2月12日 (水)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第43弾! 2020年2月12日(水)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第43弾! 2020年2月12日(水)  たかやん

駅立ちのお知らせ
本日、2月12日(水)5時半〜8時40分の東久留米東口での駅立ち、無事終わりました。
沢山の応援ありがとうございました!明日2月13日(木)は5時半〜9時で新座駅南口、2月14日(金)は5時半〜8時半で保谷駅北口の予定です。

4時30分
今朝も目覚ましの音で目が覚める。体はかなり楽な感じ。選挙カーは自分で運転するので、空ママにもゆっくり休んでもらえる訳で・・・

5時半
東久留米東口での駅立ちがはじまった。駅立ちと言っても「あれ?今日はないの?」と「一生懸命」を求める人が多く・・・『すみません!持ってきているんですけど、8時まで配れないんです・・・』「あ、そっか・・・選挙だもんね」『はい・・・』

FACEBOOK
暇な時間があったので、何気なくFACEBOOKを見ていると、2年前の今日母さんと一緒に撮った写真が出てきた。その母さんの笑顔を見ていたら・・・母さんが僕に「がんばれーっ!」と言ってくれているような気がして、母さんの声が聞こえてきて・・・急に涙が出てきた。駅立ちをしながら泣いている奴など見たことがないので、恥ずかしいから、涙を拭いて・・・参ったなあ・・・。

名前
笑顔が素敵な気になっていた方達の名前を今朝、確認することができた。一人はみきさん。そして、もう一人はけいこさん。「わたし、東久留米なんです。でも、新座市の友達がいるから、いつも読んで貰ってます」とけいこさん。『他市の方に読んで貰うのが一番嬉しいんです。僕の書いた文章の内容がいいということですから・・』と僕。「凄くいいです。子どもたちのことを思うのが伝わってきます・・・」『嬉しいなあ・・それ。』と僕。そんな会話をしながら、ツーショット。顔と名前をしっかり覚えたのだった。
他にも石神井の2年後輩の石田さんが声を掛けてくれたり、六中時代の先輩の向井先生の友達の田極さんが声を掛けてくれたり・・・凄く幸せな駅立ちだった。

将彬
その青年は笑顔で近づいてきた。「将彬です!」『え?太った?』「はい」『そりゃあ分からないわ・・・』将彬はスラっとした子だった。『この間、お母さんと妹の・・みさえちゃんだっけ・・』「ひろえです」『ごめん!そうだった、ひろえちゃんと会ったよ。』「はい」
六中の緑ジャージだった将彬を笑顔で見送ったのだった。ひろえちゃん、名前間違えてごめんね!!

8時40分
3時間10分の駅立ちが終わった。家に戻って、休憩。暫くして朝ごはんを食べる。朝から温かいおでんを食べて・・体が温まったのだった。

猛彦
今日は朝から晩まで猛彦と選挙カーで移動した。「たかやんの応援団」の応援団長との時間は実に楽しく、有意義な時間で・・・「この辺で警察に捕まったね」『いや、あっち側じゃなかったっけ?』とあり得ない会話をしながら、新座郵便局との間を2往復しながら、55回目の演説まで付き合って貰ったのだった。

候補
選挙カーに乗っていて気がついたことがある。選挙慣れしているウグイスさんほど「候補の御健闘を・・・」と名前を呼ばないのである。僕らは必ず相手の候補の名前を呼ぶようにしている。別に名前を呼んだところで、何が変わる訳でもないし、人の名前を呼ばないのなら、心にもないことを言うこと必要はないからである。戦いだから、そんな余裕がないのかも知れないが、ちょっとしたところに、人の心の中が見え隠れするものである。

電話
嬉しい電話もあった。「ポスティングしてくれた議会報告の束を見て、応援することにしました」という内容だった。携帯メールにも「レターの投函ありがとうございます。夫婦で支持しております」という嬉しい言葉が来ていて・・・・ポスティングが無駄じゃなかったことを再確認したのだった。

