Diary 2004. 7
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7月11日 (日)  「たかやん議員日記」2004.第117弾! 

「たかやん議員日記」2004.第117弾!  7月11日(日)

テニスとサッカー
久しぶりにテニスをした。時間があっという間に過ぎていく。昔は五中や六中のコートで朝から晩までこういう時間を過ごしていたのだろう。テニスをしたあとはサッカー。女の子達がどんどん上手になっていくのが分かる。ヘディングシュートも平気で打つようになってきたのだ。今度生まれてきたら、テニス選手よりもサッカー選手を選ぶかも知れない。
気をつけているのは水分の補給だ。ペットボトルを2本は飲む。それでも足りないくらいだ。
子ども達のスポーツを応援したい。特に中学生の部活動を応援したい。学校に部活動を任せる時代は終わろうとしている。スポーツには専門的な技術も知識も必要だし、何と言っても情熱が一番必要なのだ。スポーツを愛し、子ども達を愛する人にかかわってもらいたいと思う。一部の先生の中には指導者として傑出した人もいる。それはそれで結構なことであるが、大半は素人だし、情熱もないのが現状である。
学校の先生にはもっともっと専門の授業に力を入れてもらいたい。生徒指導に明け暮れて、土日は部活動では先生も生徒もかわいそうである。授業のレベルを上げていくことで生徒指導の時間は減っていくと僕は思っている。


7月12日 (月)  「たかやん議員日記」2004.第118弾! 

「たかやん議員日記」2004.第118弾! 7月12日(月)

議会便りの原稿1
6月の議会での一般質問を読み返している。3月議会の一般質問でもそうだが、どうも真っ直ぐな回答がない。「学校は正しい。」「教育委員会に間違いはない。」ということが大前提になっているような回答ばかりなのである。
学校に間違いはたくさんある。教師集団にも間違いはたくさんある。教育委員会だって間違える。人間の集団なんだから当たり前だ。勿論子ども達にも間違いはある。
僕が今回言いたかったのは「こういうつまらないことで本気になってどうするの?」ということだ。ベランダで休み時間にお菓子を食べた。それがどうして本気で怒らなければいけないことなのだ。「こういうつまらないことでみんなで本気になってどうするの?」ということなのだ。こんなつまらないことにみんなで本気になっているから、学力は低下しても本気にはなれないし、いじめがあっても本気になって怒ることもしない。ようするに大事なことを見誤っているのではないかということを言いたいのだ。


7月13日 (火)  「たかやん議員日記」2004.第119弾! 

「たかやん議員日記」2004.第119弾!  7月13日(火)

議会便りの原稿2
教育長が言うように、悪い芽は小さいうちに摘まないといけない・・・・本当かもしれない。でもベランダでお菓子を休み時間に食べることがその芽だとは僕には思えない。いじめの兆候・・・これは悪い芽だし、本気で摘みに行く必要があるだろう。子どもの人権を無視するような芽、あの時の二中の教師集団のとった行動は悪い芽だから本気で摘まなければ、また起こってしまうだろう。ああいうどうでもいいことで、教師集団が本気になってしまうことこそ「危険」なのではないかと僕は思っているのだ。そういう「管理教育」の危険性は日本中で指摘されている。学校へ行かなければ死なずにすんだ子ども達がたくさんいるのだ。

議会でも発言したように、少なくても僕のいた時代の五中では「誉める時はみんなの前で、しかる時はなるべくみんなに分からないように・・・」と僕は先輩の先生に習った。そのやり方で子ども達は伸びていったのだ。学力だって県のトップクラスだったし、部活動もさかんだった。何故あの頃の五中のやり方を真似しないのだろう。
僕は五中の最後の卒業式の練習を忘れない。僕らはただの一度も怒らなかった。教師一人一人が子ども達に思いを伝え、歌を歌い、語り、そして泣いたのだ。卒業式の練習であれだけ泣いたのは他には余り記憶にない。卒業式本番では神さんの指揮で「校歌」と「ハレルヤ」が体育館中に響き渡った。

今、新座の学校であれだけの歌声で歌える学校があるだろうか。教師と生徒が一つになっている学校があるだろうか。「管理教育」では歌声は響かない。「管理教育」では学力は伸びない。「管理教育」では教師と生徒の信頼感は生まれない。だから「管理教育」ではスポーツの強さにも限界がある。僕はそう思う。


7月14日 (水)  「たかやん議員日記」2004.第120弾! 

