9月12日 (月)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第255弾! 2022年9月12日(月)    たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第255弾! 2022年9月12日(月)    たかやん

6時
「お腹が空いた」と空が起きてきた。「朝ご飯できてるよ」と空ママ。基礎英語を聴きながら、二人の会話を楽しむ空父。

7時過ぎ
シャワーを浴びて・・・・朝ご飯。昨夜のうどんのせいで、血糖値はなかなか高かったわ。

8時半過ぎ
空に『行ってきまーす!』を言って、家を出る。早く戻ったら、二人でジムへ行く予定である。

9時前
控室でトレーニングをしてからスーツに着替える。

議場
今日も議場に一番乗り。今日から一般質問がはじまる。スタートの今日は政和会の嶋野さん、休憩の後、池田さん、助川さん。現在11時で助川さんが質問をしている。そして、11時半・・・公明党の滝本さんが質問をして、並木市長が答弁している・・・・あれ、もしかしたら午前中に終わってしまうのか?4人なのに・・・。そして、11時45分・・・今日の一般質問は終わってしまったのだった。なんか、早くないか・・・・マジか・・・・。

控室で
立教中学の渡辺先生と会談?なるほどと思ったので、明日市長と担当部長課長と話すことに・・・・。

環境課
昨日の川掃除の報告と相談があって、環境課へ。環境課長のHさんとお話。市民の方からの相談は道路課の判断を待つことになったのだった・・・・。

ジム491
Rinちゃんに乗ってジムへ。上半身を中心に攻めて・・・・最後にランニング。今朝は久しぶりに白米を食べてしまったし、昼も大量の炭水化物を食べてしまったので・・・消費しないとね。ジムで鍛えている時に電話が鳴って・・・道路課長のUさんからの電話で、明日説明することになったのだった。

素振り5
庭で素振りをして、腕立てをしてからお風呂へ。ラケットが少しだけ、軽く感じられるようになったかも・・・

音楽
お風呂から出ると、大きな音で聞いたことのない音楽がかかっていた。空のスマホからアレクサのスピーカーを通して音が出ているのだ。その音楽は英語が8割、韓国語が2割・・・・みたいな感じで・・・ピアノの音は勿論、我が家の音楽率が上がっている。


夜は塾。小六の娘との個別対応の塾でスタート。算数の宿題を完璧にこなしてきた娘とウエルパークへ行って・・・飲み物とお菓子を買って、プレゼント。娘の笑顔が見られて幸せ。

塾2
中一と中二の息子達との個別対応の塾。この二人、仲が良くて本当に楽しそう。中二の息子の英語の発音に笑う中一の息子は「今日は国語をやる!」と問題集を取り出したので、問題集のやり方を教える。中二の息子は最後まで英語に燃えて・・・最後の最後に「タバスコ入り麦茶」を飲んだのだった。

塾3
高一の息子との個別対応の塾。高校数学に二人で燃えながら、時々別の話に盛り上がる。所沢高校の総務で燃える息子。高校生活を満喫しながら、ちゃんと勉強もするのだから偉い。テニスしかしてなかった高校時代のお馬鹿な自分と比べると恥ずかしくなる。


絶対に打ってはいけない! 696 コロナワクチン副反応データベース検索4

兎に角、一度でいいので、「コロナワクチン副反応データベース検索」で検索してみてください。医療機関のデータですから、本当はもっと多くの人が苦しんでいる筈。本当に多くの人が死んで、苦しんでいるのに・・・何でこのデータを公表しないのでしょう。日本のテレビは真実を伝える気がないってことでしょうか。相変わらず、4回目のワクチンだの、今頃オミクロン株対応のワクチンだの、小さい子にもワクチンだの・・・このデータを見たら、そんなこと考えられない筈です。特定承認もいいけれど・・・オミクロン株対応ワクチンが人の体の中でどういう反応をするか、誰も分からないのに・・・・。


教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第1629弾!   「たかやん物語」 1.ベンツ

ベンツ(1963年)
 ヒュー!ボコッ・・・(当たった!)下を覗くと、黒い車から出てきた運転手が上を見上げていた。運転手の目と僕の目が合った。その顔は怒りに震えている。『逃げるぞ!』運転手が屋上に上がろうと階段に向かって走って来るのが見えた。僕らは同じ階段を猛スピードで駆け下りて、階段の途中にある小さな屋根に飛び降り、息を殺して運転手を躱した。そして、その屋根から地面に飛び降りると、猛ダッシュで道路に飛び出した。
 後ろを振り返ると屋根が凹んだベンツと階段の途中から真っ赤な顔で何やら怒鳴る運転手の姿が見えた。僕らはあっという間にチリヂリになって、暫くして打ち合わせていた公園に集合した。
 『もう大丈夫だ。』「本当に大丈夫?」『ああ、大丈夫だ。』防犯カメラが無いあの時代、僕らが捕まることはなかった。もし、捕まっていたら・・・今考えても冷や汗が出る。
 新宿区百人町四丁目にあった公務員宿舎の屋上から、下を走る道路に向かって泥の塊を落とす遊びは、なかなか面白かった。人に当たったら怪我をするのは分かっていたので、当時は金持ちしか持っていなかった車の屋根を狙っていたのだ。泥なので、捕まらなければ指紋も残らない・・・それが、あの日はたまたま黒いベンツだったのである。
 「たかむら君と遊んじゃいけません!」それが近所のおばさん達の口癖だったらしい。当時の公務員宿舎の周囲で起こる事件は大抵僕のせいにされた。“山手線の線路に侵入して置き釘”“地下の物置から物が消える”“ピンポンダッシュ”“4階建てのアパートの屋上の縁を歩く”“アパートの郵便受けに爆竹”“6本の線路を横断してタイムを競う”“火災報知機を鳴らして消防車を呼ぶ”“警察にいたずら電話”“5円玉を使って自動販売機荒らし”“配達されたヤクルトが無くなる”挙げればキリがないが、全てが「たかむら君」が首謀者だとおばちゃん達は信じていたらしい。90%以上、僕がやったことだったが・・・・。
と、いう訳で西戸山小学校時代の僕は百人町では超有名な“悪ガキ”だった。勿論、勉強ができる訳もなく・・・遊びに熱中する余り、“忘れ物の帝王”と先生から呼ばれるくらい忘れ物が多い子だった。図工で人物画を描く授業などは絵の具を持って行ったためしがないので、常にモデルになっていた。だから、廊下には僕の顔の絵がずらっと並んでいたりした。ただ、先生にだけは恵まれていた。1年から3年まで担任をしてくれた向後美佐子先生には本当に感謝している。美佐子先生には愛された記憶しかない。考えてみると、小学校低学年の時は悪いことは何もしてなかったかも知れない。何があっても、決して僕を見放なさなかった美佐子先生の愛がその後の僕の人生を支えてくれたとさえ思う。兎に角、美佐子先生は僕にとって特別な存在だった。
*突然ですが・・・「たかやん物語」をお届けします。


今日の写真1・2・3
空の生物のノートです。『教科書は置いてきてもいいけど、ノートだけは絶対に持ってきてね!』という僕のリクエストに応えて、ノート類はかなりの量を持って帰ってきてくれました。ノートを見るだけで、留学させてよかった・・・・そう思いました。

この日記を読んだ全ての人が明日も幸せでありますように・・・・・そして、ストレスから少しでも解放されて、よく眠れますように・・・

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