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8月21日 (土) 『一生懸命』幻のたかやん日記 第232弾! 2010.8.20(金) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第233弾! 2010.8.21(土) たかやん
ヒロベー 姪の弘美から僕の日記やホームページの中の“学校を辞めたいと思っている先生達へのメッセージ ”に感じるところがある。そういうメールがきた。(自分で書いた文章なのだが、改めて読んでみるとなるほどなあ・・・と、思うところもあったので、この日記で紹介してみようと思った。 学校を辞めたいと思っている先生達へのメッセージ 1. 他に本当にやりたいことがありますか? 結婚をするのにもエネルギーがいりますが、別れるのにはもっとエネルギーがいるものです。就職も同じで、新しい仕事をやることは大変ですが、辞めるのにそれ以上のエネルギーが必要です。その理由が「他の仕事をどうしてもやりたい」というプラスものであれば、僕は止めません。そういう理由であれば辞めたことに悔いを残す率も少ないものです。しかし、辞める理由が「今の職場を辞めたい」というマイナスの理由だとなかなか上手くはいきません。何故なら、簡単に上手くいく仕事など、どこを探してもないからです。嫌な管理職、嫌な同僚、嫌な親、そして嫌な生徒達・・・学校を辞める理由はいくらでもあるでしょうが、他の仕事についてもそれはみな同じなのです。“嫌な上司”“嫌な同僚”“嫌な取引先”“嫌な客”“思い通りにならない自然”探せばいくらでも出てきます。世の中はそんなものなのです。学校という社会しか知らない先生達に「社会」の話をしても分からないかも知れませんが・・・・・僕のアドバイスはこうです。 我慢すれば大抵のものは変わります。「嫌な管理職は3年もすればみんないなくなる」「嫌な同僚も3年もすれば異動していく」「嫌な親も嫌な生徒も3年で確実にいなくなる」そう石の上にも三年で、嫌なことは全てなくなります。僕はそのことに気づきませんでした。たった1年でも我慢できなかった。たった1年で病気になると思い込んでいた。そして辞めてしまったのです。だから我慢しなさい。馬鹿の言うことは“馬耳東風”で受け流す。存在そのものを気にしないようにする。子供たちに本気になっても、授業に本気になっても、嫌な奴のことには決して本気にならない。それが僕のアドバイスです。辞めると、4月の入学式のシーズンに涙がでてきます。6月のボーナスの時期には必ず後悔します。世の中は意外と厳しい。学校の先生って、思ったより楽な仕事なんです。馬鹿はどこにでもいます。馬鹿の為に自分の大切な人生を駄目にすることはありません。あなたは、先生になりたくて先生になった。だったら、嫌な奴のために辞めることはない。あなたに給料を払っているのは、嫌な奴ではないのです。あなたは十分な仕事をしている。だから給料を貰える。そう自分を肯定することで、今の心の状態からは抜け出せます。言いたいことを言いましょう。それで飛ばされたって先生ではいられます。飛ばされれば、確実に嫌な奴とはさよならできる。だからどんどん言いたいことを言えばいい。誰もあなたのことをくびにはできない。辞める理由がパワハラだったら、証拠を作って、相手を首にしてしまえばいい。大事なのは事実です。大事なのは記録です。これはどの世界でも通用します。だから、辞める前にもう一度考えましょう。他にやりたいことがあるのか。今の嫌な気持ちを何とか切り抜ける方法はないのか。石の上にも三年でいけないかどうか・・・。大切なのは、あなたと出会うことを待っている子供たちがいるということです。あなたはその子供たちのために先生になったのです。僕はあの時、そのことを忘れていました。一番大切なことを忘れていたのです。それでも僕には他にやりたいことがありました。その結果今の僕があります。今の人生そのものには後悔はしていません。でも、あの時一番大切なことを忘れていたことは事実です。“僕を待っている子供たちがいる”教師になったときには確かに感じていたことが、嫌なことから逃れたいという気持ちが余りにも強くて、感じられなくなっていたのです。