「たかやん議員日記」2004.第120弾!  7月14日(水)

38歳の誕生日
今日は僕の後援会の応援団長の中島一早の38回目の誕生日である。普通教師が生徒の人生を変えていくものなのだが、僕は確実にこの男に人生を変えられている。彼が五中の二年生の時、僕は実に不真面目な男子軟式テニス部の顧問だった。練習にはほとんど行かないで、サッカーばかりやっていたのだ。僕は軟式テニスには興味が無かった。要するにやる気が無かったのである。それを完全に見抜いていたのが一早の世代の子達だった。彼らは2年生みんなで相談し、1年生には半ば強制で「硬式テニス部にすればきっと顧問は練習に来てくれるはずだ!」そういう結論に達した。そしてその通り実行してしまった。その当時の五中は「男子テニス部」という名前で生徒会に登録してあったので、別に軟式でも硬式でも誰からも文句を言われることはなかった。彼らはそれも見越して「男子テニス部」に硬式を導入したのである。僕はその単純な作戦に見事に引っ掛かり、テニスに燃えてしまった。石神井高校テニス部の物凄いトレーニングを中学生にやらせたのだ。勿論一緒にやったのだけれど、よくもまあ彼らはそれについてきたものである。翌年は男子テニス部に女子のマネージャーを8人入れ、男子と一緒に練習させてしまった。そして彼女達はテニスを始めて1年で全国大会に行ってしまったのだ。そのマネージャーの第一号が一早の妹の有紀である。彼女達は一早たちの初めての関東大会の応援に半袖ブルマーで西武線に乗り、池袋を堂々と歩くような子達だった。要するに恐いもの知らずだったのだ。松岡修造と手つなぎ鬼をしたのも彼女達である。
テニス部の歴史を書くと長くなるからやめておくが、とにかく僕は一早達の作戦にはまり忘れていたテニスを思い出してしまったのだ。そして燃えに燃えて、家庭が崩壊するほど燃えて・・・・今の僕がいるのだ。彼がいなかったら、僕は今新座のどこかで間違いなく教師を続けているだろう。もしかしたら教育委員会にいたりするかも知れない。そういう意味でも彼は僕の人生を変えたことは間違いないのである。そして僕は今、彼にとっても感謝している。僕の人生は彼のお陰でとてつもなく面白いものになったから・・・・。
一早。誕生日おめでとう!                      たかやん


7月15日 (木)  「たかやん議員日記」2004.第121弾! 

「たかやん議員日記」2004.第121弾!   7月15日(木)

修学旅行
「数年前、僕の友達のK先生が三中で林間学校の計画を子供達と一緒に立てました。旅行業者にお任せの最近の風潮に逆行したわけです。自分達で泊まるところを探し、バスを予約しました。そうしたらかかった費用がわずか3500円だったというのです。国民自然の家に泊まり、お風呂も食事もゆったり、自由時間もたっぷり・・・・そんなクラスごとの分泊の林間学校に子供達は勿論先生達も大満足したのです。当然子供達は自信を持ちます。大成功だった「林間学校」の次は「修学旅行」です。そんな先生と子ども達を親も応援します。計画はちゃくちゃくと進みました。ところが横槍が入ります。入れたのは「教育委員会」です。校長が呼ばれ注意をうけます。「三中だけが特別なことをやってもらっては困る。」とういのです。僕の友達も校長に呼ばれ・・・・親の抗議も受け入れらず、結局手作りの修学旅行は廃案になりました。「修学旅行を自分達の手で!」と約束した子供達に、K先生は涙の敗北宣言をします。学年集会でK先生は泣いて子ども達に謝りました。子ども達も大泣きです。親も泣きました。子ども達の表情を見ようとしない教育委員会がここにも存在しているわけです。
子どもと親に圧倒的に支持された有能な教師が、こうやって教育委員会や校長に教師として「不適各」の烙印を押されていくわけです。切符を買う手数料は11%。仮に一人10000円の切符だと一人当たり1100円の手数料を業者に払っていることになります。200人の学年だとすると、それだけで実に220000円。切符を買うだけで220000円。自分達で東京駅に買いにいけばただなのに。」

