Diary 2005. 2
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2月1日 (火)  「たかやん議員日記」2005.第32弾!

「たかやん議員日記」2005.第32弾!  2月1日(火)

日の出
今日も朝の公園で一日がスタートした。軽くボールを蹴った後に日が昇ってきた。いつものように、両手を太陽に向けてエネルギーをもらう。今朝の日のでは本当にきれいだった。

議員年金
そんなものは全部廃止してしまえばいいと思う。どうして議員だけが優遇されるのかが分からない。市民と同じじゃなから、市民の痛みが分からないのだから・・・・。僕は年金そのものも廃止してしまえばいいと思っている・・・・。

研究授業
午後から3中にお邪魔した。「英語」と「数学」と「技術」の授業が公開されたが、僕は「英語」のクラスだけを見させてもらった。1年4組の授業だったのだが・・・・そこへある小学校の校長先生が顔をだすと、「きゃーっ!」「校長先生だ!」とクラス全体が大騒ぎ。ある女の子などは嬉しくて涙を流していた。この校長先生はよほど子ども達と一緒に遊んだのだろう。子ども達と近いところにいたのだろう。そうでなければ、子ども達はああいう反応はしないものだ。そういう校長が増えていけば、新座の学校はどんどんよくなっていくと思った。

入試
いよいよ明日は県立高校の入試である。今日は大学の入試も中学の入試もあった。子ども達の緊張感が伝わってくる。僕にできることは祈ることくらいか・・・・。


2月2日 (水)  「たかやん議員日記」2005.第33弾!

「たかやん議員日記」2005.第33弾!  2月2日(水)

キャッチボール
久しぶりにキャッチボールをした。ボールを蹴って、ダッシュをして、日の出を見て、キャッチボールをした。相手がいなければキャッチボールはできない。教育というのはキャッチボールだと思う。

池田小
4時間目の英会話の授業にお邪魔した。本当に驚いた。素晴らしい授業だったのだ。まず先生の表情が素晴らしかった。そして子ども達の発音が素晴らしかった。(中学生が完全に負けていると思った。)自然に授業に引きずり込まれていった。僕が生徒だったら、あの先生に習いたいと思った。ああいう授業が新座の17の小学校全部でできたなら・・・・新座の英語教育は変わっていくだろうと思った。あの先生は「教師」に必要なもの全てを持っていたと思う。ただ「ジャンケン」をする時間がもったいないと思った。これはどこの授業でも言えることだが、ジャンケンをする暇があったら、英語を喋るトレーニングをして欲しい。確かに子ども達はわいわい喜ぶのだが・・・・その楽しさと、英語が分かる楽しさとは違うのだから・・・・。


僕がテニスでかけた夢を受け継いでくれている教え子がいる。世界チャンピョンを育てようとしている子がいるのだ。今日、久しぶりにその子に会った。彼の目は輝いていた。12歳で僕と会った時と同じ目をしていた。夢を見ている目はいいなあと思った。


2月3日 (木)  「たかやん議員日記」2005.第34弾!

「たかやん議員日記」2005.第34弾!  2月3日(木)

朝練
掃除をして、日の出を拝んでからダッシュを繰り返す。ちょっと「青春」をしている気分になる。体は半世紀動いてきたから結構ガタがきているが、心はまだまだ高校生の気分である。

議案説明会
9時半から市役所で3月議会の議案説明会があった。前もって与党の会派には議案を説明しておこうというこの説明会は議会の毎に行われている。僕は今の新座市の状態では「与党」も「野党」もないと思っている。今こそ、与党、野党を越えて、本気で新座市の未来を考えていかなくてはいけない時期だと思っている。今度の3月議会で提出される予算は、市民にかなりの負担を強いる予算になることは間違いない。その原因は勿論執行部にもあるだろうし、僕ら議員にもある。突き詰めていくと、そういう人たちを選んだ市民にも責任があるのだろう。
「民意」は何なのか・・・市民は何を求めているのか・・・。その声を大事にしたいと思う。



2月4日 (金)  「たかやん議員日記」2005.第35弾! 

