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4月11日 (火) 「たかやん議員日記」2004.第101弾!
「たかやん議員日記」2004.第101弾! 4月11日(火)
議運 今日は9時半から議運があった。「市議会便り」の編集会議である。市長の施政方針に対する質問は名前無しで全員が載ることや、編集後記の読み方?などを教わった。面白かったのは星川さん。「一日市長にアトムの縫いぐるみが来るなら、あたしが中にはいるわよ。」これにはみんな苦笑い・・・・。(僕は隣りで爆笑していた)次回の「市議会便り」は5月25日発行予定。楽しみにしていてください。僕の編集後記も載りますよ。
九条の会 議運の後にKさんに呼ばれて、「九条の会」のことで色々話をした。僕は今の憲法が大好きなので、是非「九条の会」の活動に参加したいと思う。憲法改正に賛成の人も反対の人も、憲法のことでもっともっと語ることが大事なのだと思う。憲法前文は名文だ。何度も読んで暗誦してみるとよく分かる。九条の会もいいが、「前文の会」もいいんじゃないかな。
教育委員会 英語教育のことで7階の市教委にお邪魔した。いつものようにA先生は僕に熱く語ってくれた。いつも思うのだが、A先生の授業を参観してみたいというか、僕が生徒になって授業をうけてみたい。それほど魅力的な先生なのである。5月が少し楽しみになってきた。
クリーニング Yシャツ19枚とスーツを受け取りにクリーニング屋さんに行った。ここの奥さんも実は五中の卒業生。いつも笑顔で迎えてくれる。Yシャツ19枚・・・3月議会は長かったから、Yシャツもたくさん着たのだ。
きゅうけい 空が「抱っこ」をせがむので、抱っこしていた。ママが「おしっこしてきて!」と言うと空は「パパ、ちょっときゅうけいしてていい?」と聞くのだ。まだ2歳の空が「休憩」という言葉を言うとは思っていなかったので、僕は大笑いしてしまった。
DNA 韓国の新聞は正しかった。日本の新聞よりも先に情報が漏れていたということでもあるが・・・。北朝鮮はどう反論するのだろう。日本の中学生と韓国の高校生を誘拐して、結婚させ工作員にしたということか・・・。ひどい話だ。二人とも何とか、生きて家族と再会して欲しい。 北朝鮮が拉致を繰り返した時期、僕達北大テニス部のメンバーも夕方、同じ新潟の砂浜を走っていた。学生王座が柿崎市で開催されていたのだ。男だけだったから拉致されなかったけど・・・今から考えると、危なかったのかも知れない。
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4月12日 (水) 「たかやん議員日記」2006.第102弾!
「たかやん議員日記」2006.第102弾! 4月12日(水)
3時 今日は朝の3時まで語学の勉強をしていた。英語、ハングル、スペイン語と日本語。だから寝たのが3時半くらい。その中で漢字検定の勉強が面白かった。漢検1級の漢字はなかなか難しいのだ。今日参ったのは・・・謬見。笥子。(ビュウケンとケゴ。)早起きしてやるのもいいが、遅くまでやるのもそんなに悪くはない。
議会報告 午前中は3月議会の報告を作成していた。いつもと比べて発言の回数が多いので、議会毎に一枚の報告が、今回は二枚になりそうである。いつも字だけの報告だから、今回の報告には写真を入れるかなあ・・・・。
沖縄 読谷村では11歳の子どもが戦争に召集されて死んだ。たくさんの村民が自決し、アメリカ軍に攻撃され、降伏して助かっても・・・スパイと疑われ、自分たちを守るのに精一杯の日本軍に殺された。読谷村史を読むとあの戦争の悲惨さを、今の時代に生きていても知ることができる。 辺野古への基地移転計画は実は40年も前にアメリカ軍が作成していた。・・・というニュースを今日のテレビでやっていたが、今回の合意案はアメリカがもっとも望んでいた案だったのだろう。なかなかの茶番劇である。 沖縄の人たちは60年前からずっとアメリカ軍に振り回され、日本の政府に利用され生きてきているのだ。そんなにアメリカ軍基地が必要なら、東京に全部集めればいい。僕が沖縄人ならそう言うだろう。
お袋 塾へ行く以外は久しぶりに家に居た一日だった。そのせいかどうかは分からないが、お袋と沢山話をした一日でもあった。お袋もあと二週間で富山に帰ってしまう。来る前の二週間はなんとなくうきうきしているのだが、帰る前の二週間はなんとなく寂しい気持ちになってしまう・・・・でも富山に帰ると一人で何でもやらなくてはいけないから、本人の為にはいい事なのかも知れない。そう思うようにしている。
英語の発音 英語のテープやDVDを毎日聞いている空。別にバイリンガルにしようとは思っていないが、どういうことになるのかと自分の子どもで実験しているのかも知れない。本人はかなり楽しんでいるので、悪いことをしている感じではない。そして発音・・・・。時々驚くような綺麗な発音をするから驚く。少なくても僕は負ける。幼児の脳にはそういう仕組みがあるのかも知れない。
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4月13日 (木) 「たかやん議員日記」2006.第103弾!