少し前にこういう文を書いた。今年も2年生の林間学校の季節がやってきた。多分数万円の積み立てをしての豪華な林間学校だろう。そばうち、グラススキー、パラグライダー、サイクリング・・・・。子ども達には企画する力もあれば、運営する力もある。その力を引き出すような先生がいなくなった。業者に計画を任せ、自分達では考えない。どこかの市の「英会話」と似てなくも無い。自分達でやれることは自分達でやった方が楽しいし、力もつくのに・・・。林間学校と修学旅行を合わせると、どれだけの負担を保護者はするのだろう。子ども達の為とはいえ辛いところだ。本当に子ども達の為になるかも疑問だし・・・。                             たかやん




7月16日 (金)  「たかやん議員日記」2004.第122弾!

「たかやん議員日記」2004.第122弾! 7月16日(金)

ここ街クラブ
僕は毎週金曜日が楽しみでしょうがない。「ここ街クラブ」の卵が届けられる日だからである。この「ここ街クラブ」の卵はホルモン剤とかを投与されていない鶏が産んだ、新鮮で安全でおいしい卵なのだ。スーパーで売っている卵はホルモン剤を投与されて無理やりたくさんの卵を産まされている卵だということを僕はついこの間まで知らなかった。しかも赤玉10個で230円。これはお得だ。「ここ街クラブ」には野菜もある。みんな無農薬とか減農薬有機栽培とかでしかも安いのだからたまらない。
連絡先は 048-478-6696 FAX048-478-6686 (田中)
毎週金曜日にかわいい顔をしたおじさんが届けれくれる。田中さんっていうおじさんだよ。


7月17日 (土)  「たかやん議員日記」2004.第123弾! 

「たかやん議員日記」2004.第123弾!  7月17日(土)

中学生日記
ひさしぶりにNHKの「中学生日記」を見た。今日の日記は中学生が脚本を書き、監督をした作品が2点放映された。僕は彼女達の才能に驚いた。勿論演技は素人で上手とは言えなかったが、あの脚本を中学生が書いたというとことに感動したのだ。子ども達にはそういう才能が隠れているのだ。下手をすると「教師」よりも遥かに高い才能を子ども達が持っているのだ。型にはめるのではなくて、才能を引き出す教育がこれから求められる教育なんだと僕は再確認した。今の日本の教育は「中古品の大量生産」と呼んだ人がいるが、当たってなくもない。未来の日本を救うのは自衛隊でもアメリカでもない。日本の「教育」なのだ。新しいことにどんどん挑戦して、失敗したらまた考えて挑戦して・・・・他の国からもどんどん学んでいかないと世界に置いてけぼりを食ってしまうのだろう。


7月18日 (日)  「たかやん議員日記」2004.第124弾!