塾での生活も、議員としての充実感も、そして家族とのゆとりのある時間にも、とても満足しています。きっと先生を続けているよりいい生活を送っています。それでもあの時、そのことに気づいていたら・・・そう思うのです。最後にもう一度、「他に本当にやりたいことがありますか」 * その1で言いたかったことは、「嫌な奴らの為に辞めないで欲しい」ということ。嫌な奴の為に、自分の人生を台無しにして欲しくないということ。僕の今の生活は、教員時代よりも間違いなく充実はしているけれど・・・それでも、中学校での子ども達との“縁”が途中で切れてしまったことには変わらない。勿論、新しい“縁”がそこいらじゅうで出来ているのだけれど・・・・。そして、それは「やりたいことがあった」から出来た“縁”だと思うのだ。だから、後悔はしていない。感謝はしているけれど・・・。そして、新座市の先生達は、途中で学校を辞めてほしくない。そう思っているのだ。子どもたちは僕らの宝だが、先生達もまた学校の“宝物”なのだ・・・。先生達が光って、はじめて子どもたちが輝き始める。学校はそういう場所だ。
今日の写真 我が家のマシーンです。ガット張り気を最初に買ったのは、五中時代。ヨネックスの中古のガット張り機(15万くらい?)をテニス部で買いました。それくらい子どもたちがガットを切るようになったからです。バネ式のお粗末なガット張り機でしたが、五中の子どもたちには有難いものでした。六中時代に2台目を買いました。定価が96万もする外国製のものでした・・・・。だけど、十分元を取るだけの活躍をしてくれました。そしてこれが3台目です。機能は驚くほど進歩しています。この数十年の進化には感動を覚える程です。やっぱり僕はテニス馬鹿なんですねえ・・・・。気胸が治ったら、日本一を目指します!
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8月23日 (月) 『一生懸命』幻のたかやん日記 第235弾! 2010.8.23(月) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第235弾! 2010.8.23(月) たかやん
校長 某中学校の校長に採用されることになった。所謂、民間採用である。学校現場に戻る夢がかないそうだ。でも、市議会はどうするの・・・困ったことになってしまった。9月議会はもう直ぐスタートする・・・校長になるのは来年の4月。それまでは議会で頑張ればいいか・・・。そんな悩みを教え子達にしていたら・・・目が覚めた。最近の夢はおかしな夢ばかり。色気のある夢の方がいいのに・・・滅多に見なくなったかも・・。
説明不足 昨日の日記の「説明会」って何の説明会だったの?と、教え子に聞かれた。なるほど、説明不足。昨日の説明会は「保谷・朝霞線の説明会」。都市計画道路の「保谷・朝霞線が今、どういうことになっているのか。27mでやるのか、20mになるのか。産業道路より先はどうなるのか。いったいいつ頃認可されるのか・・・」そういったことが市から住民に説明されたのだ。
3時 駅立ちの日はどうしても、早めに目が覚めてしまう。どんなに遅く寝ても起きてしまう。一種の職業病みたいなもかもしれない。3時は暗かった・・・4時半過ぎまで寝ることにした。
5時 お風呂に入って、着替えて、ゴミだしをして・・・バイクに跨る。自転車だと汗びっしょりになりそうだった、ので、今朝はバイク。明日の東久留米も多分バイクで行くことになりそうだ。バイクだと汗をかかない。風が気持ちよく吹いていく。
5時55分 予定通り北口に立った。夏休みとはいっても、通勤の人の顔は通常とほぼ同じ。勿論、お休みの人もいましたが・・・。
赤ジャージ 「もしかして、たかむら先生ですか?」と声を掛けられた。「うん」「僕、六中だったんです!」「何ジャージだった?」「赤です」「赤・・・」「伊藤慎吾たちの代です」「おう、名前は」「きくちです」ひばりヶ丘の駅立ちは本当に楽しい。時々、こういう教え子達に会える体。きくち君は僕の学年ではなかったけれど、僕のことを覚えてくれていたのだ。
