Diary 2020. 10
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10月1日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第275弾!2020年10月1日(木)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第275弾!2020年10月1日(木)  たかやん

朝勉
今朝も5時過ぎに起きて、高3の娘のラインを待つ。5時に起きたいと言っていたのだ・・・そして、ラインは来た。受験生にとって早起きは辛いけれど、一緒に起きる人がいると大丈夫なのである。まあ駅立ちの時は3時半、4時が当たり前だから・・・5時というのは僕にとってはゆっくりな訳で・・・・そろそろ、リセットしないといけないかも・・・・

五中
今朝も五中に行った。五中の門は全て解放されていた。学校はそうじゃなくっちゃね。いつでも誰でも温かく迎え入れる学校、地域に解放された学校っていいよねえ。勿論、我が母校は僕のことも温かく迎えてくれた訳で・・・

朝霞
久しぶりに朝霞の兄のところに行った。暫く顔を見ていなかったのだ。先月誕生日で69歳になったらしい・・・お互いに「いい爺さん」になったものである。

家庭訪問
兄貴のところの帰りに、家庭訪問。そして、家庭訪問の後はテニス。壁打ちをしていると、ナベさんに声を掛けられて・・・二人で練習をしていると、井上さん、小熊さんが来て・・・ダブルスを1セット。僕とナベさんの「爺さんチーム」が若い二人を6−5の大接戦の末、破ったのだった。


夜は塾。中三の娘と息子、そして高1の娘との集団塾。「書く」ことよりも「読む」ことの重要性を体感してもらったのだった。「ねえ、ユダヤ人の有名な女の子の名前誰だっけ?」
『アンネのこと?』「ああ、それ」「それって赤毛のアンのこと?」『お前、何言っちゃってんの?アンネ・フランク知らないのか?』「誰それ・・・・」『もう、本当に百丸ウンコだなあ・・・』「でた!・・・百丸ウンコ」『で、1500m何分だったっけ?』「6分5秒・・・」『男が1500で6分超えるって、相当だぜ・・・』「あたし1000m、4分22秒」『で、みーは?』「1000mが3分18秒で1500mが4分53秒・・・・」「嘘・・・」『流石だねえ。で、お前達50Ⅿは?』「7秒49」「7秒75」『俺は6秒4くらいだったかな・・・普通だよ。100mは11秒ちょっとだったね。』「たかやんてさ、出来ない子とないの?何かムカつく・・・」
『俺は体育と音楽だけはずっと5だったんだ。だから、ごめん!体育と音楽で5を取れない子の気持ち・・・わからなーい!!』「糞−っ!」『ごめんねえ、糞で・・・』「もう・・・・」
「ねえ、石原さとみが結婚したの知ってる?」『全く興味ないね。』「嘘・・・」『石原さとみだったら、お前たちの方が数倍可愛い・・・新垣と綾瀬だったら、ちょっとねえだけど・・・・』「石原さとみだよ!」『何の魅力も感じない・・・・もう断然、お前達の方が可愛い。』「どういう基準なのよ。」『何を言われても、魅力を感じないんだからしょうがないだろうよ。』と、塾が終わってからの会話が今日は面白かった訳で・・・・

ジム18
塾が終わるとジム。ランニングが終わると、声が掛かって・・・振り返ると愛子(五中10期生)が笑ってた。そこから愛子と一緒にトレーニング。「なおさん」という友達も出来て・・・色々と教えて貰いながら11時過ぎまで頑張ったのだった。これで18日間連続でジムに来ている。体がどう変わっていくか・・・楽しみである。

陰湿な政権
嘘つき政権が終わったと思ったら、ぞっとするような陰湿な政権がはじまってしまった。「学術会議のメンバー」の任命を拒否したというのだ。安倍晋三は自分のお友達を優遇したが、菅義偉は自分が気に入らない人物を拒否するという首相だと言うことを国民に宣言したということだ。普通なら、最初は笑顔を振りまいて、少しは本音を抑えておくものだが、「内閣人事局」で官僚に恐怖政治をした成功体験が「学術会議」でも通用すると思いあがらせたのだろう。官僚は「人事」でコントロールできるだろうが、国民の感情はコントロールできない。「陰湿」な首相は「嘘つき」よりも、嫌われるのである。

教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第921弾!   職員室

学校によって、職員室の空気が違います。「職人」にはその空気だけで、いい学校かどうかが分かります。五中時代、僕は職員室の雰囲気が大好きでしたが、それでも職員室にいることは少なかったように思います。教室から職員室に戻る時間が惜しかったのです。休み時間は「アンテナ」を立てる時間です。子ども達の会話に耳を澄ませていると、色んな情報が入ってきます。誰と誰が付き合っているとか・・・誰かが虐められているとか・・・何中の子がヤバいとか・・・○○先生の授業が酷いとか、その逆も分かります。職員室にいると、教師同士の情報しか入って来ません。教師にとって都合の悪い情報は入って来ないのです。
教師同士の情報は「学年会議」や「職員会議」があるのですから、休み時間には要らない情報です。五中時代、穴沢先生という理科の先生が五中に来ました。穴さんは三中から異動してきたのですが・・・それまでの五中の「理科準備室」の概念を変えてくれました。
 兎に角、「楽しい空間」にしてくれたのです。僕らは勿論、子ども達もくつろげる・・・そんな空間を僕は穴さんと二人で目指しました。それまでも、それなりに「いい空間」だとは思っていたのですが・・・穴さんのレベルは想像を超えていました。「職員室」は1階にありますが、「理科準備室」は2階にありましたので、教室からの距離が近い訳です。授業の準備がありますから、ずっと教室という訳にはいきません。そこで、「理科準備室」が我々の基地になりました。理科準備室には授業に必要なものが全て揃っていました。勿論、僕の場合はギターが必要でしたので、アコースティックが1本置いてありました。職員室に「たかやーん!」と入ってくると、「なんだ、その呼び方は!」と怒る教師がいましたので・・・そういう点でも「理科準備室」は自由でした。「穴ちゃん!」「たかやーん!」子ども達は自由に入ってきました。子ども達は「教室」では話せないことを「理科準備室」では沢山話してくれたのです。
 勉強の悩みは勿論、友達の悩み、家族の悩み、恋の悩み、そして人生の悩み・・・色んなことを語ってくれました。その極秘情報は「職員室」では絶対に聞けない情報だったのです。
 「理科準備室」は同時に「先生方」の保健室にもなりました。校長・教頭などによるパワハラや時にセクハラの「相談」が出来る場所でもあったのです。
 心を病んで、「辞めていく」先生達が後を絶ちませんが、「理科準備室」はそういう先生達にとっては「駆け込み寺」のような場所だったのかも知れません。
 職員室にずっと居るような教師にならないでください。どうしたら子ども達と同じ言葉を話せるか、どうしたら、若い先生達や経験のない先生、臨採の先生達の本音を聞けるか、それぞれの学校で工夫してみてください。職員室で胡坐をかいていてはいけない・・・ということです。なかなか職員室に戻って来ない先生こそが、「本物」の可能性が高いということです。校長も同じですよ・・・・。校長室に引きこもってないで、職員室の空気を感じたり、普段職員室に居ない先生の様子を見に、校内を回ることです。校内を回れば、普段の子ども達の姿も見えてきます。普段の授業の様子もね・・・・監視するのではなく、優しい目で見まわることが大事です。名ばかり校長にならないでくださいね。全校生徒の名前を全部覚えて、授業や休み時間の様子を肌で感じられて、初めてあなたは校長になれるのですから。