「たかやん議員日記」2005.第35弾!  2月4日(金)

幼い命
また11ヶ月という幼い命が奪われた。我が家の空よりも1歳年下の赤ちゃんが命を奪われた。もし空だったら・・・・僕らの神経はズタズタになって、気がおかしくなってしまうだろう。それこそ何をするか分からないくらい目茶目茶になってしまうだろう。親はいつでも子ども達の為になら命をあげられるものだ。それくらい大切な命を何の理由もなく奪われたら・・・・
人には自分よりも大切なものがあるのだ。そういうことをこの犯人達は習わないで大きくなったのだろう。奈良の幼女殺害もそうだ。自分よりも大切なものがないと、人はみなおかしくなる・・・・。
自分より大切なものがある人は、人の大切なものも大切に思える・・・・。それを教えるのが教育だと思う。


2月5日 (土)  「たかやん議員日記」2005.第36弾! 

「たかやん議員日記」2005.第36弾!  2月5日(土)

同窓会
石神井高校のテニス部の仲間と久しぶりに会った。7人が集まった。一番久しぶりだったチー子とは実に32年ぶりの再会だ。男は8人中4人、女の子は5人中3人が集まった。僕らは毎日毎日テニスばかりしていた。というか1年生の時はコート整備とボールボーイとトレーニングだけをしていた。それこそ朝から晩まで汗にまみれていた。僕は学年でほとんどペケだったが、僕らのメンバーの中には優秀な奴もいて成績優秀者といって、学年で上位20位に入る奴らが男の半分いたことも今考えると驚きである。要するに4人は成績優秀者で、4人は成績劣等者(ペケから20位以内)だったのだ。
成績優秀者が行った大学は、早稲田・都立大・東工大・電通大と確かに優秀だ。でも劣等者の僕らも日大、法政、武蔵工大、北大と大学は入ったのだからみんなたいしたもんだ。そういう話になってみんなで笑った。今考えるとトレーニングのキツさの方が受験勉強よりも遥かに苦しかったのだろう。それで頑張れたのかも知れない。
一方女の子たちの方もあれだけキツイ練習をしていたのに、現役で日本女子大に2人、学芸大に2人、武蔵野美術大に2人、都庁に1人とこれまたなかなか立派だったねということになった。
「俺はお前に3回も振られたんだ。」とか「あの時実はあの子と付き合っていたんだ。」とか爆弾発言も出て、みんなで本当に大笑いした。
武蔵関の集まりには息子の亮が取り立ての免許で送り迎えをしてくれた。「お前いいなあ、こんな息子がいて・・・」そう言われて嬉しかった。


2月6日 (日)  「たかやん議員日記」2005.第37弾! 

「たかやん議員日記」2005.第37弾!  2月6日(日)

ダチョウ牧場
片山のダチョウ牧場へ行った。美味しい卵と美味しいアップルパイを買いに行ったのだ。ダチョウ牧場はこの間朝日新聞にも紹介されていたが、なかなか珍しいものがある。昼時に行くと丁度平松大佑が来ていて、美味しそうにうどんを食べているから「あれどうしたの?暇なの?」というと「目茶忙しいですよ。今日は朝から夜までびっしりです。」と本当に忙しそうだった。一方田中幸弘はいつもの大きな目をさらに大きくして「いらっしゃい!」と嬉しそうに僕らを迎えてくれた。ダチョウ牧場は不思議な空間である。卵は勿論、うどんも安くて美味しい。日曜日の朝市には新鮮な野菜もたくさん売られている。何よりもそこに集まる人たちの雰囲気がいい。新座の新しい名所になりそうな気がする。

