Diary 2009. 7
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7月11日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第191弾! 2009.7.11(土)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第191弾! 2009.7.11(土)  たかやん

朝練
今朝の練習も6時半から。空も6時に起きて、元気いっぱい公園で遊んだ。目が届く、安全な公園があるということは親にとっても、子どもにとってもいいことだ。

楡庭会
今日は楡庭会の総会があった。東久留米・志木線の一部開通式があったが、年に一度の北大庭球部OB会の総会を優先させてもらった。

昭和の森
総会の前に全国から集まったOBでの親善テニス大会が行われた。僕は最初の試合で往年の名選手松原さんと組んで、川西・藤原ペアに6−0で快勝。2試合目ではその川西さんと組んで、太田・安川ペアに6−2で圧勝。3試合目でも川西さんと組んで、松浦・安達ペアを6−4で下したのだった。テニスの後の宴会で「今日の試合はパートナーと相手に恵まれて・・・」というスピーチが受けていた。

左膝
試合の後、24歳の桑野と練習していたら、左膝が「ピキ」っと、鳴った。そこは前から痛めている箇所だ。何食わぬ顔をして走っていたが、かなり痛かった・・・楽しかったので、途中でやめられないところが、いかんねえ・・・まだまだ子供じゃ。

異議なし
総会はホテルの会議室。まるで議場のような雰囲気だったので、笑ってしまった。何もはじまるまえから「異議なーし!」と大声で叫んで、みんなを笑わせた。総会は思ったよりも長時間?になったのだった。

都ぞ弥生
総会の後の宴会は楽しかった。大先輩の叙勲のお祝いを兼ねての飲み会だったのだが・・・・先輩や後輩のスピーチが楽しくて、ちょっぴり泣けて・・・いい会だった。そして、最後の最後にみんなで肩を組んで、「都ぞ弥生」を歌う。それが北大のお約束。ついでにホテルが出したビールはサッポロ・・・徹底しているのである。

財布
帰りの電車の中で立派な財布を拾った。チラッと見ると、かなりのカードと大金が入っていたので、警察に届けることにした。絶対に戻ってこないと思っていた財布が返ってくる。しかも、拾った相手は何も言わずに警察を立ち去る。なかなかいいストーリーだと思った。東久留米の派出所で「お礼はいりません。」と言って、敬礼して立ち去ったおっさんであった。いやあ、いい気分だ。「免許証が入っているので、確実に落とされた方に届きますよ。」と若いお巡りさんが言っていたっけ。いやあ、ラッキー、ラッキー。明日の朝も朝練がある。もう寝よ・・・。



7月12日 (日)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第192弾! 2009.7.12(日)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第192弾! 2009.7.12(日)  たかやん

友達
ひばりが丘で僕のチラシを貰ってくれた人たちが「川掃除」に来てくれたが、今度は東久留米で僕のチラシを貰ってくれた人たちが「テニス」を誘ってくれるのだから、人生は面白い。今朝は、その新しい友達と初めてテニスを一緒にやった。昔から、友達はたくさんいた方だが、いくつになっても新しい友達ができるのは嬉しいこと。今日の友達も「いい気」を出している人たちばかり・・・人生は本当に不思議で、そして楽しい。

都議選
どうやら都議選で民主が大躍進したらしい。僕が応援した候補は一人が当選し、一人が落選した。頑張って、頑張って、頑張って・・・落選した仲間たち。さぞかし悔しい思いをしているだろう。彼らがどれだけ頑張ってきたかを知っているだけに、本当に残念でならない。

民主党
都民が自公を否定したのは間違いない。このまま行くと、国政も自公政権否定になるだろう。しかし、それはイコール民主党にイエスと言っている訳ではないのだ。今までの自公のやり方にはノーだよ。だけど、民主だって政権をとっていい加減なことをすればノーなんだよ・・・そういうことだと思う。民主党は国政では野党だが、都議会では与党に近い。そして新座市議会では完全市長与党。市民がテレビで見るイメージとは程遠い姿がそこにはある。国政と同じようにガチンコで自公と対決する民主を市民は期待している。市民は馬鹿ではない。自公と何でも一緒の民主には期待できないことが直に分かるだろう。市民が期待しているのはものを言う民主である。市長提出議案に何でも賛成の民主ではない。

ジャージかスーツか・・
「野火止め在中の一市民」の方から手紙を頂いた。その中に僕の駅立ちの服装についての意見があった。「きちんとした格好の方がいいです。」と書かれていた。なるほどな・・とも思った。ジャージで市政報告を配っている人など見たことがない。普段の議会では、他の議員たちがクールビズとかでネクタイをしていなくても、僕だけはネクタイをしているのだが・・・そんなことは駅では分からない訳で・・・みんなと同じように配るのが嫌だから、ジャージに襷なし、名前の連呼なしという今のスタイルになったのだが・・・うーん、今度「きちんとした格好」でもやってみようかな。その方が気持ちがいいという人がいるのなら、やってみる価値はある。7月号は半袖・短パンで配ろうと思っていたが、少なくても新座駅や志木駅ではそうしてみようと思う。ただ、ジャージに帽子という姿の僕と余りにも違うイメージになり、僕だと気がつかない人がいるのでは・・・そういう心配もある。それも面白いとは思うけど・・・。