 
今日の写真1
僕とダブルスをやってくれたメンバーです。右からナベさん、小熊さん、井上さんです。

今日の写真2
5時半の夕飯はこんな感じでした。炭水化物、最近は食べています。空の残り物のことが多いですが・・・

今日の写真3
夜のジムで友達になった「なおさん」(真ん中)と五中10期生の愛子です。まあ、愛子の喋ること、喋ること・・・時間があっという間に過ぎて行きました。

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月2日 (金)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第276弾!2020年10月2日(金)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第276弾!2020年10月2日(金)  たかやん

朝勉
今朝も5時過ぎに高3の娘から「起きたよーっ!」とLINEがあった。学年トップの娘もそれなりのプレッシャーがあるのだろう。いや、学年トップだからこそのプレッシャーかも知れない。一緒に5時過ぎに起きることしか出来ないが・・・娘の心の支えになればと思うのである。

恐怖政治
日本学塾会議の任命拒否が新聞の1面に掲載されている。当たり前だ・・・世界を見渡すと「習近平」「金正恩」「トランプ」「プーチン」危険な男たちが「恐怖政治」を行っているが・・・・負けじと「恐怖政治」をやろうとしているのが菅義偉で、その中で最も陰湿なのが「菅義偉」だと感じるのは僕だけだろうか。「安保関連法」に反対した言論人がその対象になったということは、それだけ「安保関連法」に反対されると政府にとって「都合が悪かった」ということである。本当のことを「国民に知られては困る」ということだ。苦労人が聞いて呆れる。豪農の長男で、「農協嫌いの父」の影響で「農協潰し」に躍起になった男である。そして「経済の知識に乏しい」のは安倍晋三と同じ。メディアに騙されてはいけないのである。

テニス
お昼からはテニス。壁打ちをしていると、根津ッちと目が合って・・・二人で練習をはじめる。隣のコートでは健ちゃんと小田切君が激しい練習をしていたので、僕らも負けじと声を出して打ったのだった。そこに、僕らより若い二人が登場して・・・浅川・大野VS根津・高邑という若手VSジジイというダブルスになって・・・ジジイペアは若手ペアを6−2で粉砕したのだった。だはははは。その後も星田さんとマシーンを使って練習して・・・・汗びっしょりになったのだった。


夜は塾。中三の娘と息子達との塾。「英語の教科書の音読」でスタート。勿論、ストップウォッチを使っての音読である。どんどん速く読めるようになる子ども達。そして、内容も理解できるようになっていくから面白い訳で・・・みんな「音読の魔法」にかかってきたぞ・・・。手作りの化学式カードもなかなか好評である。脳が楽しく感じれば、「鬼に金棒」である。
後半は高2の娘との塾。中学時代に受けた「虐めによる不登校」の心の傷は深い。その傷を治しながら、学習の遅れを取り戻すのが僕の仕事である。同級生や上級生、そして担任や顧問から受けた「言葉」「態度」を知っている僕は、心の傷が癒えてない娘に「頑張れ!」「心の問題だ!」とだけは言えない。『大丈夫だよ。』『少しずつ力をつけて行こうぜ。』と言いながら、一緒に考えるのである。娘が独りでも生きていけるように・・・・娘が大好きなお母さんが笑顔になるように・・・・。

ジム19
塾が終わるとジム。娘を家に送ってからのジムだったので、終わったのは0時半を過ぎていた。「継続は力なり」である。多少、疲れていても気合で走る。筋トレも続けている内に何とかなりそうな気がしてきた訳で・・・幸せ、幸せ。                                 

教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第921弾!   職員室2

 子ども達にとって職員室という空間は「入りやすい場所」でなければなりません。昔の五中の職員室はどこのドアからも生徒が気楽に入って来られるような職員室でした。「失礼します!」と言わなくても、自分のクラスや名前を言わなくても怒る先生は殆どいませんでした。それが、いつの頃からか、それは多分六中だったと思いますが・・・「生徒は後ろのドアから入ること」と教務主任や教頭がいる方のドアからは入るな!と暗に「校、校長教頭や教務は偉い」「仕事の邪魔をするな」と言う人が登場して・・・・生徒が入り辛い部屋にしてしまったのです。僕はあほくさくなって、理科準備室に避難しましたが・・・・。
 しかも、その時に言わなくてはならない言葉(自分の名前やクラス、用事のある先生の名前など)を決めている職員室もありますから、子ども達にとって「職員室がどんどん入りづらい空間」になっているのです。
 要するに「ここは偉い先生達がいる場所だから、敬意を払うのが当たり前です。」と自分達を偉く見せている訳です。子ども達に入室のマナーを本気で教えたいのなら、授業の時に「失礼します」と自分が教室に入っていけばいい。そして、拙い授業を聴いて頂いて「ありがとうございました」と子ども達に言って出ていけばいいんです。
そもそも教師が自分を偉そうに見せてはいけません。偉くなんかないんですから・・・・「おはよう!」と入っていき、「ざーす!」と子ども達も応える。それでいいんです。いやいや、それじゃあ立派な社会人になれないだろう・・・本気でそう思うのなら、自分がお手本になってやればいい。「やらせる」のは本物ではありません。最近、全国各地で流行っている「無言清掃」も同じです。本当にその意味を知っている先生は「自分も無言でやる」筈です。鬼の形相で「無言」で掃除をしているかどうかを「監督」しているような学校は、残念ながら「無言清掃」の本当の意味を理解できていません。掃除の楽しさを知った子達は、家や地域に戻っても、掃除をするでしょう。「内申」の為に掃除をするような子を育ててはいけないのです。本当の掃除の意味を教えるのが教師の仕事ですよ。おっと、また脱線してしまいました。子ども達にとって「いい職員室」を作ってくださいね。

今日の写真1
やはり上手な人達と練習をすると、テンションが上がります。右端の健ちゃんに『その頭校則違反だぜ・・・』というと「え、何で、何で・・・涼しくていいのに。」『そういう刈り上げもツーブロックって言って駄目なんだよ。』「えーっ!」ってな感じで、小田切さんと根津さんと大笑い。僕のラケットのガットの色、見て下さい。ピンクです。『これはもう完全に校則違反だよねえ・・・』

今日の写真2
英語会話の9月号を持って行き、ランニングしながら「暗誦」していました。多分、全国のジムの中で「英会話」のテキストを暗誦しながら走っている人は僕しかいないと思います。

今日の写真3
腹筋にも色々あるんですね。これ、結構きついです。でも、テニスに効きそうなので・・・

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月3日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第277弾!2020年10月3日(土)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第277弾!2020年10月3日(土)  たかやん

朝勉
今朝は時6過ぎに高3の娘から「寝坊したーっ!」とLINEがあった。どうやら、昨夜なかなか眠れなかったらしい。「どうやったら眠れる?」と来たから、『英単語聴きながら寝ると・・・直ぐに眠れるよ。』「やってみるーっ!」と返事が来たのだった。

胃カメラ
10時から大泉で胃カメラ。高橋消化器科内科クリニックの高橋先生は本当に素敵な先生だ。この先生になら空を任せて大丈夫・・・・そう思った。ところが空はちょっと麻酔が効きすぎたらしく・・・暫くフラフラ。半日寝ていたのだった。高橋先生の説明では、胃の中も食道も綺麗で問題ありません。ということだったので、よかった、よかった。PCRも陰性だったし、安心してカナダに飛び立って欲しい。(早く学生ビザ発行してくれーっ!)

