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9月21日 (火) 「たかやん議員日記」2004.第188弾!
「たかやん議員日記」2004.第188弾! 9月21日(火)
夜8時 今日から秋の交通安全週間。議会のスタートは11時だったのだが、それをすっかり忘れて9時前に登庁してしまったたかやんであった。ところが文さんも幸弘もそのことを忘れていて、覚えていたいれど早めに来た大佑を合わせると10時前に4人も揃った刷新の会であった。ところが11時になっても議会が始まらない。市長にかかってきた苦情の電話の対応が大変だったらしく、市長がなかなか議場に姿を現さなかったのだ。こういうことは初めてのことだったらしく、みんなぽかんとした顔をしていた。スタートが躓くと後々まで影響がある訳で・・・・今日の議会が終わったのは8時前。僕はスーツにネクタイのまま塾へ向い、そしてそのままの格好で授業をやったのだった。
意見書 28日の最終日に初めて会派で意見書を出すことになった。意見書の締め切りは17時。それまでに各会派のサインをもらって、議会事務局に提出しないといけないのだ。(実際は賛同する議員の署名があればいいらしい。)僕の出す意見書は「子どもの権利条約」に関するもの。大佑は「年金」。僕の出す意見書にサインをくれた会派は共産党と公明党、勿論刷新の会全員。残念ながら最大会派のサインはもらえなかった。その意見書の内容は大体次の通りだ。
『子どもの権利条約』に基づいた子どもの権利保障を求める意見書(案) 日本が、1994年4月22日に世界で158番目に国連の「子どもの権利条約」を批准・発効してから10年たちます。2002年5月に、ニューヨークの国連本部で開かれた「国連子ども特別総会」では子ども達のために世界の国ぐにや人々が何をするのかが、詳しく約束され、「子どもにふさわしい世界」という文書にまとめられました。日本もこの総会に参加し、ここで決められたことを守ると約束しました。この「子どもにふさわしい世界」では、各国が、社会のさまざま人や機関、団体と協力して、約束を実現するための「国内行動計画」をつくるように定めています。しかし日本政府は、まだこの子供のための「国内行動計画」を策定していません。 近年、子どもに対する虐待や体罰の増加、さらには性的搾取の問題等、子どもの権利侵害はますます深刻化しています。いまこそ、「子どもの権利条約」の精神に基づき、幅広く子どもの権利を保障する取り組みが求められるところですが、自治体には、子どもの権利条約の精神が行き渡っているとは言いがたい状況です。今後、国におよび地方自治体では、その普及・啓発に向けた取り組みを強める必要があると考えます。よって本議会は、国および地方自治体において「子どもの権利条約」の趣旨を最大限尊重し、子どもの権利保障を求める仕組みづくりに取り組むよう求めます。
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9月22日 (水) 「たかやん議員日記」2004.第189弾!
「たかやん議員日記」2004.第189弾! 9月22日(水)
涙 一般質問が終わって、廊下で陵平のお父さんの隆志さんと少しだけ話すことができた。二人で陵平の話をしていると、隆志さんの目から涙が溢れてきた。それを見ていたら僕も泣きそうになった。今日の教育長の答弁には本当に失望した。いくら立場があるとはいっても・・・あの答弁はないだろう。子どもを失った親の気持ちをどう思っているのか・・・・教育者として、いや人として本気であの答弁をしたのだろうか・・・・僕にはどうしても理解できない。
新米 今日の「一般質問」では自分が新米であるということを痛感した。通告に対する調整で教育委員会が僕にしたこと。6月に出された資料のいい加減さ。今日の一般質問での「答弁漏れ」の多さの意味。僕は彼らにとってはゴミのような存在だということがよく分かった。だけど同時になにくそという気持ちになったことも事実である。新座の子ども達の為に僕はこれからも生きていくのだ。
休憩 今日の一般質問ではいきなりの休憩があった。僕が一般質問の通達のルールをよく知らなかったことが原因だったのだが、議長の三村さんは僕の話もよく聞いてくれた。頭ごなしにダメだというのではなくて、ちゃんと相手のいうことも聞く。僕はまたちょっと議長が好きになった。ああいう先生が増えていけば新座の学校はもっとよくなっていくと思うのだ。
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9月23日 (木) 「たかやん議員日記」2004.第190弾!
