10月2日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第275弾! 2021年10月2日(土) たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第275弾! 2021年10月2日(土) たかやん

命日
今日はとうさんの命日。57歳の若さで逝ってしまった父さん。あれからもう41年の月日が経った。父さんは僕が手を繋いでいるときに逝った。呼吸が少しずつ減っていき、最後に大きく息を吸って・・・父さんの手はどんどん冷たくなっていった。そこにお医者さんが来て、「人工心肺」をつけて・・・父さんの心臓はまた動き始め、手も再び温かくなった。実際に父さんの心臓が止まったのは、10月3日。僕は父さんの死に2回立ち会うことになる。
お爺ちゃんの命日が1月2日だったからか、父さんは「2日に行かなきゃ」と言っていた。だから、僕の中では自力で亡くなった10月2日の今日が父さんの命日である。

50歳
五中10期生の教え子が亡くなった・・・という連絡が来た。猪瀬哲、3年9組だったから、鮫と同じクラスだった筈。3年生の時は教えられなかったが、剣道部だったので・・・嵒兄貴の弟子である。いい子だった。頭も良かったが、優しくて、しっかりした子だった。まだ50歳・・・若すぎる。亡くなる直前まで元気だったというのだから、和男と一緒。残された家族のことを考えると胸が痛む。そして、家族を残して逝ってしまった哲のことを考えて・・・また胸が締め付けられるのである。五中の10期生よ。俺達より先に死ぬんじゃないぞ!先に死んだら、ケツ竹刀100発だからな・・・・。五中生も六中生も二中生も俺の塾生達もみんな頼むぞ・・・。俺が先に死ぬから・・・もう少し待っててくれ。約束だぞ。頼むよ・・・もう・・・・

駅立ち
10月4日(月)から、駅立ちをやります。いつものように、ひばりが丘北口からのスタートの予定です。高校生たちの予定に合わせて、どの日にどの駅にするか・・・決めますので、詳しい予定は後ほど・・・・。

台風一過
朝からいい天気である。しかし、肘が痛むので、テニスはやめ。朝から、YouTubeでお勉強。なんだかねえ・・・。

仏壇
今朝も仏壇に手を合わせて・・・子ども達のことをお願いする。特に精神的に参っている教え子たちが笑顔になることを父さんと母さんにお願いする。雪のことも亮のことも空のこともちゃんと守ってくれている父さんと母さん。五中、六中、二中の教え子たちのことは勿論、塾の子ども達のことも絶対に守ってくれると思って・・・手を合わせる。

あんまりじゃないの?
新しい内閣の官房長官が甘利って、「あんまり」じゃないの・・・。どこかの企業から金を貰って、口利きをして、大臣を辞任した男に官房長官にするって・・・流石、自民党である。
身内に甘いというか、わきが甘いというか・・・それで、総選挙に勝てると思っているところが、自民党である。腐りきるところまで腐ったってことだ。

手紙
久しぶりに手紙を書いた。普段はラインやメールだから、キーボードで打っているので・・・自分の字で書く手紙は久しぶりである。でも、なんかいいんだよねえ。自分で言うのもなんだけど、手紙って・・・・温かくって・・・。


夜は土曜日だけれど塾。高三の娘と息子と「小論文」のトレーニング。娘はあと9日、息子はあと23日で本番である。力を合わせて、兎に角ベストを尽くさないとだ。


打ってはいけない!336      子宮頸がんワクチン

 今朝の新聞を読んで驚いた。「子宮頸がんワクチン積極的な勧奨再開へ」という見出しが目に入ったのだ。あの悪名高いワクチンが、新型コロナワクチンに便乗して再開しようとしているのだ。一体どれだけの副反応被害を出せば気が済むのか。健康な女の子達に打つのだから、打つことが当たり前になれば、そりゃあワクチン関係の会社や株主は儲かるだろう。その結果、あの悲劇の悲劇を繰り返すことは明らかである。何故なら、その子達はきっとコロナワクチンも接種しているだろうから・・・・。アメリカではコロナワクチンの「ブレークスルー感染」が頻発している。接種しても感染したのか、接種したから感染したのかは分からない。言えることは、このワクチンは2回接種しても感染を防ぐことはできないということだ。健康な人が、不確かなワクチンに自分の人生を委ねる・・・「子宮頸がんワクチン」の悲劇だって、自分の娘を愛する母親達がコマーシャルを信じて、打たせた結果の悲劇だったのだ。コロナワクチンのコマーシャルを信じるのはいいが、自分の子ども達に接種させる気持ちにはどうしてもなれない大人がいたって当然である。