完敗
3時過ぎにテニスコートへ。アップもせずに試合に入る。相手はやっちゃんと香田さん。僕らより一回り上の先輩チーム。僕のパートナーは哲ちゃん。こりゃあ負ける訳ないぞ・・・そう思ってやったのだが・・・3−6、3−6で完敗してしまった。とほほほほ。爺さんチームの相手はスーパー爺さんチームだったのだ。

ジム20
テニスで汗をかいたので・・・そのままジムへ。ランニングの後、筋トレをしていると・・・外から手を振る女性が・・・(え?俺?マスクしてるから誰だか分からない・・・)よく見ると、五中4期生の弘子だった。(何で弘子がいるの?)(中に弘太郎がいるの)(えーっ!)そして、よく見ると・・・本当に弘太郎がいた訳で・・・もう、びっくり!どれだけ教え子達がいるジムなのよ・・・・

由樹と次郎
10時半頃、次郎から電話があった。どうやら由樹と一緒にいるらしい。五中の11期生と六中の10期生がジムで一緒にトレーニングをしているのだから不思議である。「たかやん来ないの?」と二人。『俺はもう行ったんだよ。』「残念・・」「分かった!」二人と一緒にやりたかったけど、弘子や弘太郎と会えたから、今日はよしとしよう。
                                
教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第922弾!   職員室3

 僕は土曜日の職員室が好きでした。五中の職員室です。お弁当を持ってくる先輩が多かったので、僕らもお弁当を持って行った記憶があります。そして、その弁当を「早弁」する奴も・・・・しかも、自分の弁当ではなく、先輩の弁当を食べてしまうのですから強者です。多くの先輩達が本田誠の犠牲になりました。まあ、「半分は残しておいた・・・」ようなのですが、先輩達も若かったですから、お腹が空いたんじゃあないでしょうか。教室でそんなことをやったら「大問題」でしょうが、五中の職員室はそれを笑う余裕がありました。「先輩達の弁当を食べる」という「遊び」はやがて、僕ら「新人」全体の遊びになっていったような気がします。そう、当時の新人の殆どが「先輩の弁当を食べる」遊びに参加したのです。特に狙われたのが「甲神嵒」「川島勝治」「木下保則」の三人の先輩でした。
「やられた!」「しょうがないなあ・・・」「もう・・・・」「油断も空きもあったもんじゃない」そりゃあそうです。最初は本田誠だけだったのに、それが五十嵐由和や鈴木満雄は勿論、小山亨や関重一郎や僕にも伝染していったのですから・・・敵は複数人いた訳です。どんなに隠しても、空き時間には職員室は手薄になります。僕ら新人はお弁当の在りかを探し出し・・・時に「一緒に喰うべ」と共犯になって、先輩達のお弁当を食べたものです。だから、新人の僕らは先輩達のお弁当から奥様達の料理の味を知ることになった訳で・・・・感謝やら申し訳ないやら・・・勿論、主犯は本田誠なのですが、それに複数回付き合ったことは確かなことで・・・まさかの重一郎も何度か参加している筈です。(下手をすると、僕らよりちょっとだけ先輩の山田清や久保昇も・・・・)
五中の土曜日の職員室は彼方此方で囲碁が打たれていました。神田瑞穂教頭が大の囲碁好きで、甲神嵒、川島勝治が強く・・・事務の園田陽も滅法強く・・・それに笠原進、小山亨が続き、最後に僕がお味噌で参加する・・・そんな雰囲気でした。教師が職員室で遊んでいるのですから、生徒たちはかなり「気楽」に職員室に入って来ていました。だって、普段は怖い顔をしている先生が、一生懸命遊んでいるのですから・・・子ども達だって笑顔になります。
今の学校に一番足りないもの・・・それは「遊び」だと思います。Schoolの語源はギリシャ語のskhole(余暇・遊び)。昔の人は学校の本質を知っていたのでしょうね。

今日の写真1
スーパーお爺ちゃんの二人は僕の隣の香田さんと右端のやっちゃん。やっちゃんの球は伸びてくるし、香田さんの球は止まるし・・・もうリズムがガタガタになりました。

今日の写真2
ジムでまさか弘子と弘太郎と会えるとは思ってもいませんでした。愛子・のの・次郎・大樹・亮太・由樹・勝将・弘子・弘太郎・・・まだまだいそうな気がしてきました。

今日の写真3
先月の川掃除のスタートメンバーです。やはり中三の子達が参加してくれたのが嬉しかったですね。受験で忙しい中での中学生の参加は本当に嬉しかったです。感謝、感謝!

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月4日 (日)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第278弾!2020年10月4日(日)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第278弾!2020年10月4日(日)  たかやん

爆睡
疲れていたのか、久しぶりに6時過ぎまで爆睡したらしい。音を消していたのだろう、真夜中のラインには全く気が付かず・・・申し訳ないことをした。

本音のコラム    「学術会議は支配できない」
菅義偉首相による日本学術会議の六人の会員の任命拒否は、憲法が保障する学問の自由の侵害であり、日本学術会議法に違反する行為である。
 「学者の国会」と呼ばれる学術会議は、科学者たちが学問の自由や言論の自由のもとで議論し、政府に勧告などを行う、政府から独立した自律的な機関である。その委員は学術会議が選考し、学術会議の推薦に基づいて首相が任命する。「基づいて」という法律用語は強い拘束力を意味する。原則として推薦どおりに任命するということだ。首相の任命権は形式的なもので、実質的な任命権は学術会議自身にある。
 菅首相は任命権を自分の好きなように使えるものだと勘違いしているようだ。人事権を行使して官僚組織を支配してきた彼は、学術会議もその手で支配できると思ったのだろうが、学問の自由の世界を相手に同じ手は通用しない。彼は学問の自由について考えたこともないし、意味も全く分かっていないのだろう。
 学術会議は、任命しなかった理由を明らかにし、六人を改めて任命する文書をまとめた。菅首相は六人を任命から除外した理由を記者に聞かれて「法に基づいて適切に対応した結果」と答えたが、全く答えになっていない。実のところ、理由を答えられるはずはないのである。やってはいけないことをやったのだから。   前川喜平

*陰湿な男が数の力で首相になってしまったことは日本の悲劇である。経済対策は全くダメ、外交もダメ・・・そして、何よりも日本国民のことなどこれっぽっちも考えていないのだから終わっている。自由民主党が聞いて呆れる。自分達は何でも「自由」にやるけれど、国民には「不自由」を押し付ける。そんな政党にいつからなってしまったのか・・・今の日本には「言論の自由」も無くなりつつあるのだ。僕らが好きだった昔の自民党とは「月と鼈」である。

最終校正
午前中は「一生懸命」の入稿準備。最終校正に時間をかける。書きたいことが山ほどあって、何をどう削るか・・・悩みに悩んだ。文章が多いと、写真が少なくなり、つまらない読み物になってしまう。それも悩みどころである。

片付け
空の片づけは「これぞB型」という徹底ぶりで・・・空父は勿論、空母もなかなかOKが貰えない。機能重視の空父の片づけに対し、芸術的センスのある空とでは食い違うことが多い訳で・・・でも、見る視点を変えると、なるほどなあとも思うのである。「老いては子に従え」ってか・・・。

会議
午後からはマンション理事会の会議。勿論、全員マスクをしての会議である。途中から防犯カメラの業者さんが来て、説明を聞く・・・少しでも安く、でも安全第一で我が理事会は動いている。多くの有能なメンバーのお陰で、会議は楽しく・・・そして充実したものになったのだった。感謝、感謝である。