「たかやん議員日記」2004.第190弾! 9月23日(木)
テニスで忘れる・・・ 今日はテニスをして嫌なことを忘れることにした。昨日の議会で僕はいいたいことの百分の一も言えなかった。だけど陵平から生きる力を奪った教師達や、子ども達の命の重みと子どもを失った親の気持ちを考えない教育委員会よりは百万倍もましだと思うようにした。それにしてもあの遺書と反省文から彼の心を読み取れない教師達の能力の低さはなんなのだ。そしてあの指導は間違っていなかったと断言する教育長の自信はいったいどこからくるのだろうか。
陵平が死んだ日の臨時の職員会議はたった1時間で終わっている。自分の学校の生徒が自分達の生徒指導によって死んだというのに、1時間で会議が終わっているのだ。それも伝達だけで意見はゼロ。さすが、二中だ。僕がいたときと何年も違わないから・・・・。あの時職員会議で管理職に反発した教師達は心の病気になった人が多い。イエスマンと相当根性のある人だけが生き残っているのだ。でも僕にはテニスがある。たくさんの友達がいる。そして僕を必要としてくれる子ども達がいる。
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9月24日 (金) 「たかやん議員日記」2004.第191弾!
「たかやん議員日記」2004.第191弾! 9月24日(金)
農業委員会 農業・・・国の基本である。穀物自給率・・・日本は低すぎる。最近の異常気象はもう異常ではなくなっている。そういうことを考えると、農地がどんどん宅地化していくことは実にまずいと思う。国をあげて農業を保護する時だと僕は思う。人間は食べないと生きていけないのだから・・・・いつもなら2月頃に始まる花粉症が、この秋には始まるかも知れないという話がある。この暑さの生でヒマラヤスギの成長が著しいらしい。地球の温暖化は二酸化炭素やフロンが原因なのか、それともフォトンベルトか・・・・何れにしても食糧危機はすぐそこまで来ていると思うのだ。そんなことを考えているのは僕だけなのかなあ・・・
中学生の気持ち 僕だって子ども達の気持ちが全部分かるわけじゃあない。だけど中学生達が教師の一言一言に物凄く左右されるということくらいはみんなに分かって欲しい。内申書に敏感になり、教師のご機嫌をとることもある。「委員会の長になると内申が有利になる。」という話を信じ、立候補していく子ども達。教師の期待に応えようと必死になる子ども達。そういう子ども達を見て、それが自分の力なんだと錯覚する教師達。中間管理職のような子ども達にとって一番恐いのは、教師達に嫌われることだ。管理職試験を受けようという教師達が校長や教育委員会におべっかを使うのに似ているかも知れない。 親は親でPTAの役員になると高校進学に有利らしいという噂を信じ、1年生の時にはなかなか決まらなかった役員が、3年ではあっという間に決まったりするのも同じ現象だ。そうやって「損得」で動いている学校が今多いのではないかと思うのだ。それでは学校はよくならないし、子ども達の能力も伸びてはいかない。子どもと先生は「損得」で繋がっているのではない。そんなもので繋がってはいけない。
あの時の二中の二学年に子ども達の言葉を理解することのできる教師がたら陵平死なずにすんだのだ。そして教育委員会にそういう人がいたら、陵平のお父さんとお母さんはこんなにも苦しまなくてよかったのだ・・・・。何でもそうだけど、最後は人だ。人の心だ。
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9月25日 (土) 「たかやん議員日記」2004.第192弾!
「たかやん議員日記」2004.第192弾! 9月25日(土)
卒業生そして後輩 朝から子ども達とサッカーをして汗を流した。サッカーをしながら時々ダッシュ力を確かめている。今日は中3の男の子よりも速く走れた。まだまだいけそうな気がしてきた。人間は心の生き物だから、その気になれば結構色々できるものなのだ。 午後は教え子達とそして高校の後輩とテニスをした。楽しいひと時だった。
学校訪問 10月11月は小中学校を積極的にまわろう。議会で「手続きを踏めば学校は公開します。」と教育委員会も断言していたから、手続きを踏んでいくことにしよう。そして新座の教育をみんなと一緒に考えよう!学校には勿論、教育委員会にだって、子ども達のことを真剣に考えている人はいるはずだ。そういう人たちと手をつないで、新座の教育力を高めていきたい。
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9月26日 (日) 「たかやん議員日記」2004.第193弾!
「たかやん議員日記」2004.第193弾! 9月26日(土)
ダチョウ牧場 新座の池田に駝鳥牧場があるのを知っているだろうか・・・関越の側道を上がってすぐ右側にその牧場はある。今日はそこにお邪魔した。ちょうど運動会が雨で流れたあとの片山小学校の子ども達が先生と一緒に見学に来ていた。見学料は無料だ。ダチョウを見る子ども達の目。その輝き・・・・ここには「生きた教育」がある。子ども達の好奇心は凄い。ダチョウへの質問が尽きない。モルモットやうさぎ、そしてポニーもいるダチョウ牧場。「観光都市」新座を本気で考えるのなら、こういうところの力をかりなくてはいけないだろう。役所が何を考えたとしても、最終ラインは「民」の力なのだから・・・・・雑木林とせせらぎでは人は来ない。自然そのものなら、もっと田舎へ行けばいくらでもあるのだから・・・・。
金座でも銀座でもない。新座を考える時期に来ているのだ。
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9月27日 (月) 「たかやん議員日記」2004.第194弾!
