5月9日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第130弾!2020年5月9日(土)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第130弾!2020年5月9日(土)  たかやん

連休
今日明日と塾はお休み。連休である。人生の終盤にくると、段々その連休が多くなっていくのだろう。13歳までは遊びで大忙しだった。「遊びの天才」と言われていたからなあ・・・。
そして「悪戯の天才」でもあった。百人町でやらかした悪事は数えきれない・・・・
14歳15歳はテニスと勉強に燃えた。そして、ちょっぴり恋愛にも・・・16歳から18歳は石神井時代。いい仲間と出会い、いい先輩と出会あったけど、勉強は全くしなかった3年間だった。そして、当たり前のように浪人。この1年だけはマジで勉強したかも・・・。そして北大の4年間。最初はテニスに燃えたけれど、函館に行って「教師になる」とバカな夢を見てからは、「教職」の勉強だけはやったっけ・・・。
そして、五中の10年、六中の10年、二中の1年は本当に忙しかった。学校の子ども達とは常に一緒だったけど、実の子ども達と一緒になにかをするという発想もなかった。雪と亮には申し訳ないという言葉しかない。
朝から何を書いているのやら・・・まあ、俺の日記なんだから、何を書いてもいいんだけど・・・・ね。

テニス
今日もテニスクラブへ。壁打ちをしていると、声が掛かって・・・男子ダブルス対女子ダブルスというか、おじさん対おばさんの戦いに・・・それがまた相手が上手なのだ。もう、ギリギリの戦いになって、何とか勝った訳で・・・・ああ、楽しかった。
そして、根津さんと練習をしていると・・・石神井の10年後輩の石ちゃん達とダブルスをやることになって・・・しかも、僕のパートナーは13歳の大樹。超ヤング・半分爺さん対40代・50代という戦いになって・・・これがまた大接戦で・・・最後は半分爺さんの足が一歩動かなくなり・・・惜敗したのだった。とほほほほ。

三男
テニスをしていて一緒に散歩に行けなかったので、テニスクラブの帰りにココを迎えに行った。車を見つけると、走って来るココア。可愛いねえ・・・我が家の三男は。やっぱり、世の中の三男はみんな可愛いのかねえ・・・・。

九九
久しぶりに小学校1年生に「掛け算の九九」を教えた。それもオンライン授業での「九九」である。学校の九九と違うところは、2×1からスタートするのではなく、2×0からスタートすること。何故かと言うと、中学生でも0と1を間違える子達がいるからだ。そして、学校の九九は2×9で終わるのだが、ここの九九は「0から100まで」。頭の中に完全に2の倍数を入れる為の遊びである。昔、小学生塾があった時代、「掛け算の九九ができる」をクリアーすることが「たかやん塾」に入る唯一の条件だったのだが、「九九」そのものを自分で教えることが大事かも・・・そんなことを思った。そして、オンラインだったら、小学生もありかな・・・そんなことも考えたのだった。それにしても、小学生は可愛い。

ライフ
東久留米の西友でコロナに感染した人が出たということで、申し訳ないが西友に行かずに、ライフに行った。こうやって、リスクを少しでも減らしていこうというのが人の心理なのだろう。自分だけなら別にかまわないと思うのだが、まだもう少しだけ誰かの役に立たないといけない訳で・・・

教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第777弾!    先生

 最近思うのです。僕を「先生」にしてくれたのは間違いなく「子ども達」だったと。
未熟過ぎて、とても「授業」と呼べるレベルではなかった僕の授業を鍛えてくれて、まともな「授業」にしてくれたのは、先輩でも市教委でもなく、間違いなく子ども達でした。
 そもそも、大学を出て直ぐに「先生」なんていう人格が備わる筈ありません。特に僕のような「超問題児」であり、「不良学生」だった人間が、「教職の単位」を取って、「採用試験」に合格したからと言って、「先生」と呼ばれるような人になるには、時間がかかって当たり前です。勿論、子ども達への「思い」があって、教師になったのです。僕に影響を与えてくれた「先生」達に教えられた何分の一でも、目の前の子ども達に恩返しできたら・・・そういう「思い」があって教師になったのです。それでも、それだけでは「先生」になれる筈がありません。子ども達が一緒にいてくれて、同じ時間を一緒に生きてくれて、泣いたり、笑ったりしながら、色んな「問題」を乗り越え、「受験」を乗り越え、僕を「先生」と呼べる存在にしてくれたのだと思うのです。
 だから「先生」と呼ばれるよりも「たかやん」と呼ばれた方が気が楽なのかも知れません。時々、議員だから「先生」と呼ぶ人がいますが、流石にそれだけは「勘弁」です。僕のことを「先生」と呼べるのは五中・六中・二中と「たかやん塾」の子ども達だけです・・・もっとも、彼らの大半は「たかやん」と呼んでくれていますが・・・・。
 あなた方を「先生」にしてくれるのは目の前の「子ども達」であることを忘れないで、子ども達と接してください。そういう「意識」があるだけで、「授業」も上手になるし、「いじめ」とは無縁のクラスに近づいていくと思います。

今日の写真1
左から、せっちゃん、あべくみ、ぼく、うぶ、しげき、のんきん、ばばつ・・・そう、この中に僕がいるのです。どうみても、全員中学生にしか見えません・・・女の子達は高校生に見えなくもありませんが・・・

今日の写真2
これはまた謎の写真です。へーちん、のり、いも、あちゃいが写っていて、もときも写ってるので、へーちんの家での写真なのでしょう。そして、賢一、英樹、まさみがいるので剣道部とそれに、久美子と由美とえりまん、明がいるということは生徒会と・・ごちゃごちゃの集まりがへーちんの家であったということでしょうね。賢一が抱っこしているのは雪なのかな・・・。僕を入れて18人がへーちんの家に集まった訳で・・・学年も3学年全てが揃ってますね。当時の五中はこんな感じだったんでしょうね。学年を超えて男女の仲もよかったんでしょう。

今日の写真3
これは珍しい写真です。五中の3期生、4期生が軟式テニスの試合で県大会に出た時の写真だと思います。一番左の顧問・・・やる気なさそうですね。「県大会までは必ず連れていくけど、その先の関東・全国は行かないぞ・・」と当時の子ども達に言っていたような記憶があります。中村敞一郎ともそういう約束をして、軟式テニス部の顧問になったからです。この子達に本気で燃えていたら・・・硬式テニス部は出来なかったかも知れませんね。貴重な1枚です。

*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・・

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