モッコ
今日もモッコが来てくれて、空の英語を見てくれた。90分間、ずっと英語だけの二人。「空の英語、結構凄いよ。大したもんだ・・・。」とモッコ。カナダに行く前に、モッコ先生に鍛えて貰って・・・ある程度の力をつけてから行ってもらうことにしよう。


夜は塾。日曜日だけど塾。高1の息子と高3・大2の娘達との同時塾。高校生の二人は違う学校だが、共通していることは「学年1位」だということ。「学年でペケから6位、クラスで最下位」の僕とは「月とスッポン」な訳で・・・・彼らの勉強との向き合い方に頭が下がるのである。法政大学に通っている大2の娘はお喋り。それがまた楽しい。大学の英語の授業の話を聞いて大笑いしたのだった。

ジム21
テニスはしなかったが、ジムには行った・・・「継続は力なり」を信じて・・・。次郎は時々休まないと駄目だよ・・・と言っていたが、一度休むとどんどん休んでしまいそうで怖いのである。真夜中のジムは男だらけだった。黙々とトレーニングをする男たちの中に爺さんが一人という感じである。

教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第923弾!   職員室4

 五中職員室での「遊び」と言えば・・・先輩への悪戯を思い出します。前にも書いたような気がしますが・・・・大好きだった女の先輩に「蛙のミイラ」をプレゼントしたのです。
好きな女の子に構いたくなる男の子の心境でしょうか・・・僕はその数学の先生の机の上の紙袋に「蛙のミイラ」を入れておいたのです。
 もう、朝からその先生が職員室に来るのをワクワクしながら待っていました。そして、その先生が紙袋を開けた瞬間、「ギャーッ!」という声が職員室中に響き渡りました。「キャーッ!」という叫び声を期待していた僕は、その「ギャーッ!」にビビってしまいました。
「誰!」っと振り返ったその顔は今思い出すだけでも恐ろしい、鬼の形相という奴でした。
 職員室中の顔が僕を見つめました。そりゃあそうです。弁当を喰うのは本田誠でも、女の先生の机に「蛙」を置きそうなのは僕しかいません。まさか、同じ理科の久保昇が置く訳がないのです。僕は直ぐに白状しました。そして、謝ったのですが・・・多分、ニヤニヤして謝ったのでしょう。その女の先生の目は笑っていませんでした。何とかその場から逃げ出したい僕は『お願いを3つ聞くから許してください!』と火に油を注ぐような言葉を言い
ました。まさか、(先輩のことが好きなんです!)とは言えません。その後の記憶は飛んでいるのですが・・・暫くして、許してくれたような記憶があります。
 それから、数十年後。その先輩は議場にいました。それも「教育委員会委員長」という名前で僕の目の前に座っていました。石神井高校の5年先輩の鈴木松江はいつの間にか「教育委員長」になっていたのです。僕は松江さんが好きでした。子ども達も松江先生が好きでした。そう、松江先生は子ども達から愛される担任であり、数学の授業が本当に上手だったのです。そして、時々脱線するのも魅力的でした。あの「蛙事件」から40年・・・3つのお願いの内1つは有効活用したようですが、まだ2つお願いが残っています。松江先生はもう忘れているかも知れませんが・・・・。五中、六中、そして議会でも怖くて、素敵な松江先生と一緒に働くことができて、僕は幸せでした。

今日の写真1
話していて気がついたのですが・・・この子達のお母さんは二人とも五中の10期生でした。卒業式の練習で泣いた子達です。

今日の写真2・3
次郎に言われて、このスクワットもやっています。右と左で全然違うんですよねえ。六中時代に痛めた左ひざがを筋トレで治したいなんて思っている訳で・・・・・。

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月5日 (月)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第279弾!2020年10月5日(月)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第279弾!2020年10月5日(月)  たかやん

5時
曇り空のせいか、外はまだ暗い。菅政権になってから、どうも世の中が「陰湿」になっていくようで、気分もどんよりである。自民党の「杉田水脈」とかいう議員は「女性はうそをつく」と言ったらしいが、そのまま「女性」を「自民党」にしたらピッタリじゃないのかね。
ああいう人物を放っておくのだから、自民党は世界中の全ての「女性」を敵に回したようなものだ。さあ、この状態で、この支持率で総選挙をやってもらおうじゃないか!! 

TV
掃除のやり過ぎで、TVの後ろのコードを全部抜いてしまい・・・昨日からTVが映らない状態である。困ったと言えば困るのだが・・・テレビを見ないという事は陰湿な顔も見なくて済む訳で・・・コマーシャルも見なくて済むし・・・結構いいかも知れない訳で・・・ 

iPhone
スマホの調子が余りにも悪いので久しぶりにiPhoneに戻してみた。Androidに慣れているので、文字は小さいし、訳が分からない・・・・でも、全て空がデータを移動しれくれたので、電話帳も写真もLINEもオッケ―である。

51歳
空が欲しいというので、新しい体重計を買った。早速、セットして体重計に乗ると・・・体脂肪率は14,2%、体年齢は51歳と表示された。66歳から比べると15歳若いということなのだが・・・やはり50歳は超えてしまったのね・・・と、ちょっとショックである。体を鍛えて40代の仲間入りをしたいなあ・・・。

ジム22
夜はジム。愛子、次郎、由樹と会って・・・次郎と少し一緒にやって、筋肉痛になる。その後、愛子と話し込んで・・・家に戻ったのだった。
 

教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第924弾!   職員室5

 新座五中の最初の職員室。3年生は事務室側に横に並んでいました。窓側から廊下に向かって1組甲神、2組笠原、3組帯刀、4組高邑と並び、向かい側が窓側から6組原、5組神宮司、副担千田、副担大熊、副担柴崎・・・だったような記憶があります。僕の目の前は4組の副担の大熊先生。この先生がまた、誰がどこから見てもおっかなかった女の先生だった訳で・・・子ども達も相当嫌だったらしく・・・「何でうちのクラスに大熊が来るんだよ」と大ブーイング。『わかった。ごめん!学校を休まないようにするから・・・。』と、研修以外は絶対に休まないことにした記憶があります。その結果、「4組の副担って誰だったっけ?」と言う状態にまでなった訳で・・・・。五中の最初の職員室、僕の左隣は超いかつい帯刀先生、目の前はこれまた誰が見てもおっかない大熊先生で・・・今考えると1年目の職員室生活はなかなか厳しい環境でした。それでなくてもいきなりの3年生で死にそうでしたが・・・。
 1期生を卒業させた後の4期生は1年1組甲神、2組千田、3組高邑、4組渋谷、5組小山、6組柴崎、7組志茂、8組村松、9組帯刀というメンバーでした。僕は右に千田先生、左に渋谷先生という女性に囲まれていました。場所は窓側です。そして、左斜め前に主任の神宮司久子がいました。4組の渋谷先生は独身でとても綺麗な社会の先生で、僕と年齢が一番近かったのでよく話をしました。目の前が誰だったのか・・原先生だったか、柴崎先生だったような気がします。ただ、やたらと明るい職員室だった記憶があります。窓際だったことと、初めて出会った子ども達を無事卒業させた後の1年生だったことが、そういう気持ちにさせたのかも知れません。3年の担任から降りたのは甲神、帯刀、高邑の3人だけ。後は副担だった千田さん、柴崎さんが担任になって、それ以外は他学年、他校からの仲間達でした。
 その子達が2年生になり、廊下側に移動しました。1組高邑、2組宮下、3組小山、4組渡辺、5組本田、6組千田、7組栗原、8組村松、9組志茂という布陣でした。学年主任の神宮司久子は前年から担任を外れていたんですね。甲神嵒は本田誠が入ったので他学年に行きました。(逆かも知れませんが)1期生の3学年と違って、担任希望が多かったということでしょう。この学年には小山亨と本田誠の二人の同期がいました。
今思うと、まだ2年目だったのに、生意気ですが・・・若い、自分達のカラーを出すんだ!そういう思いが当時の僕らにはあったように思います。僕らが25歳の頃の昔々のお話です。