「たかやん議員日記」2004.第194弾! 9月27日(月)
補正予算 今日の議会は最初からリズムが悪かった。委員長報告で時間を食い、途中で委員会をやり直すという緊急事態が起き、僕が討論をした時はもう5時を過ぎていた。僕は東久留米志木線には基本的に反対なのだが、会派としては反対するわけにはいかないので、賛成の立場で色々注文をつける形の討論になった。債務負担額が四市で突出している我が新座市で総額約50億円の道路を作るということに諸手をあげて賛成する市民はいないだろう。市民は安全に歩ける歩道や安全に遊べる公園は作って欲しいと誰もが思っている。だけど、本当に必要かどうかわからない道路に50億もつぎ込むことにはみんな疑問を持っているはずだ。しかもその道路は石神小と六中の間を通るのだ。自転車通学の中学生達はその道路を必ず横断したければいけなくなる。そういうことを考えると安全面には十分に気をつかってもらいたいと思う。そして六中の近くには喜寿園がある。障害を持った方の施設があるから車椅子の方も多い。新座市の歩道は車椅子に優しくない。だから、せめて今度作る計画の東久留米志木線には、車椅子に優しい道路を作って欲しい。そして今回のこの道路は条件付で賛成するが、何十年も前に計画された「都市計画道路」は今後一切凍結して欲しい。そういう意見を言って僕の討論は終わった。
明日の議会は夜中の12時を過ぎるだろうといわれている。初めてのことだから、ちょっとドキドキしている新米議員である。
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9月28日 (火) 『たかやん議員日記』2004.第195弾!
『たかやん議員日記』2004.第195弾! 9月28日(火)
真夜中日記 実はもう日付が変わっていて、今は9月29日の午前2時。議会が終わったのが今日の1時23分頃だったのだ。予想通り議会は伸びに伸びて、会期を一日延長することになった。午前0時過ぎ、議長の「おはようございます!」という声で議会が再開された。
新米議員はドキドキ 今日(正確には昨日)は意見書を提出した。意見書の内容は 『子どもの権利条約』に基づいた子どもの権利保障を求める意見書 日本が、1994年4月22日に世界で158番目に国連の「子どもの権利条約」を批准・発効してから10年たちます。2002年5月に、ニューヨークの国連本部で開かれた「国連子ども特別総会」では子ども達のために世界の国ぐにや人々が何をするのかが、詳しく約束され、「子どもにふさわしい世界」という文書にまとめられました。日本もこの総会に参加し、ここで決められたことを守ると約束しました。この「子どもにふさわしい世界」では、各国が、社会のさまざま人や機関、団体と協力して、約束を実現するための「国内行動計画」をつくるように定めています。しかし日本政府は、まだこの子供のための「国内行動計画」を策定していません。 近年、子どもに対する虐待や体罰の増加、さらには性的搾取の問題等、子どもの権利侵害はますます深刻化しています。いまこそ、「子どもの権利条約」の精神に基づき、幅広く子どもの権利を保障する取り組みが求められるところですが、自治体には、子どもの権利条約の精神が行き渡っているとは言いがたい状況です。今後、国におよび地方自治体では、その普及・啓発に向けた取り組みを強める必要があると考えます。よって本議会は、国および地方自治体において「子どもの権利条約」の趣旨を最大限尊重し、子どもの権利保障を求める仕組みづくりに取り組むよう求めます。 こういう内容だった。
ドキドキの新米 何しろ新米だから何をするにも初めてで、意見書の作り方もわからなければ、提出の仕方も分からない。提案の仕方もみんなのを聞きながら、その場で考えるというなんとも怪しい状態で壇上に立った。
子どもの権利条約については前から色々教えてもらっていたし、国連の勧告も読んでいたので頭の中では整理されていた積もりだった。
ところが「質問!」が来た。質問が来ると提案者は前の席に座ってその質問にいちいち答えなくてはいけないのだ。新米なのに勘弁してよ!というわけにはいかない。大体のことは頭に入っていたので、メモも持たずに前にいったのだが・・・・公明党の亀田議員の質問にちょっとドキドキしながら答えたのだった。
質問が終わると討論に入る。まず共産党の保坂さんが賛成討論をしてくれた。次に革新無所属の星川さんも賛成討論をしてくれた。そして議決。30人中28人の議員が賛成してくれて僕の出した意見書は通った。驚いたのが退席した二人、最大会派の二人の議員(森田議員と嶋野議員は意見は違うけれど、子ども達のことをよく考えている人たちだと思っていたのに・・・・・)退席ということは反対ということなのだ。きっと僕のことが嫌いなのだろう。まいっか・・・・。