8時55分 今日は丸まる3立ってみた。いつもは8時30分で終わるのだが、何となく立っていたくなったのだ。
東久留米 明日は東久留米。その結果によっては新座と志木はまた行けない。チラシがどんどん無くなっていくのだ。かといって、これ以上印刷するとなると・・・お金が持たない訳で・・・。よしのり君がバイトをした意味がわかるのである。
今日の写真1 朝のひばりヶ丘の僕です。Iphone4で撮りました。近いのでおかしな顔してますね。
今日の写真2 いなげやで、六中テニス部の弘子に会いました。話が盛り上がって、かなり長い間話しました。弘子のお腹の中にはもう一人。元気で生まれてくるんだよ!と、弘子のお腹も頭も撫でました。弘子は関東優勝、全国3位の時のメンバーでした。
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8月26日 (木) 『一生懸命』幻のたかやん日記 第238弾! 2010.8.26(木) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第238弾! 2010.8.26(木) たかやん
13歳 昨日、陵平と央侑君のことを書いた。13歳で絶望し、死を選んだ少年達のことを書いた。僕はいつも思うのだ。陵平が亮だったら・・・央侑が空だったら・・・と。そして胸が苦しくなって、どうしようもなくなるのだ。陵平の両親と、央侑の両親はどういう思いで生きてきたのだろう。きっと、僕が父さんを失った時の、何十倍もの苦しさを味わって、生きてきたのだと思う。そして、それはきっと、これからも続くのだ。苦しみが無くなったのではなく、苦しみに慣れたから生きていける・・・二人の両親を知る僕にはそう思えてしょうがないのだ。唯一、救いがあるとしたら・・・それは、もう二度と同じ過ちを学校が繰り返さないということだ。先生達が二度と同じ過ちを繰り返さないということだ。それには、自分達の過ちを認めるところからスタートしなくてはいけない訳で・・・それができていないから・・また、同じことが繰り返されるのである。大人は13歳の少年の命の尊さを考えよう。13歳の少年達のガラスの心に優しくなりたいものだ。
通告 11時55分。通告を議会事務局に提出した。僕の一般質問は最終日の最後に決まった。ここで少し内容を紹介しておこう。
教育問題1 大阪の池田小学校事件から10年近くが過ぎようとしていますが、市内小学校の外部からの侵入者に対する安全対策は十分でしょうか。特に職員室が2階にあり、1階に普通教室のある学校は注意を払う必要があると思いますが、市教委は具体的にどういう対策をたてていますか。 (資料要求 市内小中学校の各階見取り図。1階に普通教室のある学校と、そうでない学校を分ける。)
教育問題2 学校をよくしていくには先生たちの待遇をよくしていくことが大事です。そういう意味でも市内の先生方から駐車料金を徴収することは止めなくてはいけないと考えます。また新座市独自の教育を推し進める為に採用された、市採用の先生方の待遇も改善すべきです。職員トイレに温水暖房便座を設置することとあわせて市と教育委員会の見解を伺います。(資料要求 市内小中学校において、正規雇用と非正規雇用の先生方の割合。県採用と市採用の先生方の割合。市採用の教員と県採用の教員の待遇の違いが分かるもの。)
今日の写真1 抜糸の前の最後のテニスです。写っているメンバーは一人を除いて、全員五中の卒業生です。五中時代の僕は、それは、それは怖い顧問でした。六中時代のようにコートで子どもたちの名前を呼ぶことはありませんでした。上下関係にうるさく、上級生に挨拶しなかっただけで、「走って来い!」と、言うような顧問でした。この中で引っ叩かれなかったのは、右から3番目の人だけ・・・そう、我が家のカレーだけです。当時の鬼顧問は我が家では“福神漬け”か“ラッキョ”程度になってしまいました。少し、寂しいですがこれも人生です。ラッキョの眼鏡は100円ショップで買ったものです。テニスの試合では十分に使えるのだから笑えます。そうは見えないでしょう?
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