友達からのメール
川越の一主婦からもこんなメールがきた。

たかやん様
野次は腹が立つこともあるでしょうが、私は少なくとも「寝てる」よりずっといいと思っているんですよ。(考えているってことだから。)野次すら飛ばない、だまって賛成、ばかりが続く議会では「どうして賛成なの?「どうして反対なの?」まったく不明。

6月議会の最終日だけ傍聴できましたが、反対討論に立つのは共産だけ。しかし、せっかく共産党が「反対討論」してるんだから、他の議員は、「賛成討論」したらどうなの!!って言いたい。反対の人がいるのに、だまって賛成は失礼な気がします。

共産の4人だけが、反対にまわった議案3件。他の人は、だまって賛成。ある意味、共産党の姿勢が正しいですよ。内容はどうあれ意見を言うのだから。

がんばって討論しても数で負けます。負けますけど、意見表明は議員にとって大切なこと。だまって座っているのは、傍聴者でもできる。傍聴者は議員より寝てないし。(無償なのにね。)

ああ!そうそう! 川越の平成20年度の政調費もまた、ひどいものです。また、監査請求を出すつもりでいます。悪質です。

(近いうちに、隣市の政調費領収書の閲覧に行く予定してます。川越の領収書公開が2年目ですが、多く閲覧することで、あれこれと気がつくことが判りました。何ごとも経験ということで。)

* 黙って賛成は傍聴者でもできる・・・というフレーズが気に入った。やはり議員は発言してなんぼ・・・なのである。そして発信してなんぼなのである。7月号を早めに配るかね。もうすぐ1時。明日は舞ちゃんのお迎がある。気合いを入れて5時には起きよう!

誠一へ
北上での初めての夜だね。寂しいよね・・・家族と離れ離れなんだから・・・。今日は見送りに行けなくてごめんね。仕事もかなりヘビーだし、体だけは気をつけてください。運動と食事と睡眠の三つはしっかりね。たまにメールちょうだいね。たかやん


7月13日 (月)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第193弾! 2009.7.13(月)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第193弾! 2009.7.13(月)  たかやん

心配していたことが・・・
先週の日記にこんなことを書いた。
介助
石神小のプールの介助員が心配である。僕より年上の男性と女性という話だが、本当に安全性は大丈夫なのだろうか。舞ちゃんもさなちゃんもかなり重くなってきた。僕より非力な方達には辛い作業になるはずだ。更衣室から抱きかかえてプールサイドにおろす。プールサイドから持ち上げて、シャワーを一緒に浴びる。再びプールサイドにおろす。そしてプールサイドからプールに下す。プールからプールサイドに持ち上げる。プールサイドから持ち上げてシャワーを一緒に浴びる。シャワー室から更衣室に運び下す。最低でもそれだけの作業を安全にしないといけないのだ。僕は怪我を心配している。舞ちゃんやさなちゃんが怪我をすることは勿論、介助する方が怪我をするのではないか・・・それが心配なのである。足を滑らせても怪我をするし、重さに耐えられなくて落とすことだって考えられる。去年は「プールの介助をお願いします」と学校から電話があったが、今年はまったくない。僕を学校へ行かせなくない教育委員会からの指示だろうが、事故が起きたら誰が責任を取るのだろう・・・年配の女性には全く無理な仕事なのである。やったことがない人たちには理解できない話だろうが・・・・。教育長の言う「地域の協力」は何を指すのだろう・・・僕ら地域の住民は子どもたちのことを思っているのだ。教育員会の都合など何も考えていない。地域の子どもたちの役に立てればいいのだ。地域の学校は教育委員会のものでもなければ、ましてや教育長のものではない。あったりまえのことだが・・・悲しいことにわかっていない方達がいるのである。

この日記を書いた日、舞ちゃんに悲劇が起きた。プールの水を飲み過ぎて、プールでもどしてしまったのだ。介助がいるのに、溺れたような状態になったのだから酷い話だ。可哀そうに・・・苦しかっただろう。怖かっただろう・・・。また周りの子どもたちから「汚ねえ・・」と言われたかも知れない。楽しみだったプールを恐怖のプールにしてしまった責任は重い。プールの介助には強い力と優しい心が必要なのだ。
「たかやんだったらよかったのに・・」と舞。「火曜日の午後なら空いていたのにねえ・・」と僕。校長が舞の家まで謝りに来たらしいが、事故が起きてからでは遅いのである。学校で起きたことは校長の責任になるらしいが、校長がその介助員を採用した訳ではないだろうし、先生たちの責任でもない。強い力と優しい心をもった人材を利用しなかった誰かさんに責任があるのである。現場の声を聞かないから、こういうことが起きるのだ。全ての普通教室に配置される大型テレビも事故は起きそうである。テレビが壊れるだけの事故であればいいのだが・・・・。