僕は今の新座の教育、特に中学校では「子どもの権利条約」はほとんど行き渡ってないと思っている。そういう意識がない教師達が多いのだ。特に生徒指導に関わる教師達にそういう意識がないから問題なのだと思う。相変わらず「校則」という決まりが上位にあり、国際法である「子どもの権利条約」は無視されているのが現状なのだ。そういうところは普通の議員の人たちには見えない部分かも知れない。
決まりを守らせることが大事というのなら、まず大人が国際法を守らなければ・・・・・。服装が校則に合わないからといって、学校に入れないなどという教育は論外である。自分の考えを言おうとすると「言い訳をいうな!」と怒鳴るのは教育ではない。
こうして新米議員のドキドキ9月議会は終了した。今度は12月。それまで色々勉強することがたくさんある。 それでも大学を3月に卒業して、4月から3年生を担任した時のことを思えばドキドキ度は低いかもしれない。何を言われてもあの時のプレッシャーに比べればたいしたことはないと思う。とにかく自分の思ったことを言おう。色々しがらみはあるけれど、一度きりの人生なのだから、みんなに合わせるだけで全然ドキドキしないのは詰まらない。
議長も議会事務局の方たちも市長も執行部のみなさんもお疲れ様。そして29人の議員のみなさんもお疲れさま。 たかやん
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9月29日 (水) 「たかやん議員日記」2004.第196弾!
「たかやん議員日記」2004.第196弾! 9月29日(水)
9月議会の感想 僕自身傍聴に行ったことは一度しかないので、偉そうなことは言えないが一度市民のみなさんに見て欲しいと思う。議員も30人いれば色々である。若いのに寝てばかりいる議員もいれば、(わが会派の平松大佑と羽根善保は決して寝ない!)船を漕いでばかりいる執行部の人もいる。特に傍聴が少ないとそういう傾向があるから、たくさん傍聴に来て欲しいのだ。 質問や討論で感じたことは「原稿」を読んでいる議員が多いということだ。その点、須田市長や笠原議員、星川議員、わが会派の幹事長の加藤議員などはいつも自分の頭で考えた言葉で話しかけるので説得力があるし、聞いていて面白い。ところが自分と意見が違うと最初から全然聞こうともしない人達もいる。自分の意見を全然言わない人たちも多い。それでは議会は活性化しないし、新座市の未来も危ない。
野党だから何でもかんでも市長に反対というのもおかしいけれど、与党だから何でもかんでも市長に賛成というのもおかしい。与党だからこそ、市長に反対ということだってあるのだと思う。イエスマンだけではいい市にはならない。要は本気で新座市のことを考えているかどうかだ。自分の気持ちが「市民」の方を向いているかどうかだと思う。市民ではなくて市長の方だけを向いていたらおしまいである。30人の議員が本当に自分の意見を持てるようになったら、新座市はまだなんとかなると思う。これは市の職員にも当てはまることだろう。
教育も同じだ。教師が校長や委員会の方ばかり向いていたら、教育はダメになっていく。教師はいつも子ども達のほうを向いていなくてはいけないのだ。校長にゴマをすり、校長は委員会に委員会の先生たちは教育長に教育長は県教委にゴマをするというしくみでは「教育」は荒廃していくだろう。教育もまたイエスマンだけではダメなのだ。
市長も教育長も会社の社長もこれからは器の大きさを問われていくのだと思う。自分にノーと言える人を大切にできるかどうかでその器の大きさは決まるのだ。努力をしないイエスマンをよりも会社の未来を考えるノーと言える部下を大切にできるかどうかである。
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9月30日 (木) 「たかやん議員日記」2004.第197弾!
「たかやん議員日記」2004.第197弾! 9月30日(木)
命日 陵平の命日は10月1日ということになっている。それは医者の診断が0時を少し過ぎていたからそうなったのであって、実際は9月30日なのかも知れない。
10階からお母さんの政江さんと一緒に下を見た。「やっと下を見られるようになりました。」と政江さんがポツリと呟いた。4年という時の流れがお母さんの心をちょっぴりだけ癒していったのだろう。
僕は今日初めて陵平の落ちた場所に立った。階段と植木の間のその空間に陵平は倒れていたという。「不思議なことに血がでていなかったんです。左の肺が潰れて、左側は他にも骨折していたんですけど・・・頭もきれいだったんです。」と政江さん。
僕はその場所で少しだけ陵平と話をした。そして陵平と約束をしたのだ。陵平の死を決して無駄にはしないと・・・・。
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