11月15日 (火) 『一生懸命』幻のたかやん日記 第319弾! 2022年11月15日(火) たかやん 『一生懸命』幻のたかやん日記 第319弾! 2022年11月15日(火) たかやん 5時 久しぶりに後輩達と六中のテニスコートで練習。校舎のトイレを借りようと思って、玄関から入ろうとすると・・・・女の先生に呼び止められた。「何かお探しですか?それともどなたかをお探しですか?」『あ、卒業生なんです。トイレをお借りしてもいいですか?』「卒業生なんですね。高校生?」『はい。この間、卒業したばかりです。』「あら、そうなのね。トイレは・・・・」『あ、分かります。この間までこの学校にいたので・・・・・』ところがトイレが水浸しで・・・・上履きもスリッパも無く・・・・ 「たかやん!」と呼ばれて振り返ると、超綺麗な人が立っていて・・・誰だか分からないけど、知ったふりした乗りでツーショットを撮ったところで・・・目が覚めたのだった。久しぶりに高校生になった夢を見たぞ。それにしてもあの超美人は誰だったんだ?目が覚めてスマホを見たけれど・・・流石に写ってなかったわ・・・。 6時 「基礎英語」「中高生の基礎英語」「英会話」と聴いて・・・・一日がスタート。 朝食 練習に行かなかったので今朝も3人揃っての朝ご飯。韓国ドラマを見ながら、ああだこうだ言いながら美味しく頂いた。外は雨。約束していた朝練も中止に・・・・。 11月号 今日も11月号の最終校正に・・・・書きたいことがありすぎて・・・・うーむ。 皮膚科 土曜日にテニスコートで虫に刺されたところ(4か所)がパンパンに腫れて、左足全体が腫れてしまい・・・午後から皮膚科に行くことに・・・・。刺された場所は4か所。人生でこんなに足が腫れたことはなかった訳で・・・・ 先生に「絶対に温めない。つまりお風呂に入ったら駄目です。シャワーにしてください。」「絶対に掻いたらダメです」と言われて・・・・絶対にダメなことをこの数日やってきたことを反省したのだった。どうりで足全体がパンパンに腫れる訳だ・・・・ ジム という訳で、ジムはお休み。家で11月号の最終校正に集中したのだった。 会議 夕方はオンラインで会議。1対1で相手が素敵な人だったので・・・楽しい時間だったわ。 塾 夜は塾。中一の息子と娘達との塾。みんなで英語に燃えて・・・次に数学に燃えて・・・笑って、笑って・・・・ 塾2 後半は中一の娘と高一の息子と高二の息子との塾。数学と地理と・・・色々やって・・・気がついたら22時を過ぎていて・・・ 絶対に打ってはいけない! 761 ファイザーの悪事3 https://t.co/w64QxbCeM0」 / Twitter *スパイクタンパク製造機、それがこのワクチンの正体。色んな国で「ワクチン接種者」の方が陽性率が高いとか死亡率が高いとかのデータが出ているようです。 教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第1696弾! 「たかやん物語63」一生懸命 一生懸命(1978年) 1年3組に話は戻る。このクラスになってから学級通信の名前が「一生懸命」になったのだ。この名前は具志堅用高がグスマンを倒した世界戦を見ていて・・・・思いついた名前だ。 「一所懸命」が本筋だという人もいるが、僕は「一生懸命」の方が好きだ。一つの場所でなくてもいい・・・どんな人でも・・・男も女も関係なく、年齢も関係なく、障害があってもなくても関係なく、誰だって「一生懸命」にやることは出来るし、それが一番大切だということを子ども達に伝えたかったのだ。この『一生懸命』1978年から2022年の今まで40年以上書き続けていることになる。 最初の頃の『一生懸命』はファックス用紙に鉛筆で書き、印刷機で読み取って印刷していた。今のようにパソコンで作れて、写真も取り込めていたら・・・楽だっただろうなあと思う。 1年3組の僕のライバルは2年1組の担任、木下保則。確か「クロネコ」だったか・・・そんな感じの学級通信を出していて・・・・キノッピーとよく印刷室で会っては、「お!もうそんなに書いたのか?」『へっへっへ・・・負けませんよ。』そんな会話をしながら、発行部数を競っていたっけ。 *大切なのは発行部数じゃなくて、内容だったのに・・・兎に角、年間に100号を超えることに必死だったことを思い出します。3年4組の時の学級通信「39+1の仲間達」は20号もいかなかったから・・・・そりゃあそうですよね。当時はガリ版だったし、そんなものを書く余裕はありませんでした。 新任で3年の担任をやらされて、2年生の理科まで持たされたのですから・・・学級通信なんか書ける訳がありません。今、その時の原稿を探していますが・・・・内容は多分、かなり恥ずかしいものでしょう・・・。驚くのは僕の教え子が中学校で毎日、学級通信を書き続けたり、今のこの糞忙しい中でも学級通信を書き続けている先生が身近に存在していることです。そういうクラスの学級通信を読むと、子ども達の笑顔が見えてきて、こっちまで幸せな気持ちになります。そして、その先生の頑張りと子ども達への愛が見えてくるのです。毎日書く大変さとやりがいは、毎日書いた人にしか分からないかも知れません・・・。みなさんも是非、挑戦してみてください。昔よりも授業日が少ないですから・・・意外にやれるかも知れませんよ。 今日の写真1 これも1年3組の最初の遠足の写真だと思います。僕は24歳ですね・・・・。子ども達は12歳と13歳・・・・。うーむ、学年は12違いですね。みんな元気かなあ・・・右から和弘、幹生、祐二、昌和。ここにも祐二がいますね。会いたいなあ・・・。祐二は勿論、みんなに・・・・。 今日の写真2 憧れる先輩でもあり、最大のライバルでもあった川島勝治です。「憎き川島勝治」という詩を1年2組の廊下に張り出したくらい・・・・勝治には負けたくなかったのです。その詩を書いた後は7連勝しましたけどねえ・・・。 今日の写真3 同期の重一郎です。同期の中で一番の仲良しでした。僕が学校を辞めると・・・・「いいなあ」「俺も好きなことがしたい」って言うから、『何言ってんだよ!重一郎はやめちゃダメだよ。絶対やめちゃだめだよ!』そう言ったのですが・・・辞めてしまって、大好きな絵に集中しちゃって・・・子ども達に絶大な人気があった男です。 この日記を読んだ全ての人が明日も幸せでありますように・・・・・そして、ストレスから少しでも解放されて、よく眠れますように・・・・・ |