解散
突然、解散が決まった。8月30日まで落ち着かない日々が続きそうである。夏休みは塾に燃えなくてはいけないから、選挙の手伝いは無理。でも、友達はみんな全国を飛び回るのだろう。少しで日本を良くしたい・・・そう思って。

寝不足かな・・
昨夜は結局2時過ぎに寝た。起きる時間はあまり変わらないから・・・ちょっと寝不足である。それにしても暑い一日だった。外で運動してたら、情けないことに胸が苦しくなった。こういう日は家の中で静かにしていた方がいいかも・・・・明日も舞に会える。今の時間は朝の4時過ぎ。少し寝るか・・・。


7月14日 (火)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第194弾! 2009.7.14(火)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第194弾! 2009.7.14(火)  たかやん

暑い
どうやら梅雨が明けたらしい。この時期に梅雨明けというのは記憶にないことだ。水不足になるのか、それとも豪雨被害がどこかで起こるのか・・・エルニーニョらしいから、おかしなことになるのは間違いないだろう。


結局今朝は殆ど寝ずに、舞ちゃんのお迎に行った。舞を車に乗せようとしていると、後ろから誰かが突っつく・・・まおりだった。「おはよう!」「おはようございまーす!」六中の1年1組でできた信頼関係はこれからもずっと続いていくだろう。これもディックンのお陰である。

1組
そう言えば、昨日はいなげやで拓也と一祥に会った。二人とも2年1組だった子である。勉強嫌いな二人がいなげやで勉強していたのには驚いた。「たかやん!」「なにやってんの?」「買い物だよ」「ああ、びっくりした!」「さっき、しょうたろうと会ったよ」「へえ、変わってた?」「うん、凄く大きくなってた」「うそ・・たかやんよりでかいの?」「うん、多分でかい・・」

体育祭
「2学期で楽しみなのは体育祭だけだよ」と龍一。「昔から体育祭にはみんな燃えていたよ」「そうなんだ」「応援団が凄くてね、近所の人たちがみんな見に来るような体育祭だったんだ」「ふーん」「昔は打ち上げもみんな一緒だったんだ」「そうなの?」「教師も生徒もみんなで打ち上げに行って、俺たちはビール飲んで・・・子どもたちはジュース。それで焼肉屋の駐車場で塔を造って大声出して・・・怒られたっけ・・・」「嘘」みんなで笑って、みんなで泣いて、子どもたちと一緒に怒られて・・・その代り、体育祭が終ってから逆らう子どもたちは全然いなかった。そして、体育祭の後はみんなで勉強モードになっていったのである。教師は生徒たちの「先輩」そして「仲間」だった時代のお話である。

官僚たちの夏
久々にいいドラマを見ている気がする。あの時代に生きた僕らは幸せだったのかも知れない。何しろ、大人たちが輝いていた。政治家も国家公務員も日本の為に真剣だった時代である。父さんも労働省の中央労働委員会でバリバリ仕事をしていた。我が家に冷蔵庫が来た日、洗濯機が来た日、テレビが来た日・・・僕は全て覚えている。日本中にエネルギーが溢れ、そして夢があった時代。今のようにものは溢れていなかったけど、家族の愛に溢れていた時代・・・戦争という人類最悪の行為から解放されて、エネルギーを存分に物づくりに発揮しはじめた時代。日本を必死で守ろうとする官僚たちがいたのだ。日本を必死で豊かな国にしたいと本気で願っていた官僚たちがいたのだ。アメリカに刃向う、本当の愛国者たちがいたのだ。君が代を歌うのが愛国者なのではない。君が代を歌わせる人間達は愛国者などではない。日本という国を守ろうとするのが愛国者だ。日本全体を本気で豊かな国にしたいと思って仕事をする人を愛国者というのである。そんなことを考えさせてくれるドラマである。


7月15日 (水)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第195弾! 2009.7.15(水)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第195弾! 2009.7.15(水)  たかやん

梅雨明け
朝から、風呂掃除と布団干しに燃えた。梅雨明けなのだ。布団は干さなきゃいけないし、風呂は掃除しなくてはいけない。カビを蔓延らせてはいけないのである。どこの世界にもカビはいる。カビをはやしてはいけないのである。

バックハンド
昔からフォアハンドよりもバックハンドの方が得意だったのだが、最近どうもバックハンドの調子が悪かった。そこで今日は1時間半程練習してみた。すると、気持ちいいくらい打てるようになったのだった。何でもやはり練習しかないのだ。ピアノや囲碁の練習もどんどんやらなくては・・・