シャラポラと真理子
17歳が輝いていた。シャラポアは容姿だけではなく実力もあるから人気があるのだろう。そのシャラポアの試合で、ネットでボールガールをしていたのが真理子。僕の六中時代の最後の最後に1年生で入学してきた女の子である。僕は彼女が2年生の時に2中へ行ってしまい、3年生の時には学校を辞めてカナダへ行ってしまった。その時、試合だから早く帰って来てくださいとメールしてきたのが真理子達である。
僕は試合に間に合い、そして彼女達も関東から全国へ行った。真理子はその後浦和学院から亜細亜大学へ進み、埼玉オープンではプロを倒してダブルスで優勝するまでになった。そんな真理子であるが、世界にはシャラポアのような17歳がいるのだから驚く。スポーツの世界のいいところは年齢など関係ないことだ。強いものが強い。それでいいと思う。だけどボールガールをやらせたら、真理子よりも上手にやる子は世界中でもそんなにいないと思う。六中で随分鍛えたからだ。僕はシャラポアと真理子と両方に感動していた。




2月7日 (月)  「たかやん議員日記」2005.第38弾! 

「たかやん議員日記」2005.第38弾!  2月7日(月)

勉強
今日の午前中はお袋の温熱療法を待っている間、ずっと市役所で数字とにらめっこしていた。会派の勉強会が水曜日にあるので、予算のことを勉強していたのだ。数字は見ているだけだとただの数字だけど、考えると色々なことが見えてくる。僕は数字を見ながら、段々不安になっていった。新座市はどんどん破綻の道を歩いているのではないか・・・・そう思ったのだ。どうやってそれを止めればいいのだ・・・。そういう不安で僕は一杯になった。僕は新座市が好きだから・・・何とかしなくては・・・そう思った。

合格!
そんな時に大学の合格発表が入ってきた。一番心配していた子からだった。その子は中学、高校とずっとクラスで最下位に近かったからだ。その合格の知らせ僕はまた少し泣いてしまった。彼は自分の力だけで、初めて門を開いたのだ。僕も高校生の時、学年でペケカラ6番。クラスで最下位だったことがあるから、彼の気持ちはよく分かる。自分にできるかどうか不安で、不安でどうしようもなかったはずだ。過去にそういう例はあまりないだろうから・・・・。太陽、帝京大学合格おめでとう!まだ本命が残っているから、もうひとふん張りだね。




2月8日 (火)  「たかやん議員日記」2005.第39弾!

「たかやん議員日記」2005.第39弾!  2月8日(火)

新座中
今日は新座中の研究授業にお邪魔した。受付で名前が無かったので、どうしようと思ったが無事入ることができた。2年生の英語の授業と理科の授業を見せてもらった。英語の先生は若くてエネルギッシュで子ども達との距離も近く感じた。授業が始まる前から教室に入っていたので、先生と子ども達との会話を楽しく聞かせてもらった。子ども達は前来たときよりも数段落ち着いていたように感じた。「こんにちは!」と笑顔つきの挨拶をしてくれる子がたくさんいたし、休み時間の子ども達同士の会話も可愛い会話が多かったのだ。いつもの「英会話」の授業ではなくて「英語」の授業だったが、先生は殆ど英語で子ども達に話しかけていたのが印象的だった。「現在完了」は子ども達が躓くところだが、黒板を上手に使って、イメージで教えていたので分かり易かったと思う。
理科の授業はちょっと驚いた。飽和水蒸気量と露天は子ども達にはとても難しいところだ。今日は「雲を作る」という実験だったのだが・・・・フラスコ内の温度を測るデジタルの温度計が1本しかなかった。折角の実験なのだから、あれは各班に1本ずつ欲しいと思った。そしてもう一つ驚いたのは、先生が「まとめ」をしなかったこと。何か意図があったのだろうが、子ども達の意見を聞いてみたかった気もする。子ども達はレポートになかなかいい意見を書いていたから、次の授業が見られなくて残念だ。
新座中には高校時代の同級生もいるし、知っている先生がたくさんいる。毎年少しずつ雰囲気が良くなってきていると感じているのは僕だけではないだろう。帰り際、僕の前を歩いていた男の子が「ねえ、お坊さんみたいな人いたよね。」と友達と話していた。その友達が僕に気付いて、その子もまずい!という顔をしたのだが・・・・僕がその子達の脇を通ると「さようなら!」とみんなが笑顔で言ってくれた。勿論僕も大きな声で「さようなら!」と言った。ちょっとしたことだけど、僕はとても嬉しかった。