今日の写真1
家の片づけをしていたら・・・北大水産学部の缶詰が出てきました。中味は鮭です。僕らがオホーツク海で獲った鮭を食品科が缶詰にしたものです。錆びた方が僕が獲った鮭の缶詰、そして新しい方が五中10期生の鮫島弘樹が獲った鮭の缶詰です。

今日の写真2
ジムの若いスタッフとは本当に仲良くして貰っています。右がタツヤ君で真ん中がりょうすけ君です。時々一緒にトレーニングをやりながら、学ばせて貰っています。

今日の写真3
という訳で、最近はプロテインをよく飲んでいます。体脂肪率が15%を切ったのも、筋トレの成果かも知れません。

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月6日 (火)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第280弾!2020年10月6日(火)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第280弾!2020年10月6日(火)  たかやん

朝から
忙しい。朝勉はいいとして・・・病院→銀行→病院→銀行→薬局・・・とやたらと移動した訳で・・・。本当に忙しいぜ。

総合的・俯瞰的
陰湿で言葉の意味を知らない総理は「総合的・俯瞰的」と言った。そして、常識の無い環境大臣は「前例踏襲の打破」と訳の分からないことを言って総理を庇った。もう、この国の自民党の大臣達の国語力は中学生以下であることだけは確かだ。自分達の権力を国民の為に使うのではなく、自分達の為に使うのだから酷い政党に成り下がってしまった。昔は好きな政治家も沢山いたのに・・・・自民党が大嫌いになってきたぜ・・・

TV
JCOMが来てくれて、我が家のTVが復活した。そして、電話機も移動・・・なかなかいい感じである。

ジム23
塾の前にジムへ。すると、大樹の友達の亮太君が「こんにちは!お久しぶりです!」と声を掛けてくれた。流石、大堀ゆきの教え子。いい感じである。そして、テニス仲間のダムさんの奥さんと会ってビックリ!そして、トレーニングの最後にダムさん本人とも会って・・・超ビックリ!いったい何十人知り合いがいるんだ、あのジムは・・・・。

教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第925弾!   職員室6

五中の職員室は僕にとってオアシスでした。五中の3年目、初めて廊下側の2学年に移動しました。東側から1組高邑、2組宮下、3組小山、4組渡辺、5組本田、6組千田、7組栗原、8組渡辺光9組志茂と丸く並びました。そこまで昨日書きました。
ここで初めて、僕は宮下博子と同じ学年、それも隣のクラスを受け持ったのです。今でこそ「博子姉ちゃん」と呼んでいますが・・・当時の博子はちょっととっつきにくい存在だったかも知れません。博子姉ちゃんは僕より5つ上の綺麗な体育の先生でした。新座中で2回、五中でも1回担任してきたので、僕よりちょっとだけ担任の経験がありました。2組を見て驚いたのは、教室の後ろに僕が大好きな「高村光太郎」の詩が超綺麗な字で書かれていたことです。それがこの「詩」です。
牛はのろのろと歩く
牛は野でも山でも道でも川でも
自分の行きたいところへは まっすぐに行く
牛はただでは飛ばない 
ただでは躍らない 
がちりがちりと
牛は砂を掘り土を掘り石をはねとばし 
やっぱり牛はのろのろと歩く
牛は急ぐことをしない 
牛は力いっぱい地面を頼って行く 
自分を載せている自然の力を信じきって行く 
ひと足ひと足牛は自分の力を味わって行く
ふみ出す足は必然だ
うわの空のことではない 
是が非でも出さないではたまらない足を出す牛だ 
出したが最後 牛は後へはかえらない 
そして やっぱり牛はのろのろと歩く
2組の「詩」を読んで、僕は(やられた!)と思いました。素敵な先生だ・・・そう思ったのです。その詩には博子姉ちゃんの子ども達への想いが込められていました。教室掲示の何たるかを、僕は2組の宮下博子の教室に学んだのです。若くて綺麗で生徒想いの宮下博子に負けられない・・・・僕はそう思いました。教室も職員室もいつも隣には宮下博子がいたことは、当時の僕にとって、とても居心地のいいものでした。そして、段々・・・・出来のいい姉に憧れる弟のような気持ちになっていったのだと思います。
 さっき、電話で話すと・・・当時と変わらない元気な声が聞こえてきました。『博子姉ちゃん元気?』と聞くと、「ちょっと膝が痛いけど、元気よ。そっちも元気なの?」と姉ちゃん。母(神宮司久子)が逝き、兄(甲神嵒)が逝き、残された姉と弟は二人の分も元気に生きなければ・・・そう思いました。

今日の写真1・2・3
僕は空の絵が大好きです。空は「余り好きじゃない」と言いますが、僕は空の絵が大好きで・・空の絵を見ていると、心がポカポカしてくるのです。そして、頑張るぞーという気持ちになるのです。

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月7日 (水)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第281弾!2020年10月7日(水)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第281弾!2020年10月7日(水)  たかやん

入稿
朝から「一生懸命」の最終校正に取り組む。もう何度目の最終校正だろう・・これでずっと入稿しないで、HPだけに掲載していた「一生懸命」だが、やっと入稿できるところまでたどり着いた。どうやら来週の月曜日から駅立ちが出来そうである。印刷と配達が間に合えば・・・193弾、194弾のダブル配布になりそうである。

駅立ち
12日(月)5時〜9時でひばりが丘北口、13日(火)東久留米で5時半〜8時半、14日(水)保谷駅北口で5時半〜8時半、15日(木)新座駅南口で5時半〜8時半、16日(金)志木駅南口で5時半〜8時半、次の週は清瀬駅北口と南口、朝霞台の予定ですが・・・台風も来そうなので・・・来週だけ予告しておきます。駅立ち仲間のみなさん、よろしくです。

テニス
昼前にコートへ。壁打ちをしていると、大野さんが来てくれて・・・二人で1時間くらい、練習をした。それがまたいい練習になった訳で・・・久しぶりに、サービスダッシュの練習もして・・・いい感じ。やはり、トレーニングの成果が体に出ているのだ。足腰が強くなり、ダッシュしても疲れなくなった。肩の筋肉も少し戻って来て、サービスにもパワーが戻ってきたのだ。テニスが楽しくなってきたぞ・・・・。

ジム25
テニスの後はジムへ。昼間はスカスカで・・・3キロ走って、マシーンとチューブで筋トレやって、まだ少し走って・・・今日のtrainingは終了。走っている間はずっと英語のtrainingをしていた訳で・・・・脳みそも体も少し若返ったかも・・・五中の教え子達に負けてられない訳で・・・・

51歳
若返ったと言えば・・・・今日も体内年齢は51歳。体脂肪率は14.2%。食べ物に気をつければお腹も凹んで・・・・体脂肪率がもう少し下がり、体年齢も40歳代になりそうな気もするのだが・・・・trainingをすると、お腹も減るのよねえ・・・。