よさこい
八石小学校でよさこいソーランの練習があった。5時集合だったのだが、体育館を走り回る子供たち・・・練習が始まったのは5時半だった。空は本当に楽しそうに踊っていた。8月の夏祭りで踊るらしいのだが・・・幼稚園児たちの踊りは可愛らしかった。夏まつりが楽しみである。

川遊び
恒例の川遊びが8月2日にある。今日はその打ち合わせが我が家であった。会議は7時から11時過ぎまで続き・・・なかなか内容の濃い会議になったのだった。

太郎
政治の目的は当選することではない。国民の生活を豊にすることである。ああそれなのに、それなのに・・・・自民党員が選んだ総理大臣を辞めさせようとしているのだから、どうかしている。麻生太郎は国民が選んだのではない。自民党員達が勝手に選んだのだ。それが人気がないとみるや、平気で引きずり下そうとするのだから、自民党員達の品位を疑うのである。




7月16日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第196弾! 2009.7.16(木)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第196弾! 2009.7.16(木)  たかやん

質問
「ねえ、パパは小さい頃名前なんていったの?」「え、ともやだよ」「そうじゃなくて、何ともやだったの?」「たかむら ともやだよ」「え?小さい頃から?」「そうだよ」「じゃあママは?」「ママは野口だよ」「何で知ってるの?空はさっきママからきいたばかりだよ」「何でって言われても、そりゃあ知ってるよ」「じゃあ、お祖母ちゃんは小さい頃なんていう名前だったの?」「おばあちゃんてパパの方のお祖母ちゃん?」「うん」「森川って言ったんだよ」「ふーん」空の質問は面白い。「ねえ、パパ。自転車はどうやって作るの?」「ねえ、パパ・・・」が毎日のように続くのである。まるでラジオ電話相談室のようである。

後援依頼
8月2日の「川遊び」の後援依頼に市役所へ行った。まずは秘書広聴課へ行って、次に教育委員会へ・・・去年協賛してくれた会社が今年はダメで・・・川遊びも今年はギリギリの予算である。それでも応援してくれる人たちがいて、何とかなりそう・・・ありがたいことだ。

にいざ教育委員会へのメール
「大型テレビ設置問題について」

普通教室でのテレビ使用についてですが、テレビ番組を生放送で視聴するということは、現在、ほとんどないと思います。テレビはビデオやDVDを再生する時にモニターとして使うことが多いと思います。(現場の先生方に聞いてみてください)その場合は、現在のテレビで十分可能です。
大型テレビを設置するのであれば、視聴覚室、音楽室などの特別教室がよいと思います。それは、特別教室は普通教室より床面積が1.5倍あるからです。音楽室は映像鑑賞に活用されると思います。
  
設置する場合は、壁掛け固定や天井吊り下げ固定式がよいと思います。キャスターで床移動させると、転倒の危険があります。
大型テレビを導入する前に考えていただきたいことがあります。それは、各教室に設置されているスクリーンの活用です。昔、OHP(オーバー・ヘッド・プロジェクター)が導入され、スクリーンも各教室に設置されていると思います。現在、OHPはほとんど使用されていないと思います。大型テレビの替わりにパソコンのデータや画像を映し出せる、プロジェクターを購入するというのは、どうでしょうか?軽量で持ち運びも簡単です。
それから、大手企業や予備校が導入している、インターネットを使ったテレビ会議・テレビ授業システムは学校には不要だと思います。第一、操作が面倒だし、だれがシステム管理をするのか?校内テレビ放送設備も不要だと思います。これも無用の長物となっている
学校を多く知っています。校内放送は音声のみで十分です。

テレビ放送の地上デジタル化に合わせた、企業のテレビの売り込みが学校に入り込んだという感じがしますが、言われるままでなく、本当に必要なものを、必要な所に設置してほしいです。(平等に、と言う気持ちはわかるのですが、市内すべての学校にすべて同じものという考えは、疑問があります)

たかやんが訴えているように、「現場の声をよく聞いて」税金が無駄なく使われるようにしてほしいと思います。

(返信)
そう大事なのは現場の声を聞くということです。ところが新座の教育長はそれをしようとしない。まるで無視するのですから先生たちは大変です。中学校の先生にしてみれば、小学校しか経験していない人が「現場の声を聞かない」と言っているのですから、頭にくるでしょうね。50インチ以上あるテレビを移動させるのは、中学校ではかなり危険です。中学生達は楽に移動させてしまうでしょう。机に穴をあけ、パイプ椅子を平気で曲げる子どもたちにとって、大型テレビが標的になるかも知れない。それよりも何よりも、今授業でテレビが使われることは非常に稀でしょう。テレビ授業は確かに無理でしょうね。「電子黒板」としての使用も多分殆どないでしょう。先生たちは今忙しくてしょうがない。そこに「現場の声を聞く気がない」人から何を言われても、「やる気」にはならないでしょう。教育長はフィンランドでは電子黒板を使って授業をしていた。と、大型テレビがあれば学力が上がるような話をしていました。大型のテレビを導入したら「学力が上がる」のなら、100インチのテレビだっていい。学力を上げるにはテレビを大型にするのではなく、「少人数学級」にすることのほうが効果があるでしょう。テレビを大きくする前に、クラスを小さくすることです。フィンランドでは「少人数学級」だったはずです。この大型テレビの導入で儲かるのはメーカーなんでしょうね。日本全国でこういうことが行われていると思うと、本当に情けなくなります。たかやん


