいいだろう。
*現役高校生、大学生と一緒にやれた時代ですねえ。今でもやれないことはないけれど・・・この時代はガチでやれたんだろうなあ・・・

新人
『よろしく』「よろしく」今朝、職員玄関で握手をした。『でっかいなあ・・・何センチある?』「178センチ」『やるねえ』
戸坂至良。タイのバンコクから帰ってきた。そう、前は石神小にいたのだ。由美や英ちゃんと同じクラスだったらしい。3年ちょっと外国に居た訳だから、慣れないことも沢山あるだろう。その辺はみんなよろしく頼んだよ。至良の気持ちを一番に考えてやってね。 
*懐かしい名前ですね。そっかあ・・職員玄関で握手したんだっけか・・・。元気でいるかな、至良。

年賀状
たくさん来た。『10年連続で出さないと、返事は書かないぞ!』と昔から言っていたのだが、「9年連続、あと1年です」とか「もういい加減に返事ちょーだいよー」とか「PS2年目」とか、子ども達の反応も色々である。
そして、今年は1通も出していない。書かなきゃいけない人もいるのだが、ペンを持つ気になれず、そのままでいる。筆不精というヤツだろう。とりあえず、六中関係の人達にはこの「一生懸命」で許して貰おうと思っている。
*本当にふざけていますね。忙し過ぎて、年賀状の返事をかけなかったんでしょうねえ・・。

あけましておめでとうございます。年賀状ありがとうございました。早いもので雪は4月から中三、亮は小五になります。私も多分中三の担任。テニス部も関東・全国一を狙えるメンバーが揃っているので、勝負の年になりそうです。私はウマですが、今年だけはトリのように・・・今年もよろしくお願いします。  1993年1月     ともや
*1年4組から2年4組に変わりました。どうなりますことやら・・・どんな文章が出てくることやら・・・書いた自分も分かりません。

『一生懸命』幻の学級通信 新座市立第六中学校 2年4組   1993年 1月11日から

今日の写真1
3試合目は僕と俊允が組んで、川西(左から2人目北大)・鈴木(一番左、商大)ペアと戦いました。勝負がかかってない試合だし、俊允と組んでやれたので、滅茶苦茶楽しかったです。

今日の写真2
久しぶりのツーショット。多分、僕ら二人が65歳の最後のツーショット。初めて戦った時は二人とも二十歳前だった訳で・・・あれから40年以上経ってもこうして笑顔で会えるのはテニスのお陰なのです。

今日の写真3
帰りの電車の中で・・・大好きな商大の先輩、濱田さん(真ん中)と成田さん(右端)です。二人とも話が滅茶苦茶面白くて・・・大好きなのです。また来年も会いましょう。元気でいてくださいね。

*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・・

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