「たかやん議員日記」2006.第103弾! 4月13日(木)
一生懸命 「一生懸命」という学級通信は五中の2年目の1年3組でスタートした。あの子達も今年41歳になるはずだ。「一生懸命」は今から28年前の4月に発行が始まった。
「一生懸命」はB4版の手書きだった。最初はなかなか書けなくて、1年間に100弾!(号)でるまでにはかなりの時間がかかったと思う。「たかやん」というあだ名をもらったのは「一生懸命」が始まったのと同時。それまで僕は「ワカメ」とか「ぞうさん」と呼ばれていた。
「一生懸命」はボクシングの試合を見ていて思いついた。具志堅用高の世界戦で具志堅が一生懸命戦っている姿を見て、感動して「これだ!」と思ったのだ。最初の学級通信の名前は「41人の仲間達」。年間3号がやっとだった。 それが6中になったとたん、毎日書きはじめた。年間244号ほどの「一生懸命」を11年間、僕は書き続けた。
「一生懸命」はどんな人でもできる生き方だ。男でも女でも、大人でも子どもでも、障害があってもなくても、クラスでトップでもペケでも・・・・自分の力を100%出そうと生きることが「一生懸命」だ。少なくても僕はそういう意味で子供たちに毎日「一生懸命」という文字を見せ続けたかったのだと思う。
「一生懸命」という言葉に毎日目に触れるのと、触れないのとでは全然違ってくると思う。毎日の法則なのだ。言葉は人を元気にする力を持っている。
「一生懸命」という言葉を見ると、僕は新鮮な気持ちになる。これからの人生の中で何かに挑戦していきたいし、人の役に立ちたい。そう思っている僕にとって、「一生懸命」は何よりの元気の源になるような気がするのだ。
一所懸命なんじゃないの?という人もいる。僕は一生懸命の方が好きである。勿論一所で頑張ることも大事なのだろうが、場所なんかどんどん変えても100%で生きていくことはできるから・・・・
今日は朝から晩まで、そんなことを考えていた。
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4月14日 (金) 「たかやん議員日記」2006.第104弾!