7月17日 (金)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第197弾! 2009.7.17(金)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第197弾! 2009.7.17(金)  たかやん


5時。外は雨・・・あれ、梅雨明けしたじゃなかったの・・・。自転車を庭に出しっぱなしだった。あらら・・。

川遊び
8月2日(日)の川遊びのチラシの作成に午前中いっぱいかけた。来週の火曜日から回覧、そしてポスティングする予定だ。

終業式
今日は幼稚園も小中学校も終業式。そう、みんな明日から夏休みなのだ。ハリーポッターが見たくて、頑張る空。「明日から夏休みじゃん」

小学校6年生
午後からは小学校6年生の女の子達との勉強会。これがまた楽しいのだ。出来ないことが、できるようになった時の彼女たちの笑顔は、本当に魅力的である。

自民党
いくらなんでも滅茶苦茶すぎる。「俺が自民党だったら・・・」と思ってしまうくらい酷い。雲の上で住栄作と高邑新太郎が怒っているんじゃあないかな。「ダラなやっちゃ」と。

民主党市議団
6時からは新座市「民主党市議団」の議会報告会に参加した。民主党市議団と言っても、佐原さんと柴崎さんの二人だけしかおらず、中村さんは参加しないという不思議な「市議団の報告会」だった。

厳しい意見
僕は何も喋らない積りで参加したのだが、市民からは厳しい意見が相次いだ。議員や議会がどこを見ているのか・・・議員としてやらなくてはいけないことは何なのか・・・非常に厳しい指摘があった。

本音
8時過ぎまでの報告会であったが、途中から本音がポンポン飛び出して、なかなか有意義な会になった。聴く人によっては冷や汗がでたかも知れない。十数名だけの会だったが、これから毎議会ごとに続けていけば、いい会になる。そう思った。みなさん、お疲れ様でした。


7月18日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第198弾! 2009.7.18(土)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第198弾! 2009.7.18(土)  たかやん

5時
今日から、いよいよ仙台である。東北大のキャンパスへ行くのは2年ぶり。昨夜は用意で2時過ぎまで起きていたが、寝坊はできない・・・。ひとみも一緒に起きてくれ、朝ごはんを用意してくれた。


雨がポツポツきたので、車で東久留米まで送ってもらうことにした。寝ている空の頭を撫でて「行ってきます!」札幌へ行くときは一緒なので、今回はちょっぴり寂しい。

スーツ
暑かったのだが、スーツにネクタイという格好である。今夜の萩庭会(しゅうていかい・東北大学庭球部OB会)50周年式典に参加することになっているからだ。

はやて5号
新幹線は東京7時56分発のはやて5号。困ったのは携帯のバッテリーが残りわずかになってしまったこと。同じ列車に乗っている先輩の安達さんと仙台で会えないと、泊まるホテルも分からないのだ。9時37分に仙台着。ホームで無事安達さん、高田さんと会えた。「何でお前そんなパリっとした格好しとんねん。」と高田さん。いつもジャージの僕しか見ていないからなあ・・・

スーパーホテル
地下鉄で広瀬通り前まで行き、ホテルへ。そこで着替えて、荷物を預かって貰う。スーツを脱いで、半そで短パンになる。外へでると小雨。目の前のコンビニで傘を買うことに・・・ところが透明傘が550円もするのだ。(200円とかじゃないのか・・・)ところが1050円の折りたたみ傘に目がいった。ボタン一つで自動で開くというのだ。その自動傘を買って、タクシーで東北大川内キャンパスへ向かったのだった。

ダブルス
すでにダブルスが始まっていた。NO3の相手はどう見ても勝てそうな雰囲気だったので、NO2に集中することにする。北大は和泉と小橋ペアだ。ファーストを2−6で落とし、セカンドリードするが、大事なところでサービスをキープすることができず5−7で落とす。サードセットも硬くなっていた小橋にボールが集められ、リズムに乗れず2−6で完敗。NO3の応援にまわる。ところがNO3も2−6.6−1.2−6とリズムに乗れていないのだ。トイレ休憩のときに、石原に「フォーメンションがいつも同じだと、サインがあっても相手が楽になるぞ。」とアドヴァイス。Iフォーメーションの逆を突かれて、ポイントを失うパターンが多かったのだ。それが効いたかどうかは分からないが、二人とも俺の声に反応するようになり、その後6−4、7−5と逆転に成功。NO1もストレート負けしていただけに、この勝利は大きかった。