六中
テニス部が練習している脇を通る・・・「えーっ!」「なんで!?」と驚く硬式テニス部の子達。「硬式テニス部はおじさんがつくったんだよーっ!」「えーっ!」ざわつく硬式テニス部。そして、ソフトテニス部の方に曲がっていくと・・・中学生の集団が走ってきて・・・大騒ぎになった訳で・・・・楽しいねえ、選挙は・・・

五中の校歌
野寺で五中の校歌を流していると、道路で踊る中学生達を発見。余りにも可愛いので、一緒に五中の校歌を歌った訳で・・・・「そりゃあ、世界中で一番沢山校歌を歌った」のは俺だからねえ・・・。一緒に歌いたくなるのですよ。


夜は塾。1年〜3年までが揃っての賑やかな塾。休む間もないくらいの質問の嵐で・・・気がつくと22時を過ぎていたのだった。

教師を目指す人へのメッセージ  第693弾!   

この頃何のために勉強してるんだろうって思うときがある(美紀のノートから・・)
そう・・疑問を感じるって大切だよね。大きくなってから気づくより、今それを感じる方がいいような気がするなあ・・。
何の為に勉強してたかなあ・・・。俺の場合、中二の頃は好きな先生に褒めてもらいたいという気持ちもあったし、ライバルに勝ちたいっていうのもあったし、ずっと劣等生だったから、なんか勉強が新鮮で、授業に集中することが楽しくて、なんか爆発的に勉強したんだよね。高校のことなんか、これっぽっちも考えてなかったなあ・・・。ただ、勉強が楽しくて、楽しくて、勉強している自分に驚いて、感心して・・・・40点、50点だったのが80点以上になり、学年で1位の教科もあったりすれば、気持ちがいいのは当たり前で・・・疑問なんか、感じてなかったような気がする。
 それが、高校へ行って、テニス、テニスで毎日が地獄のようなtrainingで高1の時は1分も勉強しなくて、気がついたら学年でペケから6位で、クラスでペケで・・・うーん、高2からちょっと勉強したけど、テニスで早稲田か法政に行こうと思ってたから、そんなに集中できなくて・・・高3で交通事故に遭って、インターハイ予選に出られなくて、テニスはパアで頭もパーで、途方に暮れてたね、あの時は・・・

結局、浪人して、1日13時間勉強したんだけど、テニスのtrainingに比べたらすっごく楽で、うーん・・・幸せを感じていたなあ・・・。“北大に行って、テニスをやる為だったら、どんな勉強も辛くない!!”そう思ってたなあ・・・。

あの頃の勉強で役に立ったことは余りないけど、勉強のやり方は随分役に立ったと思う。今は自分がやりたいことしか、勉強してないから、全部楽しいよ。美紀のお菓子ときっと同じなんだね。結局、あの頃は頭を使うtrainingをしていたような気がするんだ。分からないことが分かったり、出来ないことが出来るようになる快感をあの頃から感じられるようになったと思うんだ。

『一生懸命』幻の学級通信第48弾! 新座市立第六中学校2年1組 から
*頭を使う楽しさ、学ぶ楽しさを覚えると、一生楽しめるんですよね。それを子ども達に伝えられる先生になってくださいね。

今日の写真1
5時半頃、東久留米東口に登場したモッコです。同じマンションの仲間で、僕の「一生懸命」を授業で使ってくれているインタナショナルスクールの先生です。『どこに行くの?』「韓国・・・」『韓国?』「行きたくなーい!」

今日の写真2
薄暗くなってからも演説は続きました。これが55回目の演説になりました。中学生達が反応してくれていました。

今日の写真3
一日、一緒に居てくれた猛彦です。23歳と14歳で出会った僕らは、何故か意気投合し、いつも一緒に居たような気がします。弟がいない僕と、お父さんがいない猛彦はお互いを必要としていたのかも知れません。猛彦と出会ってなかったら・・・とっくに潰れていたかも知れません。猛彦には感謝の気持ちしかありません。

*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・・

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