「たかやん議員日記」2006.第104弾! 4月14日(金)
プレート 語る会のプレートができていた。これでみんなの仲間入り?記念にプレートの前で写真を撮った。今度の議会報告で使おうかな・・・。
写真 今回の議会報告は写真入り。学級通信や塾日記と同じように、今までは字だけだった議会報告。それに写真を入れてみると、なるほどいい感じ。だけどモデルがイマイチ・・・・写真うつりが悪いのかなあ・・・
祖母ちゃんと孫の会話 空「アルプ!」お袋「英語は分からないから、日本語で話して。」空「アルプ、アルプ」お袋「英語はわからないの!」アルプはアンパンマンに登場してくる男の子の名前。英語アレルギーのお袋には空が英語を話しているように聞こえたらしい。
ジャンクメール 最近メールボックスを開けるのが嫌になるほどジャンクメールが多い。誰もが経験していることなのだろうが、一方的に送られてくるのはよくない。みんなが困っているのだから、なんとかならないものなのかと思う。
どうするアイフル アイフルの営業停止がニュースにでていた。サラ金業者がテレビでああいうCMを流すこと自体がおかしいし、銀行から低金利で借りて、高金利で貧乏人に貸し出し大もうけするのだから世の中おかしい。社長が「教育を徹底します。」と頭を下げていたが、徹底していたからこうなったのではないのか。営業停止期間は3日から25日だそうだが、どうせなら3年から25年くらいにしてくれないかなあ・・・「どうするアイフル」の宣伝だって、貧乏人の金を巻き上げた金で作ったのだ。ああいう会社がテレビで堂々と明るく宣伝していることがおかしい。暴力団がテレビで勧誘しているようなものだ。それで大もうけしているということは、誰かが大損しているということなのだから・・・・。明るいコマーシャルと暗い取立て・・・ひっかかる方が悪いとばかりはいえない。
桑田と清原 桑田が勝って、清原がホームランを打って・・・試合は見ていないが、嬉しい。若い選手の活躍を見るのもいいが、若かった選手の活躍は味があっていい。勿論金本は凄いし、応援しているが、壁にぶつかっても、這い上がってくるベテランを見るのは嬉しいものだ。
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4月15日 (土) 「たかやん議員日記」2006.第105弾!
「たかやん議員日記」2006.第105弾! 4月15日(土)
妙高 関越を走っていると、桜や梅が綺麗だった。一月ぶりの妙高はまだ雪の中。着いて直ぐに裏の林の中をみんなで散策した。雪が深いので長靴かカンジキを履かないと歩けない。木の周りだけ雪が溶けていて、木の温度を感じる。
橇 林の中での橇は面白かった。自然のコースなので、立ち木はあるし、沢はあるし・・・橇をコントロールしながら、空と二人で「キャーキャー」言いながら滑った。スキー場の人工のスロープとは全く違った感覚で気持ちがよかった。
お風呂 橇で遊んだ森を見ながらお風呂に入った。色々面倒なことを忘れて、ただぼんやりと外の景色を見ていた。
レストラン 夕食は森の中のレストラン。静かな森の中で木の香りがするレストラン。みんなで何種類ものメニューを頼み、そしてそれをみんなで分けて食べた。6人で7000円のディナーで、僕らはお腹が一杯になった。
牧師さん 僕らの隣りに外国人の夫婦が座った。「今晩は!」と僕。見知らぬ人でも声をかけたのは、何となく近所の人のような気がしたから・・・。「コンバンハ。」「ドコカラキマシタカ?」「ぼくたちはさいたまです。」「こちらはどうきょう」「アアソウデスカ」「わたしはみょうこうです。」「ミョウコウ、ソウデスカ。」「シゴトハナンデスカ?」「かぐをつくっています。」 「カグ?」「making furniture」「アア、カグネ。ワカリマシタ」「アメリカのかたですか?」「ソウデス。ワタシハチュウゴクデウマレマシタ。チチハスエーデンノヒト。」彼らは野尻湖の湖畔に住んでいる、教会の牧師さん夫婦だった。今度の夏にヨットに乗りにいく約束をして僕らは別れたのだった。
真夜中の語り 僕より1年後に教員をやめて家具職人になった友達と遅くまで語った。学校のこと、社会のこと、友達のこと、議会や塾のこと、テニスのこと・・・話は尽きなかった。
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4月16日 (日) 「たかやん議員日記」2006.第106弾!