50周年記念式典
タクシーでホテルに戻り、歩いて萩庭会50周年記念式典の行われるホテルへ。僕の左どなりは3年先輩の石川悦三郎さん。右隣りには2年先輩の熊野睦彦さんが座る。僕はこの二人の先輩が大好きなのだ。特に悦三郎さんは1年生の時に最初の試合で戦った相手のキャプテンだったこともあり、18歳の頃から忘れたことのない先輩である。

スピーチ
50周年記念式典には北大楡庭会から3名参加した。全国楡庭会会長の能勢さんと、関東楡庭会からは安達さんと僕の二人である。大笑いの講演やスピーチが続き、最後から2番目に僕にスピーチが回ってきた。かなり酔っ払っていたので、何を言ったかはよく覚えていないのだが・・・東北大で記憶に残る先輩たちの名前をあげながら話をしたようだ。その中で「悦三郎はたいしたことがない・・・」というような挑発をしたようである。「なんで悦三郎なんだ!」と大笑いの熊野さん。他の先輩達はみな「さん付け」で呼んだのだが、悦三郎さんだけ「悦三郎」と呼んだから受けた訳で・・・。僕は北大楡亭会のスピーチでも時々愛する先輩のことを呼び捨てにする癖がある・・・「川西」「安達」「高田」・・・・それから僕らは東北大の「青葉もゆるこのみちのく」と北大の「都ぞ弥生」を肩を組んで歌い、解散したのだった。

記憶
その後の記憶はないのだが、気がつくとベットにいた。そしてこれを書いているのである。明日はシングルスがある。そろそろ寝なくてはである。


7月19日 (日)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第199弾! 2009.7.19(日)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第199弾! 2009.7.19(日)  たかやん

5時
慣れないベッドの上で目が覚める。焼酎がかなり残っているらしい。ビール・焼酎・ビール・焼酎とかなり飲んでしまったのだ。朝ごはんは7時から・・・部屋の風呂に入ることにする。

棺桶
そのお風呂はまるで棺桶のようなお風呂だった。体を縮めて入る、縦長タイプだったのだ。安いホテルなのだが、ベッドも立派。室内は奇麗でエアコンにも問題はなかった。勿論トイレはウォッシュレット。これがないと駄目なあたし・・・。

朝食
朝ごはんは無料。いや、朝食付きだったということだ。かなりのメニューがあるが、僕には和食しか目に入らず・・・海苔、納豆、かまぼこ、オクラ、焼き魚、味噌汁・・・と、いつもの朝ごはんのような感じになった。参ったのが、目の前が衝立だったこと。隣には安達さんが座っていたが、目の前に人がいないというのには違和感があった。

シングルス
いよいよシングルスが始まった。僕がついたのはNO2の和泉VS田中の試合。和泉は1年生からレギュラーであり、メンタルが弱いという僕と共通した弱点があるので、どうも気になってしまうのだ。しかし試合を見ているうちに相手の田中敦之君のテニスにどうも魅力を感じている自分がいた。勿論、和泉を応援しているのだが、田中君のプレーそのものに惹かれていたのだ。結果は1−6,4−6,2−6まるでダブルスのスコアーと間違えるような、同じような負け方をした和泉であった。NO1の東VS我妻の試合はかなり面白かった。攻める東、かわしながらカウンターを狙う我妻・・・という構図だったのだ。攻撃力では上回る東だったが、タイミングをはずし、信じられないようなスライスを打つ我妻君に最後まで翻弄される東。7−5,3−6,5−7、と逆転され、ファイナルも沈んだのであった。そしてNO3の石原。4−6,2−6と落とし、サードセットも1−3に・・・「リターンで大ぶりするな、ブロックして相手にボレーをさせろ。それからだ。」とアドヴァイス。東北大キャプテン佐藤裕君のサービスにリターンミスを繰り返していた石原だったが、やっと力ではないことに気づいたのか、そこから6−3,6−4と盛り返してファイナルに持ち込んだ。ところがそこで安心し、最後は1−6。ファイナルセットの入り方が分かっていない石原。肝心なところで、佐藤君との差が出てしまった。どうも北大生にはメンタルトレーニングが必要である。そう言えば、どの選手も隣のコートに目をやるシーンが目立った。自分のテニスに集中していないことの証明である。