夜は塾。中二の息子との個別塾でスタート。「数学で分からないのがあった」『いいねえ・・・・』数学の授業が終わると、「英語もちょっと分からないところがあって・・・」『よしよし・・・』「社会のね・・・・」『いいね、いいね。』分からないところがないと、困るのである。優秀な息子を持つとちょっと辛いというか、面白くないというか・・・・でも、今日は優秀な息子が沢山質問してくれて、超楽しかった訳で・・・
後半は中三の娘と息子達が登場。「ねえ、たかやんて何歳?」『51歳・・・』「嘘だあ・・・」
『嘘じゃなーい。だって、51歳なんだもん・・・』「もう・・・」そんなふざけた会話からスタートしたが、それからは質問の嵐状態で・・・気合が入った時間が流れ、あっという間に22時になってしまったのだった。


教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第926弾!   職員室7

五中の職員室は本当に明るかった。校長、教頭が明るかったからかも知れません。五中の4年目、2回目の3年生の担任になり、また事務室側に移動した筈なのですが・・・僕の記憶では窓側です。何故そう記憶しているかと言うと・・・牡蠣にあたりながら、敦ちゃん(畠中敦子)の内申を1時間以上かけて書いた記憶が窓側の席だったからです。子ども達に聞いてみないと分かりませんが・・・本当のところはどうだったんでしょうね。この学年・・・・
1組高邑、2組宮下、3組小山、4組川島、5組本田、6組千田、7組栗原、8組渡辺光9組志茂・・・と担任は4組以外は据え置きの持ち上がりの学年でした。40年以上の五中の歴史の中で持ち上がりをしたのは3期生とこの4期生の2学年だけです。今から思うと、その2学年はそれだけ、担任が揃っていたんでしょうね。学年主任は勿論、我らの神宮司久子でした。卒業して40年以上・・・今でも学年全部で同窓会があるのですから・・・それだけいい学年だったということです。
 そして5年目。僕は2回目の1年生の担任をします。1組は神宮司久子、2組高邑、3組川島、4組佐藤、5組本田、6組高見沢、7組栗原、8組渡辺(幸子)9組小山・・・僕は神婆と勝治の間に座っていたことになります。この学年も楽しかったですね。何と言っても神宮司久子が久しぶりに担任をしたのですから笑いました。それも1年生です。当時の1年1組の子達はたまげたと思いますが、神さんと一緒にいる間に、その愛情の深さに気が付いたと思います。放課後、神さんはいつも教室にいました。「あたしゃ、あんたみたいに何でも教えられないから、せめて子ども達と一緒に居てやりたいんだ・・・一緒に勉強するくらいしかできないから・・・」神さんはそう言いました。今の先生達に一番必要なことを神さんは教えてくれています。隣の川島勝治には借りがありました。そう、4期生の時代の借りです。常勝1組が弱小4組に負けた借りを僕は1年2組で返そうとしていたのです。
2組の廊下には“憎き川島勝治”という僕の詩が張ってありました。絶対に3組だけには負けねえぞ・・・川島勝治には負けねえからな!そんな1年がスタートしたのです。でも、9歳先輩の勝治とは職員室では仲良しでした。二人でよく囲碁をやりました。職員室の誰にも分からない場所に碁盤を隠して・・・誰にも分からないように毎日、碁を打ったのです。そのお陰で僕の囲碁の腕はメキメキと上達したのです。当時の五中は「囲碁は男の教養」みたいな雰囲気がありました。甲神、川島、薗田、小山、栗原、高邑、久保、笠原、山田・・・頭じゃ負けねえぞ!と、みんなで囲碁にのめり込んでいったのです。教員みんなが仲良しで職員室にも教室にも「遊び」や「笑顔」があった時代、五中は県でトップクラスの成績になりました。当たり前と言えば、当たり前だったかも知れませんね。

今日の写真1
いつもなら、東北大や小樽商大との対抗戦の時期ですが・・・今年はコロナのせいでありません。大好きな先輩達、可愛い後輩達と会えない訳です。この写真は小樽商大との対抗戦です。商大でライバルだった親友、俊允と久しぶりに会って・・・試合をやって・・・本当に楽しかった・・・また元気で会いたいし、テニスもしてみたい・・・そう思うのです。

今日の写真2
こちらは東北大の先輩、小山小次郎。僕が大好きな先輩です。テニスも好きだし、人柄も大好きです。東北大の先輩なのに・・・ずっと一緒に生きて来た気がするから不思議です。

今日の写真3
左が僕のテニスの先生、長久保大樹。右が五中時代の後輩「井出マン」大樹先生は僕の教え子達の後輩で井出マンの教え子。大樹先生のお陰で何十年ぶりかで、井出マンに会えた時の写真です。不思議な瞬間でした。また、3人で会わなくっちゃ・・・・

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月8日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第282弾!2020年10月8日(木)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第282弾!2020年10月8日(木)  たかやん

駅立ちのお知らせ
12日(月)5時〜9時でひばりが丘北口、13日(火)東久留米で5時半〜8時半、14日(水)保谷駅北口で5時半〜8時半、15日(木)新座駅南口で5時半〜8時半、16日(金)志木駅南口で5時半〜8時半、次の週は清瀬駅北口と南口、朝霞台の予定ですが・・・台風も来そうなので・・・とりあえず、来週の分だけ予告しておきます。駅立ち仲間のみなさん、よろしくです。

車の異常
池袋で暴走し、母子を殺した89歳の爺さんが「無罪」を主張した。自分の過失ではなく、車の異常だと言い張ったのだ。3歳の女の子と31歳のお母さんの命を奪っておいて、89歳の爺さんが自分を守ろうとしているところが意地汚く、情けない・・・「謝るなら自分の罪を潔く認めろよ!このタコが!!」そう言いたくなるのは僕だけだろうか・・・・。戦前の教育を受けているだろうに・・・潔さの欠片もない。ああ、本当に情けない・・・・。

ジム26
雨でも体を鍛えられるのがジム。そして、同時に英語のtraining。どちらも少しずつやるしかない訳で・・・午前中からジムに向かったのだった。3キロ走って、筋トレを色々・・・そして、また軽くrunning・・・・それこそ、本当に色々鍛える筋肉はある訳で・・・・楽しくなってきたぞ・・・

もしかしたら・・・
スタッフの方に声を掛けられた。「もしかしたら、ひばりが丘の駅で朝、よく立ってませんでしたか?」『あ、はい。』「やっぱり、大学に通っていた時、いつもあのチラシ楽しみにしていたんです。」『えーっ!』「今、大学がオンラインになって、電車には乗らなくなって、駅には行ってないんですけど・・・」『よく分かりましたね。』「いつも、その格好で同じ雰囲気だったので。電車の中で読むのを楽しみにしていたんです。」『そうなの?それは嬉しい・・・・』西東京市の大学生が僕の「一生懸命」を楽しみにしていてくれたのだ。それにしても、知り合いが多いというか・・・不思議な縁で繋がるジムである。

47歳
僕の体内年齢は51歳が続いている。空ママはというと・・・「47歳だった!」『え?この間は54歳とか言ってたのに?』「ちょっと走って、体重が落ちたら47歳になってた・・・」『糞・・・負けてられないぞ・・・』