「たかやん議員日記」2006.第106弾! 4月16日(日)
朝風呂 6時過ぎに一人でお風呂に入った。昨夜のアルコールがまだ抜けていない。本を読みながら、時々外の景色に目をやる。この家からの風景に人工的なものは殆どない。道路は見えないし、建物も1軒しか見えない。後は工房と僕らの車が2台見えるだけ。それ以外は全部自然だ。夜中に雹が降り、車の屋根が白くなっているのが見えた。妙高の春は寒い。
食事当番 妙高での食事は大抵僕が作ることになっている。7時過ぎから朝ごはんを作り始めた。メニューは野菜炒めにブロッコリーのサラダ。鮭に韓国海苔、納豆、酢の物、キュウリと蕗味噌、ほうれん草の大蒜和え、焼き鳥、冷奴、味噌汁、御飯。みんなが起きてくるのに丁度間に合って、めでたし、めでたし。
虫さーん 窓にいたショウジョウバエに向って、「虫さーん!」と声をかけていた空。何度呼んでも返事がしてもらえず、「パパ、虫さんとって!」と迫ってきた。
フキノトウ 家の周りにはたくさんの蕗の薹。空が蕗の薹を見て「フキノトウさーん!」と声をかけていた。どうやらアンパンマンに出てきたので、名前を覚えていたらしい。
諏訪湖、八ヶ岳 久しぶりに諏訪湖を見た。大学時代、下諏訪の友達の家に泊まって以来だ。八ヶ岳も綺麗だった。いつもとは違ったコースで僕らは帰って来た。
ETC 初めてETCを使って高速を走った。なるほど便利なものだと思った。ただ財布の中からお金が無くなっていかないような錯覚になるのが恐い。銀行の口座からは確実に落ちていく訳だから・・・・。
リフレッシュ 今回の旅行はみんなで割り勘して、一人10000円行かなかった。一泊二日だったけど、リフレッシュできたと思う。本は日本語と英語と両方読めたし、色々話もできた。友達っていいなあと思った。
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4月17日 (月) 「たかやん議員日記」2006.第107弾!
「たかやん議員日記」2006.第107弾! 4月17日(月)
DNA 久しぶりに娘の雪が長男を連れて遊びに来てくれた。お袋が今週末に富山に帰るので、昨日は亮も来てくれたらしい。間違いなく同じDNAが揃っているのを感じた。横田めぐみさんのことを思う。横田家にもこうした集まりが当たり前のようにあるはずだったのだから・・・・・。
一久 昨夜は一久と電話で40分以上話をした。「僕はどんな人たちと会っても、六中のあのテニスコートでたかやんから学んだことがしっかりとあるから、ブレません。アメリカのトップのコーチと会っても、スペインのトップのコーチと会っても、日本のトップのプレーヤーと会ってもビビることはない。たかやんのお陰です。」そんな風に言ってくれる教え子は一久しかいない。あの頃の僕がどれだけ燃えていたとしても、それを受けとめるだけの柔らかさを一久は持っていたのだろう。「そうじゃなかったら、今テニスのコーチをやってません。とっくにやめています。」そんな風に言われて、涙が出そうになった。僕はテニスのプレーヤーとしてはCクラス。部活動の顧問としてはAクラスでも、コーチとしてはBクラスかCクラス。自分ではそう思っている・・・・。昔は苦しい時に相談に乗る立場だったのに、昨夜の電話では逆にアドヴァイスをしてもらったような気持ちになった。一生懸命やったことはこうして返ってくるのかも知れない。一久は今桜田クラブでコーチをしている。僕が藍先生のところに通ったのは今からもう20年以上前。その頃可愛い小学生だった渡辺大輔君が今は桜田のヘッドコーチ。人と人の繋がりを感じる。
理科の授業 1年2組の初めての理科の授業だと言うのに10分も遅刻してしまった。隣りのクラスの先生に申し訳ないと思いながら話を始めた。1年生はワイワイガヤガヤいいながら僕の話を聞いている。『ノートは取らなくてもいいよ。』「えーっ!」『テストが出来ればそれでいい。取る、取らないは自由だよ。』「えーっ!」『ガムを噛んでいる子が何人かいるけど、俺にバレなきゃいいよ。でもバレたら怒るよ。マナーだからね。俺がガム噛みながら授業やったら嫌だろ?』「うん」『90点平均取ったら、誰でも5をあげる。70点平均で誰でも4・・・・』「誰でも?」『そう、誰でも・・・』「本当?」『本当だよ。』中学校1年生の最初の授業。(あれ?俺なんで学校で授業しているんだ?)昨夜、一久と話したからかなあ・・・今朝はそんな夢を見た。
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4月18日 (火) 「たかやん議員日記」2006.第108弾!