教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第1283弾!    悲しかったこと

 中三の頃、いじめられたことがあった。相手は剣道部や柔道部のツッパリだった。俺は器械体操や球技はなんでもできたが、格闘技は苦手だった。彼らは毎日のようにちょっかいを出してきた。地面に顔を擦り付けられたこともあったし、10人くらいに体中を蹴られたこともあった。
 ある日の放課後、俺は彼らとただ一人教室の中にいた。彼らはドスを持っていた。そのドスで俺の頬っぺたをペタペタ叩きながら「怖いか?」と聞いてきた。俺は怖いというより、悲しかった。昔は友達だったのだ。一緒に遊んで相撲をとった仲間だったのだ。大体、俺はそいつらのことが好きだった。どうして、俺が嫌われるのか分からなかった。だから、悲しかったのだ。今でいうと、“むかつくんだよ”ということなのかも知れない。
 小六まで悪ガキで(正確に言うと中一かな)勉強もできなかった俺が、中二になった途端、テニスで優勝するわ、成績は伸びるわ、女の子にもてるようになるわ・・・むかつかれたってしょうがないのかも知れなかったが・・・。やっぱりドスは反則だよ。刺されたら、背中から出て来そうなドスで脅すのは反則だろう。
 『学校へ行きなくない!』と俺は言ったらしい。(覚えてないのだ)河合先生がすっ飛んで来てくれて、「大丈夫だ。俺がついている」と言ってくれたらしい。(これまた覚えてない)俺は学校へ行った。学校へ行けば友達がいた。大好きな美津子ちゃんもいれば、俺が教室でやられている時に、たった一人で飛び込んできて、「何やってんだ!お前ら!」と助けてくれた正厚もいた。一緒にバンドを組んだ創、元、祐司もいた。俺に勉強を教えてくれた裕美さんやみはるちゃんがいた。だから俺は学校に行けた。
 いじめる奴って可哀そうだと思う。本当に強い男は弱い奴をいじめたりしない。弱い者いじめをするってことは、そうとう心の中が腐った状態なのだ。
 俺は強い奴に向かっていくのは好きだが、弱い奴を虐めるのは大嫌いだ。男として(女だって同じだよ)最低の奴がすることだから・・・・だから、4組でいじめがあったら、絶対に許さない。その代わり、お前たちがやられたら・・・相手がヤクザであろうと、誰であろうと俺はお前たちを命がけで守る。  おやすみ。俺の可愛い子ども達・・・
1991年 9月30日  1時51分  ともや

『一生懸命』幻の学級通信 新座市立第六中学校1年4組 1991年から

*好きだった友達に脅された時の悲しさ・・・・を思い出した。そして、命懸けで教室に飛び込んで来て、俺を救ってくれた正厚(テニス部、開成から東大に行き、若くして亡くなった。)のことや2・3年の担任だった河合先生のことも・・・。そして、仲良しだったのに、俺を脅した友達のことも・・・あいつら、どうしているんだろう・・・元気なんだろうか。何故か会いたくなったのだった。そして、この通信をどこかで掲載したような気も・・・・

今日の写真1
土曜日だが、高3の娘と息子の入試は直前な訳で・・・かなり集中した2時間になった。書いて、書いて、直して、直して・・・質問して、質問して・・・説明して、説明して・・・

今日の写真2
終わった後は、いつもこんな感じでツーショットを撮ることにしていて・・・・娘は小学生の時から小さかったけど・・・

今日の写真3
息子は小学生の頃から大きくて・・・でも、可愛い訳で・・・今日もこうして、ツーショット。


*この日記を読んだ全ての人が明日も幸せでありますように・・・・

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