夜は塾。中二・中三の息子と中三・高1の娘達との塾。「ねえ、試験2週間前だから・・・携帯預かって」と中三の息子。『ああ、別にいいけど・・・彼女に連絡できなくて大丈夫か?』「それが問題だ・・・」『言うねえ・・・』みんなバラバラにやるのだが、何故か全員数学の瞬間があって、笑った。高1の娘の数学の問題に、一瞬だけ詰まるが・・・直ぐに解決。高1の数学なんぞに負ける訳にはいかない。塾の時間の過ぎ方が速い。昔から「子ども達と一緒にいる時間」はやたらと速く過ぎていったが・・・・


教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第927弾!   職員室8

 実は五中の6年目から・・・職員室の記憶がありません。多分ですが、殆ど職員室に居なかったのだと思います。教室に居たか、理科準備室に居たかのどちらかだったのでしょう。そのせいかどうか・・・6年目の2年生のクラス・・・僕が6組で飯先が7組だという事以外は記憶がありません。誰かに刺激を貰えば思い出すかも知れませんが・・・・
 五中ですから、職員室が嫌いだったとは思えません。教室と理科準備室が好きだったのでしょう。
 六中に異動した時の職員室・・・廊下側だったと思います。1組が篠崎、2組高邑、3組増田、4組児玉、5組須賀、6組向井、7組斎藤、8組ど忘れ、9組福島・・・そんな布陣でした。学年主任は山さん・・・引き取り手の無かった僕を引き取ってくれたらしい・・・・それくらい、六中は五中とカラーが違った訳で・・・・そもそも、みんなが同じ通学靴を履いているなんて、体育もそれでやるなんて、五中じゃあ考えられなかった訳で・・・・
 職員室で『子ども達の足に合った靴を履くのは当然のことでしょう。それとも、子ども達の足を通学靴に合わせろって言うんですか?なんて時代遅れなんだ!頭おかしいんじゃないの?』と先輩に噛みついた記憶があります。当時の六中は、とんでもない奴が五中から来た・・・そんな雰囲気でした。五中で10年・・・自由にモノを言ってきた僕からすると、とんでもないのは六中の方でした。
 職員会議でタバコを吸う人達に『妊婦がいるのに、職員室で煙草を吸うなんて非常識じゃないのか?』と言って校長室に呼ばれ「お前はスターになりたいのか!」と言われたこともありました。当時の六中は子ども達や職員の「健康」を考える意識がなかったのでしょう。新設校の五中で新任から10年生きてこられたのですから、六中の職員室では最初から「言いたいこと」を言いました。
 勿論、理科準備室は最初から「改造」しました。生物室で僕と一緒になってしまった児玉先生には本当に申し訳ないことをしました。いきなり生徒達がドバドバ入ってくる準備室になってしまったのですから・・・・


今日の写真1・2・3
川に入るのが冷たくて大変な時期になってきました。川に入る為の胴長を買わなくてはいけませんね。いくら若くても、冷たい川の水に長時間入ることは体に悪いでしょうから。
今月の川掃除にも中学生達が来てくれたらいいなあ・・・。

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月9日 (金)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第283弾!2020年10月9日(金)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第283弾!2020年10月9日(金)  たかやん

駅立ちのお知らせ
12日(月)5時〜9時でひばりが丘北口、13日(火)東久留米で5時半〜8時半、14日(水)保谷駅北口で5時半〜8時半、15日(木)新座駅南口で5時半〜8時半、16日(金)志木駅南口で5時半〜8時半、次の週は清瀬駅北口と南口、朝霞台の予定ですが・・・台風も来そうなので・・・とりあえず、来週の分だけ予告しておきます。駅立ち仲間のみなさん、よろしくです。

命日
今年も陵平と父さんの命日を忘れてしまった。10月1日と2日、一週間も過ぎてから思い出すのだから酷い息子である。毎日『父さん』『お父さん』と線香をあげているのに・・・命日は忘れてしまうのだから・・・いやあ、陵平にも申し訳ない気持ちで一杯である。

潰す気だな・・
「日本学術会議」の任命問題。文句を言ったら、「存在そのものを潰すぞ」とも取れるようなことを言いはじめた。気に入らないものはとことん潰す。菅政権の腐れ切った心根と方向性が早くも見えて来た。どうぞ勝手にやってください。国民は見ているし、そんなに馬鹿じゃないからねえ。

ジム27
今日も午前中にジムに向かった。雨でもジムには人が1人・・・僕が入って2人。ランニングをしている間に3人4人5人と増えていき・・・活気が出て来たのだった。これで27日連続でジムでtrainingをしている訳で・・・・。

市役所
午後からは市役所。控室でスーツに着替えて第二庁舎に向かう。久しぶりの5階会議室。会議は2時間以上続いたのだった。


夜は塾。中三の娘と息子達との塾。数学をやって、英語をやって・・・あっと言う間に時間が過ぎて・・・後半は高2の娘との個別塾。色々話をしてから、物理を一緒に考えたのだった。そして、家まで送って・・・本日の業務は終了。

ゲド戦記
そして、仕事をしようとすると、「お父さん、見て・・・」と空に「ゲド戦記」を見せられる。「絶対に面白いから」「ここが大事なところ」という訳で、僕は今「ゲド戦記」を見ている。空の面白いところは、そのアニメの「描写の素晴らしさ」に注目しながら見ることだ。「これ、どうやって描くんだろう」「この朝陽の描き方凄いよね」とアニメーターの視点で
解説をするのだ。もう直ぐ1時。空の解説はつづく・・・・


教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第928弾!   職員室9

 20年という経験を五中・六中で積んで、教員21年目、僕は二中の職員室に入りました。赴任した日、校長室に呼ばれ「硬式テニス部は作れない」「生徒と仲良くするな」と言われた時は『はあ?』となりました。二中でも10年腰を据えて子ども達と頑張ろう!そう思っていたのに、出鼻を挫かれた感じがしました。そして、学年人事にも疑問を感じたのです。20年間で8回3年の担任をやってきましたから、別に3年の担任をやることには慣れてはいたのですが、異動してきたばかりの教師に3年の担任をさせるということは、2年生の時の担任の力が無かったということを言っているようなものです。1,2年と持ち上がった教師達が3年生に上がらずに、1年2年に在籍しているのを知って、しかも、その教師達が何単元も積み残したまま他学年に逃げたのを知って(この学校は本当に駄目だわ・・・)そう思いました。
 20年も五中・六中で学校の中心となって経験を積んできたのです。新任ではありませんから、二中でも最初の職員会議から「言いたいこと」ズケズケと言いました。
 『何故硬式テニス部を作ってはいけないんですか?』「ダメなものは駄目だ。」『何でダメなんですか?』「8年前の職員会議で決まったことだから駄目なんだ。」『8年前って、この中の何人がいたんですか?あなたもいなかったでしょう。今のメンバーで決めましょうよ。校長はどう思ってるんですか?』「ダメなものは駄目なんだ」『俺はあんたに聞いてるんじゃない!校長に聞いてるんだ!』
 まあ、教頭からすると・・・職員会議で平教員に楯突かれることなど想定しなかったのでしょうから、頭に来たんでしょう。その次の日の朝の職員集会から毎回「準備室に私物を持ち込んでいる人がいる」と報復がはじまりました。それが1月以上毎日続き、余りにもしつこかったので、6月には2組の子ども達に『俺はお前達と一緒にこの学校を卒業するからな。』と宣言しました。
 その後も、広島への修学旅行、女生徒のブルマー、体育祭、教育実習生、校外学習、受験指導のことなどで何度も衝突しましたが、3月には辞めることを決めていたので、職員会議では管理職の言葉など全く気にもせず発言していました。勿論、誰も僕の意見には同調はしてくれませんでした。二中の職員室は五中や六中の職員室のような自由にモノが言える雰囲気ではなかったのです。
その時は気が付かなかったのですが、そういう雰囲気に心を痛めている仲間達がいたのです。僕が辞めると知って「辞めないでください」「高邑さんがやめたら、本当に困るんです」そう言われて、驚きました。「寂しいです。残念です」と言ってくれた別の先生もいました。もう少し前にそれを言ってくれていたら・・・僕は彼らとずっと二中で頑張っていたかも知れません。でも、もう決めた後だったので、僕は辞表を叩きつけて学校をやめました。すると、暫くして、その彼も学校を去ったのです。授業がもの凄く上手な、とても生徒から人気のある理科の先生でした。
僕の職員室の思い出はそこで終わっています。その職員室はAETの先生が1人でポツンと座っていても、誰一人声を掛けない、そんな職員室でした。英語の教師まで授業以外では話をしないのですから可哀そうでした。勿論、僕は彼女に声を掛けて、自分のクラスに連れて行きました。そして、一緒に給食を食べ・・・沢山話をしました。その後、ケイティは僕の塾で英語を教えるようになりました。嫌な思い出しかない職員室ですが、そういう素敵な出会いもあったのです。
いつの頃からか、学校の職員室の空気でその学校の「気」を感じられるようになりました。
今は良い気の職員室が増えていくことを祈るばかりです。どんな先生も「不安」や「孤独」を感じないような、僕が五中や六中で感じたような温かい職員室が増えていって欲しいです。そして、それが感じられる管理職も増えて欲しいですね。
 