「たかやん議員日記」2006.第108弾! 4月18日(火)
風邪? 喉が痛くて目が覚めた。鼻は詰まるし、喉は痛いし・・・久しぶりの風邪なのだろう。そういえば昨日、外から帰って来たときに嗽をしなかったか・・・・。少し後悔しながら半日寝ていたのだった。
死ぬこと 大好きだった石神井高校の1年先輩の高野純二さん、そして北大の同級生で僕より1つ若いのに死んでしまった親友の土肥和彦。僕は今日一日、彼らのことを考えていた。自分の体調が悪かったからかも知れないが、死んだらどうなるんだろうと真剣に考えたのだ。そういうことを考えるのは小学校5年生の時以来かも知れない。考えてもどうなるものではないのは分かっているが、それでもどうなるんだろうと考えてしまった。 純二や和彦がどういう思いで死んでいったのか・・・・家族を残して逝ってしまうということはどういうことなのか。残された家族の側には立ったことがあるが、残して逝く側にはなったことがないから分からない。でも丸一日考えて、少し分かるような気がした。57歳で逝ってしまった父さんも、多分そういう思いで逝ったのだと思った・・・・・。
デモ フランスの学生や労働者達のデモが政府の方針を変えさせた。人のエネルギーというのは凄いものだと思った。僕らもイラク戦争反対のデモに参加したが、そこには武器を使わないで、自分の体と言葉で自分たちの考え方を主張する単純なやり方が貫かれていた。フランスとの違いは人の数。逆にいうとフランス人はイラク戦争に反対する人数よりも雇用条件に反対する人達の方が多かったということだろう。遠くの他人の命よりも自分たちの雇用条件の方が現実的なのだ。それでもデモという古い手法が、現在でも政府の方針を変えさせるだけの力があることを証明したのだから凄いことだと思う。僕らは小さい頃「アンポハンタイ」と横並びに隊列を組んでデモする遊びをしていた世代だ。テレビを見て傍観するより、自分の体を使って主張する。そういう時代がまた来るのかも知れない。
小泉純一郎と小沢一郎 テレビのコマーシャルでは小泉純一郎しか見ていない。「改革」を語る手法は前と同じ。問題はその言葉に国民が騙されるかどうかだ。小泉チルドレン?のあのタレントのようなパフォーマンスを見ていると馬鹿馬鹿しくなってくる。千葉県民がどう見るかは分からないが、今回は小沢一郎に負けるのではないだろうか・・・・僕はそんな気がする。
新庄 突然の引退宣言に驚いた。花のある人だけに、本当に驚いた。桑田や清原とは違う。勿論イチローとも全然違う魅力のある選手だ。パリーグが面白くなってきた時期だけに、もったいないと思う。ああいうスターはお金では買えない。新庄の心を動かせる人がいるかどうかだ。
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4月19日 (水) 「たかやん議員日記」2006.第109弾!