男子の東北線が3−6で敗戦が決まり、女子の応援に初めて入った。去年、札幌での試合前にウォームアップを一緒にやった安藤恵理子である。小樽商大戦ではインカレを倒した安藤。ところが、ファーストセットは元気がなく、あっさりと1−6で落とす。「どうしたんだ?」と聞くと、「最後の引退試合なのに、応援がいない。相手の東北大は男子がいっぱい応援しているのに・・・」と泣き出す安藤。(何考えているんだ、この姉ちゃんは!)「おい、石田!男子全員連れて来い!昼飯は中断だ!」男子は2時過ぎまで昼ごはんも食べずにいたのだ。その男子を戻って来いと指令を出す。そして、男子の応援に押され、最後は全員の応援を受け、セカンド0−2から6−4,6−0で安藤は有終の美を飾ったのだった。めでたし、めでたし。

レセプション
6時から東北大の食堂でレセプションがあった。殆ど学生達の中に入っておじさん数名が参加する。ここでも僕はスピーチ。印象に残る学生の名前を挙げ、悦三郎さんを挑発しおおいに受けたのであった。

合流
その後、東北大の先輩たちと合流し、二次会。明日の「OB対抗戦」の話に盛り上がる。10時からの予定だったが、9時からやれるようにするとのこと。おおいに楽しみである。

もう一杯!
そして安達、安川、横山、高邑というメンバーで3次会へ。「もう飲めませんよ、お腹も一杯です!」という僕に「ラーメン屋ないかな・・・もう一杯いくぞ!」と元気な安川さん。結局居酒屋に入り、みんなでビールと焼き鳥を注文。僕はそこで明日のメンバーを考え始めたのであった。北大のメンバーは高邑・安達・安川・岡・吉見の5人。そのメンバーで7組のダブルスを作り、東北大と戦うのだ。NO1を除き、後は全て自由なオーダーという取り決め。明日の勝敗は僕の頭にかかることになった。

グレープフレーツジュース
ホテルに帰り、安達さんから貰ったグレープフレーツジュースを飲む。「高邑!これがあれば二日酔いは大丈夫だ。効くぞ!」と安達さん。さ、明日は勝つぞ!チューブトレーニングもしたし、素振りもした・・・悦三郎さん。小山さん。負けませんよ!


7月20日 (月)  『一生懸命』幻のたかやん日記 第200弾! 2009.7.20(月)  たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記 第200弾! 2009.7.20(月)  たかやん

4時半
対抗戦があるからか、目覚まし前に目が覚めた。天気は嘘のようにいい。グレープフルーツジュースのお陰か・・・酔いも残っていない。早速シャワーを浴びて、バリカン・・・そして鬚をそり、スーツと洗濯物を詰め込んだ荷物をコンビニから送る。試合に必要な水もここで用意する。

6時55分
安達さんと二人で朝食。「8時40分出発な」と安達さん。部屋に帰り、ふと東北大がもっと早く来ているような気になる僕。「安達さん、少し早くでませんか?」とメールする。電話がかかってきて、「どこへ行くんだ」と安達さん。「いや、天気はいいし。コンビニとか行く時間もあるし、コートに少し早く着いていた方がいいと思うんですけど・・」と僕。「コンビニで買うものはない。コートは9時まで開かないから、行っても無駄だぞ!俺は少しゆっくりしたいんだ。」「分かりました」今日の対抗戦の監督は僕なのだが、先輩には勝てない・・・しかたがないので、テレビを見て1時間過ごす・・・

タクシー
いつも安達さんに出してもらっていたので、「行きは僕がだします」と払わせて貰った。横山さんは絶対に先輩に出させるが(時々後輩にも)僕はどうも申し訳なくなってしまうタイプなのだ。

8時55分
思った通り、東北大のオムニコートには人が溢れていた。もう数試合終わっていたコートもあり、8時前から開いていたと思われた。安藤がやった1番コートで練習を始める。「悦三郎さーん!練習お願いしまーす!」と僕。悦三郎さんとショートテニスで練習スタート。ところが、悦三郎さんが笑わない。ニコリともしないのだ。そうまるで37年前の東北戦の時のように・・・厳しい顔を崩さないのである。そこで僕の心には微妙な変化が起きていたのだった・・・

9時半
10時の予定を繰り上げて、9時半。1番コートで対抗戦がスタートした。NO7は安川・安達VS千田・滝口である。安川・安達は実質的北大のNO2とNO3ペアー。対する相手はN04以下のペアー。ここで取らなきゃ負け。勝てば勝ち。そういう重要な試合だったのだが・・・安川さんが大不調。「もう一杯」がここで出た。足が全く動かずミスを連発したのだ。心配していた安達さんのダブルフォールトも出て、3−6で完敗。ここから北大がガタガタと崩れて行き、東北大がノリノリになっていく・・・

ところが
NO6は北大のNO4とNO5の岡・吉見ペアー。東北大は小山・青木と遂に小山小次郎さん(嘗ての東北NO1)が登場してきた。ベンチコーチの僕は岡さんと吉見に「とにかく青木さん狙いでお願いします」とアドヴァイス。頷く二人。試合の途中で僕は北大が勝ったことのない2番コートで試合。試合中に隣のコートを見ることなどないのだが、監督としては見ない訳にもいかず、チラチラ気にし、吉見に声をかけた。