今日の写真1
この子達ももう高校生です。あっという間なんですね。小学生が高校生になるのは・・・そして、大学生になり、社会人になっていく・・・劇的に変化するこの時期に一緒に居られることが幸せなのです。

今日の写真2
空が陸上部に入ってくれたので、僕は五中陸上部の子達の大活躍を生で見ることができました。そして、若くて才能のある先生達とも出会えたのです。

今日の写真3
この9月議会での討論の様子だと思います。多分ですが、消費税減税の意見書に賛成討論をしているのかなと・・・・

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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10月10日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第284弾!2020年10月10日(土)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第284弾!2020年10月10日(土)  たかやん

駅立ちのお知らせ
来週12日(月)5時〜9時でひばりが丘北口、13日(火)東久留米で5時半〜8時半、14日(水)保谷駅北口で5時半〜8時半、15日(木)新座駅南口で5時半〜8時半、16日(金)志木駅南口で5時半〜8時半、次の週は清瀬駅北口と南口、朝霞台の予定ですが・・・台風も来そうなので・・・とりあえず、来週の分だけ予告しておきます。駅立ち仲間のみなさん、よろしくです。

デジタル化
何がデジタル化だ。何がマイナンバーだ。何がスーパーシティだ。前からアメリカから圧力をかけられていただけだろう。国民が便利になるのではなくて、お前らが便利になるだけのことだろう・・・誰の金でやるんだよ。挙句の果てに中小企業を潰しにかかるってか。冗談じゃないぜ、全く・・・・。

モッコ
今日もモッコが来てくれて、空の英語を見てくれた。空の英語力がどんどん上がってきている。それに比べて空父の英語力は伸び悩み・・・・糞っ!

ジム28
今日も午前中にジム。28日連続で行っていると、顔見知りが増えてくる訳で・・・少しずつ友達が増えている。今日も3キロ走りながら「英語で物理」の勉強をして・・・マシーンでイントレして、チューブでtrainingして終わったのだった。少しだけど、重さや回数が増えて来たぜ。


夕方からは塾。土曜日だが試験前なので塾。中二・中三の息子達と中三・高1の娘達との試験前特訓が始まった。そして、7時からは高1の息子との個別対応の塾。二人で物理に燃えたぜ!!

教師を目指す人・若い先生へのメッセージ 第929弾!  素質70

 『どこまで話したんだっけ?』「五中の10期生だったと思います。」『五中の10期生はねえ、本当に面白い子達が入って来たのよ。入学する前からね。』「どういうことですか」『4期生の篠田美幸の弟の安孝、7期生の鈴木康昭の弟の英二、7期生の小杉貴子の弟の友春の3人が春休みからテニス部の練習に来ていたんだ。』「何でそんなことがありだったんですか?」『何でって・・・たー坊の弟の友春がその二人と仲良しだったんだよ。当然、みんな俺のことは知っていたんだ。家庭訪問で会っていたからね。』「たかやんも知っていたんですか?その子たちのこと・・・」『ああ、安孝なんかはお姉ちゃんが中一の時、小1だったからね。俺が抱っこして、天体望遠鏡を見せたりしたんだ。』「抱っこですか」『そうだよ。抱っこした子が入学してきたんだ。それもヤル気満々でね。』「他の二人も知ってたんですね」『そりゃあそうだよ。たー坊と康昭の弟だからね。』「みんな運動神経がよかったんですね」『ああ、栗原小では有名な悪ガキだったらしい。』「悪ガキですか」『そう、栗原小学校からの情報には大きな×がついていたんだ。3人ともね。』「3人とも×ですか・・・」『ああ、しかも絶対に一緒にしないでくださいって書いてあったんだ。』「どうしたんですか?」『勿論、3人とも同じクラスにして、俺が担任したよ。』「やっぱり」『それだけじゃない。野寺小から来た男子の中にもとびっきりの×がいたんだ。』「何で×がついていたんですか」『まあ、色々やらかしたのよ。それで大きな×がついてきてね。』「まさか・・・」『勿論、俺のクラスにしたんだ。』「そんなことできたんですか?」『ああ、五中も10年目だったしね。もう俺の学校、俺の学年って感じだったからね。他の先生も俺に任せるみたいなところがあった訳よ。自信もあったしね。』「猛さん達から比べたら・・・・」『屁みたいなもんだろ。小学生なんだから・・・』「そっかあ・・・そこでも最初の3年4組での経験が生きてた訳ですね」『そうだね。あいつらを卒業させて、ババツ達を卒業させて、その次も卒業させたら・・・もう赤ちゃんみたいなものでしょうよ。』「確かに・・・・」『その野寺小の悪も、直ぐにテニス部に入れてね・・・』「で、どうなったんですか?」『1年後には全国大会で準優勝していたよ。』「マジか?」『だから、小学校の先生の言うことは信用できないんだ。安孝、友春、英二、そして秀行・・・悪い子なんて一人もいなかった・・・みんなテニスに燃えて、練習して練習して・・・1年後には全国大会で準優勝したんだから・・・・』「凄いですね・・・」
『だろ?』「どうやったんですか?」『死ぬほど練習したんだよ。』「マジっすか・・・・」
『ああ、桜田クラブにも行ったし、アーサー・アッシュにも会った。』「誰すかそれ?」
『黒人で初めてウィングルドンで優勝した人だよ。』「へえ・・・」『全米オープンはアーサーアッシュスタジアムで行われるんだ。』「そうなんだ・・・そういう人に会ったんですね」
『ああ、安孝達が1年生の時にね。』「何か凄い話ですね・・・」

今日の写真1
最近の我が家の黒板アートです。正しくはホワイトボードアートかな。

今日の写真2
それを仕上げるとこんな感じになります。誰に似たんですかねえ・・・・。

今日の写真3
空が買って来た新しい体重計です。体内年齢は51歳と出ています。なかなか50歳になりません。何とか40代になりたいと本気で思っているのですが・・・・。

*この日記を読んだ全ての人達が明日も幸せでありますように・・・

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