北朝鮮
明日はいよいよワールドカップ最終予選がある。相手が北朝鮮だということで過剰になっている雰囲気もあるが、戦争をする訳ではないのだからサッカーをみんなで楽しんでもらいたい。大体北朝鮮だから何でも悪いというのはおかしい。金正日はいかれているが、日本にだっていかれている奴はたくさんいるのだ。人間をその人の国で判断する奴は馬鹿だ。人は人そのもので判断しなくては・・・・。世界に人種は1種類。ホモ・サピエンスだけなのだから・・・・。明日の予想は日本の2−0。楽しみ、楽しみ。


2月9日 (水)  「たかやん議員日記」2005.第40弾!

「たかやん議員日記」2005.第40弾!  2月9日(水)


今日は朝の8時過ぎから武蔵パーテーションの煙に悩まされた。物凄い白い煙が風に乗り、僕達のマンションを襲ってきたのだ。臭くてベランダには出られないし、勿論窓も開けられない。朝ごはんを食べるどころではなかった。いつもなら焼却炉を付けたあとしばらく煙がでて、後はおあさまるのだが、今日は違った。僕が市役所から帰って来たお昼どきにもまだ煙がもうもうと立ち込めていたのだ。余にもひどい匂いで頭が痛くなってきたので、僕は市役所に電話して調べてもらった。そうしたらやはり「一度にたくさん入れて、焼却炉の温度が下がったらしい。」ということだった。前から何度も「風向きには注意して欲しい。」と申し入れていたのだが、どうも住民のことはどうでもいいらしい。住宅の真ん中に焼却炉・・・・紙類しか燃やしてないというが、煙の匂いはかなりひどい。あれだけ気持ちが悪くなるのだから、頭が痛くなる成分が含まれているのだろう。せめて、朝食時や昼食時は避けるとか、風向きを考えるとか・・・そういう常識的なことができないものだろうか。

合格発表
8時40分過ぎから電話が鳴り始めた。「合格しました!」という報告だった。今日は県立高校前期入試の合格発表日。合格して、泣いて・・・・・不合格で泣いて・・・中3に取ってはそういう一日だった。中学校の3年生の担任はみんなドキドキした一日だったと思う。
僕は合格発表の日が好きだ。ドキドキするのが好きだ。

団会議
今日は会派の団会議があった。3月議会の議案や予算について、みんなで色々と語った。志木市から市議会議員の人が傍聴に来て、面白い雰囲気での団会議だった。団会議の始まりは10時、そして終わりは12時。僕らはそれが終わってからも1時まで色々と語っていた。

サッカー
北朝鮮は強かった。僕が予想していた以上に強かった。だけど日本はそれよりもうちょっと強かった。結果は2−1。こういう試合は面白い。スリルのある試合が面白いのだ。最終予選は日本と北朝鮮を応援しようと思う。日本語を話す選手がいるのだから・・・・。




2月10日 (木)  「たかやん議員日記」2005.第41弾!