「たかやん議員日記」2004.第124弾!  7月18日(日)

子ども達の名前
自分でも驚くことだが、担任をしていると20年以上過ぎてもその子ども達の名前は忘れない。まあプロなんだから当たり前といえば当たり前のことなんだけど・・・・そういうプロ仲間の先輩からこんなメールが来たので紹介します。彼は今年の3月、定年退職した校長です。新座市にもこういう先生がたくさん増えて欲しいです。

7月17日(土)に、23年前に6年生を担任した子ども達が
私の退職を祝ってくれました。

当日、我が家に教え子のT君が車で迎えに来てくれました。
10分ほど早く会場に着くと、すでに数名の教え子が来ていました。
教え子の顔を見ると、とっさに名前が出てくるのが不思議でした。
挨拶にやって来た教え子が名乗る前に、私が「○○さんでしょう。」と
声をかけると、とても喜んでいました。

誰かが持ってきた卒業アルバムがあったので、広げてみると最後に
全員の集合写真がありました。
このアルバムは業者に頼まず。。。6年生と1年かけて作成した
思い出のアルバムです。(私はこのアルバムを持っていません。)
アルバムの中の懐かしい顔々。。。そして、この会場に集まった顔々。。。
どこか雰囲気が残っているものです。
中には、アルバムの中から飛び出てきたように変わらぬ顔がありました。
一般に女子の変化が大きいです。
男子は見てすぐ名前が出ましたが。。。女子はしばらくしないと名前が出て
こない人もいました。

当時の6年生も36歳になり、立派になっていました。
何の因縁か。。。当時、6年生を担任していた私も36歳でした。

結婚した人は、男子も女子も皆ほとんど子どもを持ち、
家庭を築いていました。
女子は実家や旦那に子どもを預けてきたようです。
子どもを預かる旦那から子どもに泣かれてSOSが
携帯に入ったりして、その対策を教えているお母さんもいます。

当時の瑞穂第三小の教育が大変特殊だったことが話題にあがりました。
また、教え子達がそれを誇りにしていることも感じました。
そして、話はとうとう、瑞穂三小のような学校が今もあったら、
自分の子どもを入学させたいということになりました。
国語が大好きだったという話、今でも鉄棒の逆上がりが出来ると言う話、
みんなでよく走ったという話には。。。思わず「そうそう。」と声が出ました。
合唱をつくったこと。。。ハレルヤ、モルダウの流れ、美しきあおきドナウ。。。
表現。。。利根川、子どもの四季、カタクリの花。。。勉強が終わると
夕方の6時、7時だったことも話題にあがりました。
中には、うちの旦那が出来ない倒立をやったら、子どもも旦那もびっくりなんて
話には、みんなドッと笑いました。

当時、6年生は2クラスでしたが、どういう訳か、この2クラスの
子ども達が大変仲が良かったことも話題にあがりました。
そう言えば、今日の23名の中に、私の教え子ではない隣のクラスの人が
2人も混じっているのでした。。。何の違和感もなく。。。
私がその二人の名前までも当てたことが当時のクラスの関係をよく
現していると思います。
また、教え子の中の半分ほどが4年、5年、6年と3ヶ年も担任をした
子ども達だったのです。

夜7時に始まった会もあっと言う間に夜10時を過ぎました。
お店の方に、集合写真を撮ってもらい。。再会を約束して
2次会へ流れました。


7月19日 (月)  「たかやん議員日記」2004.第125弾!

「たかやん議員日記」2004.第125弾!  7月19日(月)

所見
明日は終業式。担任をしている先生たちは通知表の所見に大忙しだっただろう。何故なら僕が教員だった時より、所見の量が3倍に増えているからだ。「総合学習」での所見と「英会話」での所見である。
「総合学習」・・・みんな苦労していると思う。僕のようにこういうことが好きな人はいいかも知れないが・・・誰だって上から押し付けられたらやる気はでないだろう。それは生徒も教師も同じだと思う。どうも机の上だけで考えた「学習」のような気がしてならない。
それに加えての「英会話」の所見は辛いところだ。小学校の担任は子ども達と一緒に「マツカフォニックス」のビデオやDVDを見て踊ってきたはずだ。一緒に楽しく英語を学ぼうとして・・・・それが所見を書くとなると・・・観察しながら踊らなくてはいけないのだから大変だ。