安達さん
いよいよNO5の試合がスタートした。北大のNO1とNO3の登場である。相手は東北大のNO4以下と思われる太田・本田ペアー。負けるわけにはいかない。ところが僕のサービスを太田さんが「フォールト!」と言い、安達さんが「入っていたんじゃないの?」と言ったところから、太田さんのセルフジャッジ講義が始まる・・・・セルフジャッジの精神を教わる。抗議してはいけないのだ。結局僕らは6−2で1番コートよりも早く勝ってしまったのだが、この時のダブルフォールトがあと後まで響くことになる。そして隣の1番コートも何と6−4で勝ってしまったのだった。これで2−1である。

体力
NO4の試合は安川・吉見ペアー。吉見は体力がなく、心配していたのだが・・・その通りヘロヘロ。安川さんは前の試合で僕に「正座しろ!」と言われたのがショックだったのか本当にボロボロ。東北のNO2、NO3の石川・松原ペアーに0−6で完敗。あっという間に2−2。そして安達・岡が太田・松原に3−6で負け、あっという間に2−3とリーチがかかってしまった。

恵理子
そして僕と吉見という北大NO3の登場。僕はいいとして、吉見は3連続の試合になった。相手は安達さんと組んで圧勝した本田さんと東北大の宮沢部長。宮沢部長は荒いテニスで2−0と楽勝ペース・・・ところが、北大は応援がいない。僕らのベンチにまで東北大の先輩が陣取り、僕らの応援はゼロ。見ると安達さんは隣のコートで親善試合をはじめ、安川さんは審判台の上、岡さんはベンチでぐったりしている。結局僕らは東北大、大応援団の中で試合をすることになってしまった。東北戦で「応援がいない」と泣いた安藤恵理子の気持ちが僕を襲ってきた。元気になる東北大ペアー。体が全く動かない吉見はリターンミスとダブルフォールトを繰り返す。自信のあったサービスを何度も「フォールト」とコールされ、動揺する僕。そして、僕らは6ゲーム連取され北大の敗退が決まったのであった。
悦三郎
そして最後の試合は北大も東北大もN01.NO2が組んだダブルス。高邑・安川VS小山・石川の対決である。絶不調の安川さんも声を出して2−2までは踏ん張ったのだが、2−2からのブレイクチャンスを逃し、2−3から僕のダブルフォールトが出て(痛すぎた)2−4。そこで再びブレイクチャンスを逃し、2−5に。最後は安川さんのサービスをブレイクされて、僕らの青春は終わったのであった。「ヨッシャー!」と大声を出す悦三郎さん。「参りました!」と僕。前回までの敗戦がよほどショックだったのだろう・・・小次郎さんと二人で大喜び。久々に悦三郎さんの笑顔を見ることができたのだった。

1950円
生まれて初めて、ホテルのお風呂に入った。安達さんが「1200円だよ」と言っていたのだが、それでも僕は(高いなあ)と思っていた。ところが行ってみると「1950円です」(ゲーッ!マジかよ。昼ごはん食べられなくなるかも・・・)だが、これも人生経験。体験してみることに・・・バスローブ?を渡され、ロッカーの鍵を渡され・・・そのお風呂に行ってみると・・・・それは、それは綺麗なお風呂なのである。特に泡が出る風呂が気持ちよかった。そして僕らはパンツも穿かずに展望ラウンジへ。長椅子に横になりながら、しばらく語ったのであった。

お寿司
最後は安達さんと吉見と三人でお寿司やさんへ。財布の中に1600円しかない僕。「まさか飲まないですよね」と言う僕に「バカ、飲まない訳ないだろう」と安達さん。「これにするか」「いや、高いです」「ここは」「いや、ダメ」結局980円のランチがあるお寿司やさんへ。そこで生ビールを注文し・・・最後は安達さんが5000円も出してくれて、僕たち後輩は1500円で済んで、めでたし、めでたし・・・・。空の財布を見せなくて済んだのであった。


安達さんと一緒に武蔵野線で新秋津へ。そこから歩いて西武線で東久留米へ。空の第一声は「パパ!お帰り。おうちにね、見て欲しいものがあるんだ」「うん」「あのね、蝸牛がいるんだよ!」「そっかあ・・」「あのね、足の裏にね、筋があってね・・・・」話続ける空であった。空と一緒にお風呂に入り、カレーを食べて・・・・空を抱っこして、少しゆっくりしていると・・・「パパ、空の部屋で一緒に映画見ようよ!」と空。久しぶりのせいか、よほど嬉しいらしい。そして、一緒にポケモンの映画を見ている内に、意識を失ったのであった。



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