「たかやん議員日記」2006.第109弾! 4月19日(水)
花粉か? 喉は痛いし、鼻は詰まるし・・・風邪だと思っていたが、もしかしたら花粉かも知れない。今年はもう終わったと思い込んでいただけで、実は花粉はまだ飛んでいるのかも・・・・ それが証拠にどんなに喉が腫れても、熱はそんなに上がらない。全く憂鬱な季節だなあ・・・。
最小公倍数と最大公約数 倍数と約数・・・・漢字の意味を考えれば、その違いは分かるはず。そう思うのは教える立場の人間であって、小中学生には結構分からないことが多い。そういう僕自身もよくわかっていなかった時期があった。中学校で数学の授業をするようになって、子供たちの中には分数の通分ができない子達(足し算や引き算ができない)がたくさんいることを知った。楽しいのは、そういう子供たちができるようになっていく姿を見ることだ。「何でこんな問題もできないの?」「小学校で何を習ってきたんだ!」と怒ってみても、できないものはできない。だから、兎に角できるようにしてあげること。それが大事なんだと思う。掛け算の九九のように練習して練習してできるようにしてあげる。その時の子供たちの表情の変化がたまらない。今日は小学生と勉強していて、その表情を見ることができた。だから教えることをやめられないのだと思う。
みどり 今朝の夢も1年2組の夢。登場したのはみどりという女の子。もう30歳になるはずだが・・・・元気なのだろうか。少なくとも夢の中では元気で, 笑顔で僕と肩を組んで歩いていたが・・・・。
非常勤 アルバイトの先生の話が朝日新聞に連載されている。非常勤というのはアルバイトのことだ。同じ仕事をしても時間給で、同僚からは勿論、生徒達からも格下に見られることが多い。給料が極端に少ない中での教師の仕事・・・・僕にはそういう経験が無いけれど、その立場になってみれば大変なことだと思う。子供たちとの「来年」は無い。毎時間、毎時間が勝負なのだ。採用試験に合格する保証もない。目立てば臨時採用すらされなくなる可能性がある。そんなギリギリの状態の中でも素敵な先生がたくさんいた。まるで必死になって二軍から一軍に這い上がろうとしているプロ野球の選手のように目を輝かせていた先生達を僕は何人も知っている。
視察 久しぶりに幸弘から電話があった。「5月に墨田区に視察に行かない?」という誘いだった。会派を超えての視察だそうで、僕は「行くよ!」と即答した。楽しみ、楽しみ。
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4月20日 (木) 「たかやん議員日記」2004.第110弾!
「たかやん議員日記」2004.第110弾! 4月20日(木)
竹島 領土問題というのはなかなか難しい。尖閣諸島にしても、国後、択捉、色丹、歯舞にしても思うようにはいかないのが領土問題。それで戦争になる訳だが、負ければ失われるのは領土だけではなく民の命もということになる。勿論、勝ったほうも無傷では済まない訳で・・・・いっそ公平にジャンケンでもしてみたら、と言いたくなる。「ふざけるな!」と怒られそうだが、戦争になるよりはマシである。「勝った方が今年の竹島をもらう。」という日韓のサッカー定期戦などがあると気合が入るだろうなあ・・・。それこそ日の丸を打ち振って、愛国心をさらけ出して応援するのではないだろうか。でも来年はまた分かりませんよ!というのがこの試合の味噌なのだが・・・・ その内、日韓がごちゃごちゃになって、ロシアとも仲良くなって、みんなで乾杯になったら大成功。地球上に人種はたった1種類。46本の染色体を持つホモ・サピエンス。理科の最初の授業で僕は必ずこの話をしたっけ・・・・中学生達は理解してくれたのだが・・・・。
二晩 お袋が「あとふたつ寝ると空とバイバイね。」というと空は「じゃあ、おばあちゃんねないでよ。」空はお袋に行かないでといいたかったらしい。あと二晩でお袋は富山に帰る。
離岸流 明賀先生の「離岸流に気付こう」というブログを読んだ。離岸流・・・文字通り、岸から離れていく流れのことである。海には目に見えない流れがあるのだ。僕も昔この流れに乗ってしまい、パニックになりそうになったことがある。何時間でも泳げる自信があったから、気にもしないで沖の方にさらに泳いでみたら、岸へ戻る流れに乗れて無事帰れた。海は恐い。離岸流ではなくても、例えば黒潮の流れは速いところで毎秒2Mにもなるから恐ろしい・・・・。どんなに頑張っても自然と仲良くしないといけないということだ。そういう意味では人生の中でもジタバタしてはいけない時があるのかも知れない。自然に任せて楽しむ余裕があれば、周りが少しは見えてきて、脱出口が見えてくるのだ。
アメリカの豚 いつもはまず買わないのだが、アメリカ産の豚肉を買ってみた。ヒレカツにして食べたのだが・・・・どうもお腹が痛い。僕のお腹は添加物とかに異常に反応するお腹なので、中国野菜と一緒でどうもいかんらしい。「安い」ものは「恐い」のかも知れないなと思う。だからといって、「高い」ものが「良い」ものかどうかは怪しいが・・・・
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