小学校の「英会話」の辛い話はまだある。市内の先生たちと話をしてみると、共通していることがある。それは低学年は楽しそうに躍っていいけれど、高学年になるとガラッと変わって白けてしまっているというのだ。「同じビデオを6年間も見るかと思うとゾッとする。」とか「インプットの時間に子ども達の楽しみにしている休み時間が奪われてしまって可愛そうだ。」とか「絵がひどい。何の絵だか分からない。」という声が多いのだ。

たくさんのAET達が「マツカフォニックス」のプログラムには疑問を感じていると僕は聞いている。高学年になればなるほど今のシステムでは無理があるというのだ。彼らは彼らなりにノウハウを持っている。世界中のいろんな国で英会話を教えてきた人もいるのだ。教育委員会は何故その声を無視するのだろう。
新座の学校の英会話の授業を教育委員会にまかせてはいけない。もっともっと普段の授業をみんなで見に行かないといけない。このプログラムには莫大な市民の税金が使われているのだ。それをチェックするのが僕ら「議員」の仕事なのだ。

9年待ってから「効果がありませんでした。」では取り返しがつかないのだ。新座の子ども達と先生にとっては1年1年が大切なのである。1年本気でやって効果が無かったら9年やっても同じだろう。少なくても新座市の頭脳を集合させて自分達で「英会話」のプログラムを考える方向にいかないといけないと思う。沖縄の宜野湾市はそれで成功しているのだから、新座市に出来ないわけがない。新座市には優秀な英語の教師と優秀なAETがいるのだ。そして可能性に溢れる子ども達がいるのだから・・・・・。


7月20日 (火)  「たかやん議員日記」2004.第126弾! 

「たかやん議員日記」2004.第126弾!  7月20日(火)

学校教育だより
新座市教育委員会発行の「学校教育だより」を読んだ。『規則は人の為ならず』という題だった。中欧の国の地下鉄を例にして、最後はこういう風にまとめられている。

「規則を守るということは人のためにも自分のためにもなるという自覚をもつ教育をもう一度お互いにさらに力を入れ、無改札の国になるような教育の徹底をはかりたい。それはまた人と人との信頼関係を高めることとなり、世界の国々からの信頼度が高まる一因にもなります。「情けは人のためならず。」(情を人にかけておけばめぐりめぐって自分にもよい報いがくる)という言葉がありますが、「規則は人のためならず」とおきかえておきましょうか。これも教育の原点です。

これも教育の原点である。そういい切れるところを僕は心配しているのだ。不正乗車をする、しないはマナーの問題だし、地下鉄に乗るのにお金を払うことは誰もが納得していることなのだ。それと学校の「規則」とは全然別の問題なのだ。
学校の規則には子ども達が納得できないものが多すぎるのだ。例えば五中の校則の中に女子の髪は肩まで届いた場合は、結ぶか編む。華美な髪飾りはつけない。とある。何故女子の髪は肩に届いたら結ばなくてはいけないのだ。編まなくてはいけないのだ。
通学バックは学校所定のバックを使用する。バックに荷物が入りきらない場合はサブバックを使用してよい。とある。何故お母さんの作った手製のバックで学校へ行ってはいけないのだ。学習に関係のないものは持ってこない。とある。休み時間に将棋や剣玉に夢中になって何がいけないのだ。六中の校則には登下校時の靴は運動靴とするとある。何故革靴で登校してはいけないのだ。
誰が決めたのだ?いつどうやって?こういう一方的に決められた「規則」を『規則は人のためならず。』と平気でいっているのが新座の教育委員会なのだ。こんなことが「教育の原点」・・・・悲しくなってくる。本気でそう思うなら教育委員会の先生方もその「教育の原点」とやらに戻って、髪が肩に届いたら結んでみることだ。運動靴で登庁することだ。所定のバックで登庁することだ。「教育」に関係ないものは所持しないことだ。勿論先生方はみんな「禁煙」になるんだろうなあ・・・・。煙草は教育に絶対必要ないもの・・・。本気で原点とかいうのであればそれくらいのことをやって子ども達のよいお手本になって欲しい。                             たかやん






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