「たかやん議員日記」2005.第41弾!  2月10日(木)

親友の誕生日
今日は僕の友達の誕生日だ。僕より4つ上の友達とは今から14年前に出会った。彼の名前は「島 至」。普段僕は「至君」とか「至」とか呼んでいる。至は僕にとって友達といういり兄貴に近い存在かも知れない。いつも穏やかで僕の全てを受け入れてくれ、それでいて時々“喝”も入れてくれる。そんな至が去年の今日本を出版した。僕は至の本を塾の授業で使ったのだが、何度読んでも心の栄養になる詩や言葉がそこにはある。

本の題名は“窓ガラスが鏡に変わるとき”。その中の一節を紹介しよう。

あなたが愛する人は・・・・

あなたが経営者なら
あなたのような人を採用したいと思うだろうか
あなたが上司なら
あなたのような人を部下に欲しいと思うだろうか
あなたが夫なら
あなたのような人を妻にしたいと思うだろうか
あなたが愛する人は
あなたのような人だろうか・・・・




「もっと金をくれ」と言って相手の財布の紐をきつくさせる
「俺は正当に評価をされてない」と言って評価を下げていく
「俺をもっと上手に使え」と言う人ほど使いづらい
人を悪く言った時、言われた人は悪く思われない
言っているあなたが悪く思われる
誰をも愛する人が 誰からも愛されるのである
自分の周りの人が皆いい人に見えてきた時
あなたはいい人になる
今 あなたは世の中という鏡の前で自分を映しているのです
もっと明るい顔をしてごらん
明るい世の中が見えてくるから

窓ガラスが鏡に変わる時

学生の頃、僕は一年ほど放浪の旅にでた。
ナホトカまで船で向かいシベリア鉄道の列車に飛び乗った。
ふとヨーロッパに行きたいと思ったからだ。
列車に揺られること七日、そこは雪解けのヘルシンキの街だった。
貧乏旅行のためポケットにはわずかな滞在分のお金しかない。
到着するとすぐにアルバイト探しにかかった。
ユースホステルの中間達に尋ねると、すぐ近くに柔道の道場があることを教えてくれた。
幸い僕は柔道部に属し二段の有段者。
しかもその頃ヨーロッパでは「柔道」が盛り上がりをみせていた。
中間達の「講道館の二段だったらすぐにコーチに雇ってくれるよ!」という声を背に
勇躍道場破りに出かけたのだった。
「失礼します!私は日本から柔道を広めるためにやってきました。もしよければこちらでコーチとして雇ってもらえませんでしょうか?」
突然の来訪者に目を白黒させる人々。
ならば腕試しを、ということで何人かの生徒と乱取りを行った。
腕には自信があるし、好きで得意なことをアルバイトとなれば気合の入り方も違う。
バッタバッタと投げ飛ばしていった。
すると次に奥から道場主が現れた。見上げるような体つきの人だった。
旅行疲れも重なり、今度はバッタバッタと投げ飛ばされた。
不思議なほど歯が立たない。何度挑戦しても簡単に投げ飛ばされた。
そのうちに目眩がしてきた。「こりゃもうだめだ!」
遠のいていく意識のなか「参りました!」と頭を下げ、
気がつくと道場を飛び出していた。
「挫折!」この言葉が頭の中を駆け巡った。息が苦しかった。太陽が白く見えた。
そして傷心のまま北へ向う汽車に飛び乗った。
車窓からただひたすら景色を見るともなしに眺めていた。
いったいどれだけの時間が過ぎたのだろうか。
いつしか夕焼けた空に一番星が輝いていた。
それでもひたすら外を見続けていた。
そしてある瞬間、窓に自分の顔が映っていることに気がついた。
そうか!
僕はいろいろな世界を見たい、いろいろな人に出会いたいと思って旅に出た。
だが実際は自分を見つめる旅にでていたのだ!
窓には他でもない自分自身の姿が鮮明に映し出されていた。
世界を知るということは自分自身を知るということなんだ!
自分に見えている世界というのは実は自分自身を映しているんだ!
ゆっくりと日が沈み、窓ガラスが鏡に変るとき僕のなかで静かな革命が起こった。


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